第一話(通算第十六話) 魔法とは①
クラーデ王国国境付近。
出発して最初の野営。
神秘式込みでの移動だったとはいえ、少女二人は弱音一つ吐くことなく付いてきた。
食事も終え、焚き火を囲んで……今から、魔法講義の初回だ。
「一応訊いておくが、二人は魔法を使ったことは?」
「もちろんないよ!」
「ありません」
「だよな。……ミリスは?」
「一応中級までは経験あります。ただ、私にとっては魔法神様の神秘式のほうが使いやすく強力なため、勉強以外の理由では使いませんね」
……アステミリスは本当に例外だな。
「了解。とりあえず、アステミリスは良いだろうが、リルカとセルマには魔法の基礎から教えよう。……二人は魔法ってどんなイメージだ?」
「痛い」
「痛いですね」
「は? 魔法を受けたことがあるのか?」
「何度も食らったよ! というかクルトさんのが一番痛かったよ!」
「あれは本当に痛かったです」
「あ、そういうこと。ごめんな」
どうやら魔獣だったときの痛みを思い出したらしい。
……普通に腕と脚吹き飛ばしたしな。そりゃ痛かろう。
「いや、あれは仕方ないから大丈夫」
「そうです。謝らないでください」
ほんと強い子たちだな。
「そうか、じゃあ切り替えよう。魔法の発動は結構複雑だ。契約、接続、変換、転写、展開、充填、発動、操作、終止の九工程で行われる。……まぁ、例外も色々とあるが、基本はこの九工程だ」
「なんだか難しそう」
「初級魔法でも九工程なんですか?」
「そうだ。魔法の等級と関係なく九工程で魔法は行使される。ただ、等級が高くなるほど契約、変換、転写、充填が複雑になり、操作が単純になる。……正確に言うと、操作は単純になる傾向にあるっていうだけで必ず単純になるわけじゃない。それどころか、術式によっては逆に凄まじく複雑になるが、大体の場合上位の魔法ほど操作は単純だ」
「待ってください、クルト。上位の魔法ほど操作が単純な傾向があるなんて話、初めて聞いたのですが」
俺の説明を聞いて、アステミリスは認識に相違があったらしい。
まぁ、そりゃそうだろうな。
「それについては、たぶん、そもそも大半の魔法使いが操作を重要視していないからだ。だから、大抵の魔法使いが等級によって操作に違いがあるとは感じていない」
「……まだ納得はできていませんが、あなたの説明を聞けば納得できますか?」
「ああ、納得してもらえると思うぞ」
「そうですか。……話の腰を折りましたね。続けてください」
そう言って頭を下げたアステミリスに頷き、話を続ける。
「まず、契約の工程。これは詠唱によって行われる。魔法毎の詠唱文によって世界と契約するわけだ。……詠唱は上位の魔法ほど複雑で、初級魔法なら魔法名を唱えるだけで良い。一番上の超越級魔法なら詠唱だけで数分かかると聞く」
「はいっ!」
俺の言葉に、即座にリルカが手を上げた。
「お、早速質問か? いいぞ」
「はい、確かクルトさんは詠唱をしてなかったと思うんですけど、詠唱はしなくても魔法使う方法があるんですか?」
「ああ、あれは【初級魔法詠唱不要】というギフトの効果だ。このギフトは文字通り初級魔法の詠唱が不要になる。初級魔法を使う時は、詠唱無しでその場その場で契約ができるし、終止の詠唱すらいらない」
「へぇ! ギフトの効果! すごい!」
リルカが目を輝かせる。
でもまぁ、正直言うとギフトなんてもっとすごいのがいくらでもあるんだよなぁ。
「で、契約の次が接続だ。詠唱で世界との契約が成立すると、魔法基盤というものに接続できるようになる。……この魔法基盤というのはイメージしづらいかもしれないが……俺達が見ている物理的な世界とは別の次元にある魔法の法則そのもの、みたいなものだ」
「んー?」
「ごめんなさい、わかりません」
「……まぁ、そうだよな」
物理的な世界とは違う別次元への接続。……なにか上手い表現ができないだろうか。
そもそも別次元っていう発想がこの世界の文明レベルだと難しいよな。しかも、農村で育った、魔法に触れたこともない子供なのだからなおさらだ。
別次元をイメージしやすそうな例えは何かないか?
……だめだな。思いついた例え、どれも逆に分かりづらくなりそうだ。
もういっそ体験してもらったほうが早い気がする。
そうしよう。
「うん、口で説明しても難しそうだな。……二人にも魔法を体験してもらうほうが手っ取り早い」
「えっ! じゃあ魔法が使えるの!?」
「やってみたいです!」
「まずは接続までな。……というわけで、ふたりとも手を出してくれ」
「はいっ!」
「お願いします!」
二人が手を出す。
俺も焚き火を迂回して二人に近づき、その二人の手を取った。
「まずは魔力を感じ取るのが重要だ。俺が今から二人の手を通じて魔力を流し込む。それを感じ取り、押し返す練習からやろう」
「わかった!」
「わかりました!」
元気な返事に頷いて。魔力を手を通じて流し込む。
そして、流し込んだ魔力を再び俺の手の方へ戻し、俺と二人を循環するように巡らせていく。
それを二人が感覚を掴むまで続けるわけだ。
先に感覚を掴んだのはリルカだった。
「あっ! わかった! え、でも押し返すってどうするんだろ……」
今度はリルカが魔力を押し返すのに四苦八苦し始める。物理的に肉体が力む必要は無いんだけど、まぁ、それやっちゃうよね。あるある。
リルカがうんうん唸っている間に、セルマも感覚を掴んだ。
「これが、魔力ですか」
「ああ、そうだ。今度は押し返してみろ」
「はい」
やはりセルマもうんうん唸り出す。
そして、残念ながらその日の内に二人が魔力を押し返す……つまりは魔力を操作することできなかった。
「今日はこのくらいだな。明日も一日歩くことになるし、そろそろ休もう」
「そうですね。リルカ、セルマ、ふたりとも今日はもう眠りなさい」
「うぅ……もう少しだと思うんだけどなぁ」
「わかりました。今日はもう眠ることにします」
俺とアステミリスは交代で見張りをしつつ休んだ。
俺は見張りをしている間も、次のステップに進む時はどのような説明をするといいだろうと考えていた。
※※※
翌日の夕食後、二人は案外あっさり魔力の操作に成功した。
「歩いている間も魔力を動かそうって頑張ってたんだ!」
「私もです。ふふふっ、リルカちゃんもそうだと思ってました」
んー、まぁ才能あるやつは一瞬で押し返すとこまでできちゃうから、別に才能があるってほどじゃない……いや、やはり、言わずとも努力ができるというのは才能と言っていいだろう。
努力をできるというのは、魔法に限らず何にでも通じる才能だ。
「じゃあ、魔力操作ができたなら、体内だけじゃなく、体外の魔力も操作してみてくれ。人間は魔法の発動の起点にできるのは基本的に手のひらか指先で示した空間だ。そこに魔力を集めてみてくれ」
「「はいっ!」」
頑張って魔力を集める二人。
少し時間がかかっているが、うまくできそうだ。
そんな二人を、俺とアステミリスはお茶を飲みながら眺める。
「魔法の焦点となる地点に一定以上の密度の魔力を集めたら、詠唱をする。初級は魔法名を唱えるだけでいい。最初のおすすめは《風》だな。唱えてみてくれ」
「「はい! 《風》!」」
二人の指先に数センチ程度の距離に集まっていた魔力が、二人が魔法名を唱えたのと同時に、空間の裏側に吸い込まれるように消えた。接続と同時に魔法基盤に魔力が流れ込んだのだ。
魔法に慣れていないうちは、意図せずともすぐに接続した基盤に魔力を流し込んでしまうのだ。
逆に、慣れるまでは流し込める魔力を用意した状態でないとうまく詠唱できない。
詠唱というのはとても不思議な行為だ。この世界では、詠唱のために「言葉に魔力を乗せる」みたいなことはしない。けれど、詠唱として唱えた言葉は物理的な音としてだけではなく、世界に響く。
その、世界に響かせる唱え方というのが、慣れるまでは焦点に魔力を集めて着火剤にしないとうまくできないのだ。
慣れてくると、魔力を集中させたりせずとも詠唱できるようになるし、接続後に魔力を流し込む量やタイミングも自在にできるようになる。
「今の感覚わかるか? 詠唱の感覚もそうだが、魔力が別の空間に流れ込む感覚の方も」
「うん、わかる! 詠唱はなんか……世界に響く感じ? 変なことしてるわけでもないのに、なんか普段しゃべるのと全然違う感じっていうか」
「魔力が流れ込むのはなんか……別の場所っていうか……全然違うところに魔力が入っていくみたいな感じでした。……それで、その先の場所には、なにか線みたいなのがたくさん繋がって模様のようになっている感じでした」
「そう、その感覚が契約と接続だ。……一旦、説明に戻るから契約を解こう。《終了》って詠唱すれば、終止工程に移り、魔法を終了できるから」
「「はいっ! 《終了》」」
二人が契約を終了する。
契約も接続も終止も、初めての感覚ばかりで、目を白黒させつつも楽しそうな二人。
そんな様子をみて、幼い頃の自分を思い出しながら、教え子を持つという感覚に何処かくすぐったさのようなものを感じていた。




