第一話「死んで、気づいて、また死ぬかと思った」
はじめまして。
強くなって無双する話じゃないです。ざまぁもないです。
ラブコメ要素もほぼないです。それでも読んでくれる人に届けたいものがある。
世界って、文明って、本当にこの方向でいいのかなという、ちょっとした違和感。
それを、異世界という窓から覗いてみる話です。
ゆっくり、のんびり書いていきます。よろしくお願いします。
死ぬときって、もっと劇的なものだと思っていた。
走馬灯とか、後悔とか、愛する人の顔とか。そういうものが浮かんで、それで終わりだと思っていた。
でも実際は、ただ「あ、終わった」という感覚だけだった。
横断歩道の途中で、トラックが突っ込んできた。信号は青だった。私は何も悪くなかった。でもそれは関係なかった。世界はそういうふうにできている。理不尽に、何の前触れもなく、終わる。
名前は、桐島 凪。二十四歳。特技なし。趣味は近所の公園の植物を眺めること。将来の夢は、なんとなく生きていること。
うん、我ながら地味だった。
◇
気づいたら、土の上に倒れていた。
頬に当たる感触が、アスファルトじゃなかった。湿った、柔らかい土だった。草の匂いがした。それも、なんというか、普通じゃない草の匂いだった。公園の芝生とも、田舎の野原とも違う。もっと濃くて、古くて、生き物がたくさん重なったような匂い。
起き上がって、周りを見た。
森だった。
木が高かった。東京で見るような街路樹じゃない。幹の太さが私の両腕を広げたより大きい木が、何本も何本も、どこまでも続いている。空は木の枝と葉に覆われていて、その隙間から光が筋になって落ちてきていた。
「……ここ、どこだ」
声に出したら、少し落ち着いた。声は出た。体は動く。死んではいない、たぶん。
立ち上がって、自分の体を確認した。手、足、腹、顔。どこも痛くない。トラックに轢かれた感じが、どこにもない。服は死ぬ前と同じ、よれたグレーのパーカーとジーンズだった。
「転生、かな」
なんとなく、そういう言葉が浮かんだ。漫画やラノベで読んだことがある。死んで別の世界に生まれ変わる話。でもあれは大抵、神様が出てきて「チートスキルを授けよう」とか言うんじゃなかったか。
私には何も言ってきた人はいなかった。ただ気づいたら森の中にいた。
まあ、いい。
◇
困ったのは、三分後だった。
森の奥から、何かが近づいてくる音がした。足音、いくつか。人間より重い何かの足音。
茂みが揺れて、出てきたのは、大きな灰色の狼だった。
狼、というか、狼に似た何か。肩の高さが私の胸くらいある。目が赤くて、知性みたいなものが宿っていた。その後ろに、同じような個体が二頭いた。
「あー」
逃げる間もなかった。足が固まった。
三頭の灰色の狼もどきが、私を囲んだ。低い唸り声が、腹に響いた。
これは食べられる、と思った。転生早々食べられる。それはさすがにひどい。
でも、なぜか。
私は怖くなかった。
いや、正確には怖かった。心臓はバクバクしていた。でも、その狼もどきたちを見ていると、なんか、怒りじゃないものを感じた。怯えとも違う。なんというか。
お腹が空いているんだな、という感覚。
それと、この森自体がおかしいという感覚。
「お腹、空いてるのか」
口から出た言葉に、自分でびっくりした。
狼もどきたちが、耳をぴくりと動かした。
「この森、食べ物が少ないんだろ。木が足りない。地面が乾いてる。あそこの川、水が少なくなってる」
気づいたら、見えていた。森の状態が。
川の水位が下がっていること。地面の水分が少ないこと。木の数が減っていること。それによって、ここに生きている動物たちの食べ物が足りなくなっていること。
一目で、わかった。
なんで分かるんだ、とは思った。でも分かった。
「ちょっと待ってくれ」
狼もどきたちは、なぜか待った。
私はしゃがんで、地面に手を当てた。
何をするつもりか自分でもわからなかった。ただ、この土が乾きすぎていることが気になって、なんとかしたかった。
手から、何かが出た。
熱くも冷たくもない、ただ「満ちる」感じの何か。地面に吸い込まれていった。
一分くらいして。
足元の地面が、少し湿った。ひびが入っていた土が、柔らかくなった。そこから、小さな草が、ゆっくりと顔を出した。
「あ」
狼もどきたちも見ていた。
その草が、ゆっくり伸びて、小さな白い花を咲かせた。
三頭の灰色の獣が、顔を近づけて、その花を嗅いだ。それから、なぜか、唸るのをやめた。
一頭が、私の手をぺろりと舐めた。
「……痛くないのか、私」
食べなかった。
なんで食べなかったのかは、私にも分からなかった。でも食べなかった。
◇
その日から、私はその森に居着いた。
特に行く場所もなかった。この世界の言葉が分かるのか不安だったが、なぜか分かった。文字も読めた。これも転生補正というやつなのかもしれない。
やったことは、単純だった。
乾いた地面を湿らせた。川の流れを少し変えて、水が行き届かなかった場所に届くようにした。枯れた木の根元に何かを送り込んだら、新しい芽が出た。
それだけだった。
魔法なのかもしれない。でも魔法を使っている感じはしなかった。ただ、この世界の「ずれ」が分かって、それを少し直しているだけだった。
一週間後。
森の端に小さな集落があることに気づいた。人間の集落じゃなかった。耳が尖った、エルフに似た種族の人たちが、半壊した家に住んでいた。
その集落のお爺さんが、私の顔を見て、ひどく驚いた顔をして、こう言った。
「あなたは、魔王様ですか」
私は花を一本持っていた。さっき地面から咲かせた、白い小さな花。
「違います」
「でも、この森に理が戻ってきた。あなた以外に考えられない」
「花を咲かせただけですよ」
お爺さんは、深々と頭を下げた。
私は少し困って、持っていた花をお爺さんに渡した。
「よかったら、どうぞ」
それが、全ての始まりだった。
第一話、書きました。
最初から戦いはありません。チートで無双もありません。主人公の凪は、ただ花を咲かせただけです。
それでも魔王と呼ばれてしまう。人間側から見たら、森の秩序を取り戻すことは、自分たちの文明の拡大を妨げる「魔」に映るのかもしれません。
次話では、このエルフに似た種族の集落と、周辺の状況が少し見えてきます。凪がどういう力を持っているのか、本人も含めて、少しずつ分かっていく予定です。
読んでくださってありがとうございました。また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




