……案の定だな
その日、空が赤く染まった。
「――放てッ!!」
号令とともに放たれたのは、百人規模の魔導士団による火炎魔術。
それは、大手ギルド『黄金獅子の盾』による広域殲滅魔法だった。
彼らの目的。
それは――雪崩によって塞がった輸送路を解放すること。
「手を抜くなよ。輸送路を解放することは街の悲願だ!」
大義名分を口にしながらも、その目は濁っている。
開通したあとに待つ、物流利権の独占。
それこそが目的なのだから。
広域殲滅魔法が続く。
二発――三発――やがて七発目が離れたとき。
雪が一気に蒸発し、白い霧が視界を埋め尽した。
しかし、それは……。
◆
数日前。
「商売は、ここまでだな」
『黄金獅子の盾の計画』を知った俺は、薬草燃料からの撤退を決めた。
『よろしいのですか、マスター・レン』
エイドスの声が響く。
「いいさ。不幸に便乗する商売なんて、長続きしない方が世の中のためだ」
ずいぶん、稼がせてもらったからな。
ここで撤退しても大幅なプラスだ。
『マスター。『黄金獅子の盾』の計画内容では、積雪の深層部を不安定化させます』
ものすごく嫌な予感がする。
儲けの計算をしていた思考が止まってしまうほどに――。
『融解した水分が再結晶化し、さらなる大規模な『永久氷壁』を形成するリスクがあります』
「……マジかよ」
最悪だ。
あいつら、自体をややこしくしようとしている。
「ギルマスに、一応伝えておくか」
俺は溜息をつき、ギルドに向かう準備を始めた。
『計算式によれば、特定の一点に『振動』を与えるだけで、より確実に『永久氷壁』を形成できます。介入しますか?』
「やらないぞ」
即答。
「他人の不幸を喰い物にし始めたら、たぶん、どこまでも堕ちるだろうからな。そんなの、ごめんだ」
◆
それから数日後。
ギルドから見えた空の一部が。赤く染まっていた。
あの方向には、計画の予定地がある。
「……やっぱ、こうなったか」
ギルマスは、しっかりとアイツらに警告した。
その結果、『薬草燃料で儲け続けたいから計画を妨害した』と、ネット上で叩かれることになった。
今は、ギルドハウスの前で、プレイヤー達が先頭に立って、NPC達と抗議活動を行っている。
「強欲な『鉄の槌旗亭』を許すな!」
「自分が儲けたいからって、開通を邪魔するな!」
などと騒いでいる。
ギルマスは、彼らの前で説明をしている。
もちろん、まったく聞こうともしない。
で、俺はギルドホームの三階から、その様子を見下ろしている。
「これで、あいつらの顔、しっかり録れているか?」
『問題ありません。よろしければ、ゴーグルに映像を送りましょうか?』
「頼む」
アイツラには、少しイラッとしている。
だから、映像を使って後で仕返しをさせてもらおう。
『マスター・レン。『黄金獅子の盾』が向かったと思われる場所から、煙が上がっております。――ただいま、派遣していた冒険者からメッセージが届きました』
「……案の定だな」
エイドスの予測は的中した。
メッセージ内容は、巨大な氷のような壁ができたと書かれていた。
◆
俺はログアウトをし、居心地が悪すぎるマンションへと戻る。
そしてテツへと連絡を入れ、すぐさま来てもらった。
「テツ、今度パンの耳を奢ってやるからな」
「……これも、仕事のうちだ」
テツは短く答えると、パソコンの操作を始めた。
派遣した冒険者が録画した記録だ。
そこには、『黄金獅子の盾』が火を放つ瞬間から、氷壁が完成するまでが残されている。
「お前が怒るなんて珍しいよな」
キーボードを打ちながら、テツが話しかけてきた。
「さすがに、一方的に攻撃をされたら俺だって怒るさ。……あいつらが先に手を出したんだ。遠慮する気はない」
『黄金獅子の盾』は、二度に渡り俺やギルマスを悪者に仕立て上げた。
まずは計画前にギルマスを悪者に仕立てた。このことで、計画に懐疑的な連中の矛先を逸らした。
次は、計画の失敗後だ。ギルマスと俺が計画の邪魔をしたとして、責任逃れをした。
俺も、それに巻き込まれている。
ゲーム内だけの話しではない。
掲示板などでも不自然な量の書き込みがされていると、エイドスから教えられた。
「これは、あいつらの負債だ。俺に押し付けた分の利息付きで、キッチリ自分で支払ってもらう」
◆
エイドスが提示した時間帯に、特定の掲示板への投稿。
また、各種動画サイトへのアップ。
パソコンが得意でない俺は、テツに頼み代わりに作業をしてもらった。
【タイトル】:【悲報】黄金獅子の盾、無謀な開通作業で輸送路を完全封鎖【証拠アリ】
本文は簡潔に。余計な感情は乗せない。
余計な推測をする余地をなくすためだ。
自然の熱力学を無視した強引な魔法行使。
『鉄の槌旗亭』のギルドマスターによる警告を無視した結果の『永久氷壁』生成。
これにより、輸送路の封鎖期間は「最低一週間」延長。
そして、テツが編集した動画をアップロードする。
タイトルは――『正義の末路』。
「アップしたぞ」
そう告げたテツに、もう一つ仕事を頼むことにした。
ついでに、デモの様子もアップしておこう。
特に『黄金獅子の盾』に所属するプレイヤーの雄姿を――。
◆
掲示板の反応は、すぐにあった。
1:マジかよ、黄金獅子の盾……。
12:動画見た。これ、素人が見ても魔法の干渉失敗してるじゃねーか!
24:レンって奴を叩いてた奴ら、息してる? これ全部黄金獅子の盾のプロパガンダだったんだろ。
45:1週間封鎖延長とか、また物が高くなるじゃねえかよ! ふざけんな黄金獅子!
「……手の平返しがすごいな」
すぐさま大炎上した。
『黄金獅子の盾』への批判は止まらない。
それだけじゃない。
ギルマスへの誹謗中傷を、あいつらが裏で扇動していたというログまで、どこからか流れていた。
さて、どこから流れたのだろうか? と、とぼけておこう。
◆
俺は再び、『黄金獅子の盾』が建設中の本拠地に足を運んでいた。
先日は、あれほどいた作業員が誰もいない。
しばらくしたら、建設は再開されるのだろうが――。
「……薬草の根の価格は、さらに3割増か」
ゴーグルに映し出された、数字に呆れるしかない。
あの一件で、俺が死蔵を覚悟した在庫の価値が跳ね上がった。
ギルマスや俺への誹謗中傷も、今や「悪質なプロパガンダ」という風評となっている。
もっとも、未だに頭の中をアップデート出来ていない連中も一部いるが。
「今も、俺やギルマスを叩いている連中への通知は、いつ頃とどくんだっけ?」
『明日あたりになると推測します』
『鉄の槌旗亭』は、プレイヤーが運営する会社のようなものだからな。
弁護士とのお話しの機会が設けられるのも当然だ。
だが――。
「気分のいいものじゃないな」
稼げたのに、嫌な気分だ。
やはり、俺にはこういったやり方は向いていない。
◆
『供給を絞り、価値を吊り上げますか、マスター』
「……やめておこう。他人の不幸に便乗しすぎれば、今度は俺が『黄金獅子の盾』に隙を見せることになる」
気に入らないやり方だ。
しかし、反撃を喰らったとき、弱点を晒すのを避けたいというのもある。
「リスクを管理し切れない儲け方は、負債になりかねない」
『了承しました』
エイドスは、短く応じた。
【エイドス】
『今回の件で、安全圏に身を潜めたまま、スターク周辺の経済の急所を突きました』
『プロジェクト・パンドラの第2段階『市場管理』のシミュレーションと一致しています』




