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それを早く言えっ!

 『鉄の槌旗亭』という情報源&活動拠点。


 怪盗ゴーグルの作成。


 永遠の足跡。



 最低限ではあるが、準備は揃った。



 あとは、俺が実力をつけるだけ。


 すなわち「怪盗」としての体の動かし方を身につけるだけだ。


 その「だけ」か。それが一番、難しいんだろうけどな。



 その第一歩となるのは――。


「……一番奥にある、『虹玉の涙』を取ってくればいいんだよな」


『肯定します。なお『虹玉の涙』を得た後は、アイテムと交換することとなります』


 確かこのダンジョンは、レベル四以下の制限。一ヶ月に一度の開門。そして、一日に一人という取得枠だったか。


「希少価値は微妙っぽいんだけどなー」


『補足します。その微妙な希少性と取得の手間ゆえに、無視するプレイヤーが多いのが現状です』


 エイドスが言うのなら、そうなのだろう。


「じゃあ、行くとするか」


 靴の感触を確かめて、足元を確認する。


 だいぶ『永遠の足跡』の履き心地にも慣れてきたな。



 【第1層】



 洞窟に足を踏み入れれば、なかなかの熱気がこもっていた。


 お祭りにでも来たかのように騒がしい。


 松明を掲げて地図を広げる者、パーティーメンバーと冗談を飛ばし合う者、色々といる。


 遊び感覚が大半。一部はマジといったところか。


 奥へと向かう。


「こういう雰囲気は普通なのか?」


『報告します。初心者用ダンジョン特有の雰囲気であるとお考えください』


(上級者向けダンジョンは、もっと違う雰囲気なわけか)


 俺は喧騒をよそに、さらに先へと進んでいく。


 足元が気になるな。


 洞窟特有の、湿った地面が続いている。


 水で濡れると、靴の耐久力が下がるのは――『永久の足跡』にその心配は必要なかったな。



 狭い通路を歩いていくと、広い場所に出た。


 洞窟の中に池があり、その先に奥に向かうための空洞がある。


 この部屋は、石の発光する順番を覚え、音に合わせて踏んでいく。


 失敗したらスタートへと戻される。完全なアトラクションだ。



 他のプレイヤーたちの様子を見る。


 メトロノームのような音に合わせて恐る恐る足を伸ばす。


 だが、多くはバランスを崩して水中に没していく。


 で、それを笑う仲間らしき者たち。



 やはり、アトラクションだ。


 しかし俺は、いわゆるガチ勢だ(無課金だが)。空気を読まずに行かせてもらう。


「じゃあ、エイドス。頼む」


『了承しました』


 ゴーグルに、水から顔を覗かせた石に色が付けられる。


 踏むべき石だけ残し、他は消えた。


 カウントと共に石に矢印が向けられる。



 迷いはゼロ。一歩を踏み出す。


 音が鳴り終わるよりも早く、俺の足裏は次の支点を蹴っていた。


 思考を介さず、つま先が吸い込まれるように石を捉える。


(これなら問題ない)


 全力疾走するかのような速度で、最短ルートを駆け抜けた。



 ゴーグルに映される光景が、普段通りに戻る。


 俺の集中力も途切れ――背後の歓声に気付いた。


 振り返る。


 そこには、拍手をしている者や、拳を振り上げて健闘を称える者たち。


「は、はは。こんなことがあるんだな」


 初めてだった。


 これが、仲間意識というヤツか。


 俺もまた、拳を振り上げて、次の層へと進んだ。



 【第2層】



 水の張られた第一層の次に現れたのは崖だった。


『説明します。このフロアでは、周囲にある素材を使って足場を作り、崖を登ることになります』


 周囲を確認する。


 辺りには、大量の木箱や壊れた馬車の車輪が山積みになっていた。



 数人のプレイヤーが、あーでもないこーでもないと話し合い、それらを力任せに積み上げていく。


 苛立っているのか。怒号が、「もっと土台を太くしろ!」などという声が響いている。


 だが、無理に積み上げたガラクタの山は、今にも崩れそうだ。



 一方で、計画的に作っているパーティーもいる。


 彼らは、土台に大きめの素材を使って、安定させようという作戦なのだろう。


 出来上がっていく階段は頑丈そうだ。


 しかし、あれはパーティー全員で上に行くための攻略法。


 ボッチ――もとい、ソロの俺は最低限の強度があれば十分だ。


「エイドス. やってくれ」


『提案します。足元にレンズを向けて下さい』


 完全にエイドス任せ。


 他のプレイヤーには申し訳がない。


 しかし、そんなことで遠慮をする俺ではない。



 チョーカーのレンズを、地面へと向けた。


 その結果は、すぐさまゴーグルに表示される。


 俺の指先がガラクタを掴む。


 指示通りに、角度や重心に注意をしながら配置していく。



 錆びたパイプを支柱にし、歪な石を楔として打ち込む。


 指先に伝わるのは、ガラクタたちの重さ。


 エイドスが映し出した映像を元に、ガラクタを重ねていく。


 その積み上がった足場のシルエットは、いつ破綻してもおかしくないほど不安定に見える。



 だが、重心の糸は完璧に繋がっている。


 次を――石を――パイプを――――次々に組み上げていった。完成。



 一歩を踏み出す。


「大丈夫か、これ? 踏むのが怖い見た目だぞ」


『警告します。足をかけた時点で崩壊が始まりますので、止まらずに駆けあがって下さい』


「それを早く言えっ!」


 俺は、組み上げた足場を踏むと、すぐさま次の段へと跳躍する。


 背後で、役目を終えた道が崩れ落ちていく音が聞こえた。


 立ち止まっている余裕はない。


 崩壊の音が、俺を崖の上へと押し上げていく。



 そして――崖を超えた。


 だが、そこには次の崖が待っている。


 あと四回、同じ作業を繰り返さなければならない。


(これは、けっこうキツイぞ)


 どのように跳ぶかを考えるだけでは足りない。


 組み上げるときの姿勢も考える必要がある。


 それでも、エイドスの演算は完璧だ。


 あとは俺の身体能力次第。



 何度も階段を作る。繰り返す。


 やがて、崖の上に立った。


 俺の他には、誰もこの場所にはいない。


 少し優越感。


 黒い扉を開く。ついに最深部だ。



 【第3層】



 これまでと雰囲気が違う空間。


 洞窟の壁から、淡い光が漏れている。


 家に持って帰れたら、夜の電気代を安くできそうだ。


 静寂。奥へと向かう――先客がいたか。



 最深部、宝石が淡く発光する台座の前に女がいた。


 場違いな装備品。豪華な深紅のドレスアーマーに身を包んだ少女。


 彼女が振り返る。不快そうな表情をしていた。


「あら、その薄汚いゴーグル……。ゴミ捨て場から這い出してきたのかしら?」


 高慢な物言いだな。


「この『涙』は私が頂くわ。どきなさい、有象無象。貴方はお呼びでないのよ」


 彼女の足元には、無数の空き瓶が転がっていた。


「あれは?」


『重力維持ポーションという課金アイテムです。身体の重さを無くし、台座のトラップを回避するのでしょう』


 なるほどねー。ずいぶん金をかけた攻略法だ。



 台座を見る。


 宝石を取って重さが変わったら、ダンジョンが崩壊する。


 それが、ここのトラップ。


 だからこそ、宝石と同等の重りを用意し、それと一瞬ですり替える。


 これが基本的な攻略方法。


 重力維持ポーションで、自分の重さという誤差を無くし、すり替えのハードルを下げる。


 もっとも、指先が変な角度で触れれば、すぐさまトラップは発動するのだろうが。


――とりあえず、課金は無駄にさせてもうか。


「すぐ終わらせるぞ」


『了解しました』


 俺は走った。


 彼女の指先が「虹玉の涙」に触れる寸前。


 その隙間に滑り込んだのは俺の指。


 宝石の冷たさ――奪った。


 台座から宝石が離れた瞬間、音が消えた。ダンジョンが震えだす。


「なっ――、何を! バカなの!?」


 悲鳴。怒声。相手などする気はない。


 振動。巨獣の腹の虫が鳴くようなくぐもった音。


 ダンジョンの崩壊が始まった。


「ナビゲートを頼む」


『演算開始。未来予測を開始します』


 直後。


 腹の虫は、落雷が降り注ぐような音へと代わる。


 天井。壁。岩。全てが人を押し潰す凶器と化した。



 洞窟内の景色が崩れていく。目まぐるしく変わっていく。


 逃げ場なし。だが、すり抜ける余地あり。


 今の瞬間は絶望的。しかし俺が見る三秒先の未来には希望。



 崩落する岩、砕ける床。


――その動きは、全て赤いラインで示される。


 破壊の隙間を縫って走った。


 分かる。次に足を置くべき場所が。


 知っている。跳躍すべき角度を。


 赤いラインの隙間、俺の走るべき未来は「緑色の光のライン」として映されている。



 地を蹴った。足首に反動が伝わる。


 矢印が頭上に向けられている。


 指示された壁を蹴り、体勢を変えた。


 岩が、俺の真横を通過する。その岩を踏み台とした。


 斜め上方へと体を投げ出す。



 再び、頭上から迫る数トンの岩。これも踏み台となる。


 瓦礫が通路を塞いでいく。


 姿勢を変え、岩の隙間に体を通す。


 ガレキ――瓦礫――岩――ガレキ――大丈夫だ。――十分に行ける。



 後ろで光が迸った。


 彼女が何かをしたのだろうが、俺が振り返ることはない。


 そんな余裕などないのだから。


 緑のラインだけを見つめ、俺は駆け続けた。



 ◆



 俺はダンジョンから脱出した。


 埋没していくダンジョンの入り口からは、未だにプレイヤー達が脱出している。


 舞い上がる土煙がすごすぎて、どれだけの人数が脱出できたのかは分からないが。


 生き残ったプレイヤーは、少ないだろう。


 だが、罪悪感はない。


 このイベントは、こういう仕様なのだから。



 そんなことよりも、と手にした宝石に目を向ける。


 思わず、笑みがこぼれた。


(これが、正真正銘の初報酬だ)


『永遠の足跡』も手に入れたが、あれは準備のためだった。


 しかし今回は違う。売るために盗み出した。


 初のトレジャーハントだ。


「……っ、この、野蛮人! 死ぬ気なの!?」


 背後から、怒りと震えの混じった声が響いた。


 例の彼女だ。


 ドレスアーマーは、砂に汚れ、先程の優雅さは見る影もないが。


「よく生きていたな」


「緊急脱出アイテムを使ったのよ!」


 詳しくは分からないが、高価そうなのは分かった。


「デスペナルティを喰らった方が安上がりだと思うけど……じゃあな」


「待ちなさい!」


 特に用もないと思うのだが、なぜか呼び止められた。


「……100万AN出すわ。それを、今すぐ私に売りなさい!」


「どう思う」


『推奨します。正規の交換後でも市場価値は60万AN。40万の純利益です』


 じゃあ、よい取り引だな。


 彼女の見落としを無視すればだが。


「お前は、それでいいのか?」


「はあ? 何を言って――」


「お前はこれを手に入れるために、そうとうな練習をしたんじゃないか?」


 表情を見る限り、気付いていなかったようだ。


「今ここで、俺からこれを買えば、お前が費やしたその『努力』の価値はゼロだ。ダンジョンに入らず、ここで100万ANで買うから持ってこいとプレイヤー達に言っておけばよかったことになる」


 100万ANなら、喜んで大半のヤツが持ってくるだろう。


「言うべきことは言った。俺としては高く売れるのが一番だから、それでもよければ売るぞ」


「…………」


 彼女は鼻で笑った。


「ふん……。そうね、ゴミ捨て場のネズミから施しを受けるなんて、私の美学に反するわ。……いいわ、今回は見逃してあげる。自分で手に入れるから価値があるのよ」


 やっぱ、そっちを選ぶタイプか。


「あんた、名前を教えなさい!」


「次に会ったら、教えてやるよ。……お前も、そのときに教えろ」


「ええ。次こそは、私の名前を敗北の味と一緒に教えてあげるわ。覚えておきなさい!」


 そう言い残すと、彼女は振り返ることなく去っていった。


「うん?」


『なにかありましたか』


「これなんだが……ステータスウインドウは見えないんだったな」


 情報を確認するため、読み上げることにした。


「ジョブ ファンタズマを取得しましたって書いてある」


『……検索……該当なし。隠しジョブの可能性があります』


 隠しジョブねえ。


 しかもエイドスすら知らない。

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