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これ、鉱山の警備が壊滅するんじゃないか?

 『黄金獅子の盾』の動きが活発になってきた。


 問題は、それが焦りから来る物である点だろう。


 彼らは殺伐とした雰囲気で動いている。



 最大規模のギルドがこの様子だ。


 街全体の雰囲気も引っ張られるように、悪い空気となっていた。


【『鉄の槌旗亭』会議室】


 「今日で、薬草の根を使った固形燃料作りは終了だ」


 この日、『鉄の槌旗亭』の最大の稼ぎ頭となっていた事業の終了が決まった。


「まだ続けると言ったら、正気を疑うところだったぞ」


「言うわけねぇだろ。流通経路が復活したんだ。引き際は弁えているつもりだ」


 などと、ギルマスとバッカスがじゃれ合っているうちに会議は終了した。


「一ついいですか」


 会議の終了後、俺はギルマスに訊ねたいことがあった。


「『黄金獅子の盾』は、氷壁を作ってから、ギルドに嫌がらせとかはしていませんか」


「しばらく大人しかったが、物価の操作なんかをやられているな。流通経路が復活したから、ダメージは大きくないがな」


「ありがとうございます。状況を理解できました」


 ギルマスの執務室を出た。


「エイドス。『黄金獅子の盾』に先日の根の件を抗議したが、返事は来たか?」


『いいえ。『悪質な言いがかりはやめてください』という旨の返信以降は届いておりません』


「そっか。全部で三回出したはずだが、全て同じ内容だった。この認識で間違いないか」


『はい。その記憶に間違いはございません』


 そっか。


 謝罪しろとは言わないが、せめて確認をする程度は言って欲しかった。


 例え、実際には何もしないにしても。



 だが――。


「エイドス。『黄金獅子の盾』に四回目の抗議。いや、宣告を出す。あのプランが現状でも通じるか再確認してくれ」


『了承しました』


 そして、俺は『黄金獅子の盾』にメッセージを送ろうと手を動かした。


【御ギルドは、徴税官が根を踏み潰した一件を調査する気がないと判断した。この一件は御ギルドが行った、私に対しての攻撃であると判断する】


 という内容を――。


 だが、その送信ボタンを押すことはなかった。


 必要ない。


 これは私怨に過ぎないんだ。


 正当性を主張するようなことを、する必要もない。


 ◆



 【第三者視点】


 ここは、スタークから離れた位置にある山の麓。


 切り立った断崖が、夜空を細く切り取っているかのような場所。


 『黄金獅子の盾』が占拠した土地であり、誰も近付く事がない。



 真夜中の静寂に、ゴンドラの動く音が響いている。


 奥から、彼らが独占するレア鉱石が運び出される音だ。



 関係者以外は誰も知らない場所。もしくは知っていても面倒事を避けて誰も近付かない場所――そのはずだった。


 しかし、今は違う。


 森の草木が揺れる。


 夜の闇に紛れて、無数の影が動いていた。


「……あと30秒だ」


 岩陰に潜む男が、泥に汚れた、懐中時計の針を凝視する。


 深い渓谷を埋め尽くす夜霧は、湿った鉄の匂いを含んでいた。



 やがて2時15分。


 警備兵が交代する。



 ――情報通りだ。



 男の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。



 警備兵が減り、代わりにAI(NPC)が増えた。


 監視がルーチンワークの死角に陥り、300秒の「空白」が訪れたのだ。



 あれは、名前も与えられない、ゲームのモンスター扱いの雑魚。


 高度なAIを組み込まれていない相手だ。


 プレイヤーではない。


 なら、遠慮はいらないと、男が合図を出そうとする。



 しかし、強奪の狼煙は、意図しない者が上げることとなる。


「何だ、貴様ら……ッ!?」


 武器を置き、一服の安らぎを求めた衛兵の喉笛が、見えない刃が断った。


 最初に動いたのは、ギルド『黒鉄の牙』の精鋭たちだ。


 彼らは一切の躊躇なく、影から影へと跳躍し、防衛線を食い破っていく。


「やはり反応は鈍いな。――今から15分間、ここは(運営)に見捨てられた土地だっ!」


 略奪者の嘲笑が、岩壁に反響する。


 しかし、襲撃者はそれだけでは終わらなかった。


「おい、先客がいるぞ!」


 別の崖上から、深紅の外套を翻した集団――『真紅の旅団』が姿を現す。


「情報通りだ! 『黒鉄』に全部持っていかれる前に、レア鉱石を吐き出せ!」


 魔法騎士たちの放つ爆炎が夜の闇を焼き払う。


 積み上げられたコンテナが、悲鳴を上げながら崩れ落ちる。


 中から溢れ出した魔鉱石が、月光を反射して不気味に輝いていた。


「お前達も、善意の報告を見たのか?」


「ああ。そっちも同じか。どっちの方が多く奪えるか、競争しないか?」


 『黒鉄の牙』と『真紅の旅団』のリーダーらしき者たちが、お互いに背を預け合う。


「いいね。負けた方が、オフ会で相手の団員に酒を奢るっていうのはどうだ」


「財布に札束詰めておけよ。ウチの連中は、たらふく飲むからな!」


「お前こそ、泣いて酒をしょっぱくすんじゃねぇぞ!」


 二人は、戦の喧騒へと飛びこんでいった。


「クソッ、どいつもこいつも嗅ぎつけやがって!」


 さらに後方。


 機を待っていた中小ギルドの連合体も、予定を切り上げざるを得なかった。


 他ギルドの先行に焦らざる得ない。


 統制を失った彼らが雪崩のように搬入路へ突っ込む。


「奪え! 乗り遅れるな! 『黄金獅子』の時代は終わりだ!」


 もはやそれは戦略的な襲撃ではなく、剥き出しの飢えによる暴動だった。



 ◆


 鉱山に残されたのはAIだけではない。


 管理のために残った、僅かな『黄金獅子の盾』のプレイヤーたちは、理解できなかった。


 なぜ、こうも容易く蹂躙されているのか。


 なぜ、警備の穴を、これほど正確に突かれたのかを。


「固まれっ! 数はこっちの方が多いぞっ!!」


 必死に応戦を試みる隊長の叫びが、戦場に響き渡る。


 だが、重厚な戦鎚の衝撃音を消すには至らない。


「……軽微の穴を突かれたのか……クソッ!」


 放心していたプレイヤーの一人が、戦に身を投じる。


 彼の足が、レア鉱石を蹴り飛ばしたことに気付くこともなく。


 守るべきだった富の象徴は、谷底の暗闇へと落ちていった。



 ◆



 翌日。


 『黄金獅子の盾』の本部、最上階。



 壁一面のモニターに映し出される市場価格の推移表が、異常を示していた。


 午前3時を過ぎた頃から、異常な垂直落下を描いていたのだ。



 騒がしく叫び声が行きかう。


 幹部たちは、この異常事態に狂乱状態に陥っている。



 だが、一人の男は静かだった。


 その者の周りだけ、熱を奪われたかのような印象。


「ふぅ……」


 冷静とは違う。


 まったくやるきを感じられない目。


「後は任せます」


「こんな時に、どこに行くんですか!」


「飾りでしかないギルド・マスターがいても邪魔なだけですよ。いつも通り、あなた方がお好きなように処理をすればいい」


 後ろで、しばらく騒いでいた男も、すぐに静かになる。


 元々、期待していなかったのだ。



 ギルド・マスターは、建物の屋上へと向かった。


 レア鉱石が、一秒ごとに価格が数パーセントずつ削り取られていくことなど気にも留めず。



 ◆



 【レン視点】


 俺は、掲示板に『黄金獅子の盾』の情報を書き込んだだけだった。


 隠し鉱山の座標、レア鉱石の在庫数、この二つの情報だけを。


 俺は、匿名掲示板や、ギルド間の通信網に書きこんだ。



 レア鉱石は、すぐさま襲撃したギルドが市場に解き放った。


 次に、供給過多を恐れた者たちが一斉に動きだす。


 夜が明ける前には、鉱石の価格は採掘コストを割り込む。


「なあ、『黄金獅子の盾』は、最終的にどの程度の損失を受けると思う?」


『レア鉱石の価値喪失は、様々な連鎖を生み、最終的に彼らの資産は十分の一に落ち込むと推測します』


「そっか」


 マンションから、夜景を見下ろす。


 俺には似合わない風景だ。


『止めを刺しますか』


 エイドスの言葉に、俺はしばらく考えた。


 だが、答えは変わらない。


「やめておく。これ以上、気分が悪くなるのは負債でしかない」


『了承しました』


 エイドスの、いつも通りの反応を確認した俺は、自分のやったことを振り返る。



 ◆



 俺は、エイドスの指示に従い、複数の匿名掲示板にスレッドを立てた。


 タイトルは、【黄金獅子の搬入路、ガバガバすぎて素材拾い放題な件www】と、少し煽り気味だったのを覚えている。



 1:名無しの冒険者

 獅子の連中、経費削減で2:15からの15分間、AIの死角を放置してるらしいぞ。

 添付のマップの赤丸地点、センサー無反応。

 警備交代の隙に潜り込めば、レア鉱石のコンテナ、マジで落ちてるゴミ同然だわ。



 文章こそ変えてあるが、内容としては同じだ。


 あいつらに少し嫌がらせをし用と思っていた。


 ついでに、襲撃された鉱山で、レア鉱石のおこぼれでも慰謝料として頂く予定だった。



 しかし――。



 俺は、深夜2時になり、鉱山前で待ちかまえていた。


 予想外の状況に、自分の目を疑った。


「……なんで、こんなに人が多いんだ?」


 ゴーグルに映し出されていたのは、予想をはるかに超える数のプレイヤー達だった。


『情報の拡散速度が予想を上回ったのでしょう』


 エイドスも、想像していなかった事態なのかもしれないな。


「これ、鉱山の警備が壊滅するんじゃないか?」


『肯定します』


 エイドスの言葉は、やはり予定とは違うものだった。


 だが、相棒はさらに言葉を繋げる。


『巻き込まれる可能性が高いと判断。予定を変更して、三時以降に採取をすることをおすすめします』


「……それがよさそうだな」


 これだけ集まったのは、他所に独占されるのを恐れたというのもあるだろう。


 それ以上に、恨んでいたというのが大きい気がする。



 やがて、襲撃が始まる。


 凄まじい状況だ。


 数千人規模のプレイヤーに容赦はなかった。


「うちのギルドから連絡は来ているか?」


 悲惨な状況を眺めながら、エイドスに確認をする。


『ちょうど今、『黄金獅子の盾』の隠し倉庫を襲撃したとの連絡が来ました』


「うまくやってくれて、なによりだ。巻き込まれそうだから、もう少し離れるか」


 俺が『鉄の槌旗亭』に教えたのは、公式には存在しない倉庫。


 法的に保護はされた場所ではないから、丸儲けになるだろう。

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