第一話 旅の始まりは護衛から
セファイルート真王国、最西端の街。
その日、その男は前触れもなく現れた。
「五年ぶりか。……正直、短かったな」
その街の者たちが恐れる、魔境の奥から。
「クルトさん、生きてらっしゃったのですね! 正直亡くなられたものとばかり思っておりました! 今後はこのギルドを拠点に活動してくださるのですか?」
迷いなく冒険者ギルドへと足を運んだ彼に、受付の女性は驚いた。
五年前に、魔境へと赴く彼の情報更新手続きをしたのも、この受付嬢だった。
「いえ、しばらく旅をしようと思っています」
「そうですか。それは大変残念ですね。次に何処に向かわれるのか、ご予定を伺ってもよろしいですか?」
「まずは首都を見てみようかなと。それで、せっかくだから首都に向かう商人の長期護衛依頼なんかがあればと思っているのですが」
「首都まででしたら、ちょうどいいタイミングでしたね。明後日出発の商隊の護衛募集がありますよ。そこそこ大きな商隊で、かなりの人数の募集がかけられています。既に四パーティとソロ三名の参加が決まっていますが、まだ枠はあるのでそこに入れますね」
「ありがとうございます。お願いします」
それだけのやり取りのあと、手続きを済ませ、彼はギルドを後にした。
これが、この地味なやり取りが、彼の新たな旅立ちのときだった。
彼の名はクルト。
いずれ神話に謳われることとなる、初級魔法の究明者。
この時代に於いて、世界最強の初級魔法使いである。
※※※
五年間の魔境籠りを終え、久しぶりに人類の領域にやってきて……俺は困惑した。
何処にも、危険がない。
正確に言うと、俺に危機感を覚えさせるものがない。
前世……少なくとも平成や令和の時代の日本と比べて治安の悪いこの世界では、街の中にだって様々な危険がある。……あるのだが、今の俺に危機感を覚えさせるようなものはなかなか無いらしい。
五年間、常に命の危険に身をさらしてきた俺にとって、これだけ危険のない環境は逆に違和感がすごい。
……まぁ、魔境で磨いたこの危険感知能力は、生命の危機以外は感じ取ってくれないだろうから、詐欺とかには気をつけないといけないだろうけど。
「魔境に籠って五年。はぁ、俺の才能は怖いな。正直、たった五年で初級魔法の真理に到達できるとは思わなかった。……まぁ、俺ももう二十三歳だし、前世でも歴史に名を残す天才っていうのは二十代前半には……何なら十代の時点で大きな功績を上げてたりするから、そんなものなのかもしれないけれど」
五年間の魔境生活で、俺は一つの到達点に至った。
この世界の誰も到達していなかった、初級魔法の真実を掴んだのだ。
そうして俺は、到達者となった。
「初級魔法の真理の究明こそできたものの、実技面で極められなかった……というか俺では極められないとわかったことは心残りではあるな。まぁ、それでも、今世界で一番初級魔法の扱いが上手い自信はあるし、初級魔法使いとしてこれから活動していこう」
魔境から出るときも何度も口にした自分を納得させる言葉を再び声に出す。
そして同時に気づいた。
魔境の中では自分自身のために……声と言葉から遠ざかり過ぎないように、わざと独り言を多くしていたが、その癖が残ってしまっているのだ。
「……うん、ここは魔境じゃないんだし、独り言の癖は直そう」
直そうと言いつつ、それも独り言として呟いていることには後で気づいた。
今後気をつけないといけない。
考えながら、歩く。
冒険者ギルドの手続きを終えたし、依頼開始までに身だしなみとか整えないとな。五年前までに貯めていたお金はまだある。
この世界の冒険者ギルドは前世で見たファンタジー作品のように全世界にネットワークを張り巡らせた巨大組織……というわけではない。しかし、それでも他地域、他国の冒険者ギルドと緩いつながりがある。
主に実力の高い冒険者に関する情報交換をしているのだ。強大な魔物を倒せる冒険者が今何処にどのぐらいいるか。それを把握することは、この世界で魔物に対応していくうえで非常に重要らしい。
俺も、魔境に入る前には何処に行くのか訊かれたし、このセファイルート真王国最西端の街の冒険者ギルドにも顔を出した。
また、実力の判断基準統一のため、冒険者の等級も統一されている。そのため、他のギルドに行っても、ちゃんと確認さえ取れれば冒険者の等級は引き継げる。
俺は以前このギルドに来た時、自身の情報を提示して、自国で活動していたときの等級を引き継いでいた。そのため、このギルドでも三級冒険者として活動を記録されていたのだ。その記録が残っていたのに加え、顔を覚えていてくれる人がいたから、さほど手間なく冒険者に復帰できた。助かった。
……それにしても、冒険者ギルドに行って受付さんに名前を告げると驚かれたな。
まぁそりゃそうか、魔境に入るって言ったやつが五年間音信不通なら当然死んだと思うだろうよ。
ま、ひとまず冒険者に復帰できたし、護衛依頼も受けられて万事順調だ。
久方ぶりの三級冒険者としての活動、がんばることにしよう。
※※※
出発当日。
「では、よろしく頼むぞ冒険者達」
何台もの馬車が連なっている。
複数の商会がともに長距離の移動を行う目的で組んだ商隊だ。
冒険者以外にも、それぞれの商会の自前の護衛までいる。
商人、護衛、小間使、御者、そして俺達冒険者。なかなかに大人数だ。
「はい。よろしくお願いします」
他の冒険者達と一緒に、この商隊の取りまとめ役の商人に返答する。
今回の護衛、各商会の護衛はそれぞれの商会の馬車を護衛する。冒険者はその外周を護衛する形だ。
魔物などが出た場合でも、護衛は馬車を離れはしないので、討伐は主に冒険者の役目となる。
というわけで、俺も他の冒険者とうまく連携できるよう、円滑なコミュニケーションが必要だ。
「3級冒険者のクルトだ。よろしく頼む。得意なのは初級魔法だ」
出発前に陣形等を決めるため、冒険者同士で自己紹介や意見交換を行った。人数が多いので、パーティを組んでいるところはリーダーがパーティの紹介をし、俺を含めたソロ4人は自己紹介をした。
「初級魔法? ……あー、3級冒険者ってことは初級魔法をよく使う魔法戦士って感じなの? 闘気と魔法の使い分けが大変って聞くけど、すごいね」
「いや、初級魔法師。つまり、初級魔法を中心に使う魔法師だ」
「え? 初級魔法だけで三級まで上がったりできるの?」
「やめなよリーシャ。クルトさんも手の内隠したいんだよ、きっと。……まぁ、下手な隠し方だとは思うけどね」
「あはは……」
当然の疑問を持たれ、変な勘違いをされた。
俺は事実を言っただけなんだが……まぁ、好都合だから魔物が出るまではこのままにしておこう。
まぁ、それでもこれから協力するという人たちに手の内を隠したままだと思われている状態だ。
どうしても不信感を持たれる。
戦闘が発生して俺の初級魔法の実力を見てもらうまでは、慎重にコミュニケーションをとろう。
……そう考えていたが、なかなか難しかった。
五年も人との関わりを断っていたせいで、どうにも色々とぎこちない部分が出てしまった。
うーん、俺への不信感が強まってしまっているのを感じる。
人数が多いというのは、それだけで襲われづらい。襲う側からすれば、獲物が大きくとも、そもそも負ければ何も得られないのだから当然だ。
たくさんの商品を積んだ馬車が連なっているとはいえ、これだけの護衛に囲まれているとなかなか襲われはしない。
つまり活躍の機会がなく……だからこそ肩身の狭い感覚が続いた。
「ミルシーは手の内を隠すためって言ってたけど、私はクルトさんが言ったことホントだって思ってるの。だから楽しみにしてるよ、クルトさんの初級魔法」
夜。この七年……魔境籠り前の二年も含め、七年で慣れきった野営ぼっち飯をきめていると、俺の言葉に疑問を持っていたリーシャという少女が話しかけてきた。
最初、自分に話しかけられていることに気付けなかった。……前世でもここまでコミュ障じゃなかったと思うんだが、大丈夫か? 俺。
人と全く関わらないのってよくないんだな。
「君はたしか、リーシャだっけ?」
「そうそう。覚えててくれたんだ! 四級冒険者のリーシャだよ! よろしくね!」
なんだこの子。
小動物系? 元気っ子?
小柄の可愛い系美少女。なのに自己紹介聞いた感じだと近接系。それもパワーファイター。
チグハグだ。この世界、前世のラノベとかと違って、美少女の冒険者なんてほとんどいないのに。なんでこんな美少女で冒険者やってるんだ? そしてなんでパワーファイター系なんだ? その小さい体のどこにあんなどでかい戦斧を振り回す力が?
……あっ、ギフトか。納得した。そりゃそうか。
「あっ! 今私見て小さいって思ったでしょ! 失礼だなぁ」
「……ごめん」
「あはは、別にいーよ。事実だしね、私が小さいの。こんな小柄な冒険者、そうそういないでしょ」
「まぁ確かに」
「その上、私の武器って大きいからさー、よくふざけてるって勘違いされるんだよね。私の体格に対して武器が大きすぎて現実味ないから。……冒険者の仕事はガキのお遊びじゃないんだぞ、とかよく言われる」
「なるほど。それはストレスが溜まりそうだ」
「クルトさんもでしょ?」
「え?」
「初級魔法で戦うって言ったら、ふざけてるって思われたり、馬鹿にされたりしそうだなって」
「……まぁ、そうかも」
この五年は修行と称して魔境に籠っていたが、その前の三年は普通に冒険者として活動していた。
最初の一年は中級も上級も使っていたから特になんと言われることもなかったが、二年目以降は初級魔法中心で活動して色々と言われたもんだ。
「やっぱり。なんか親近感湧くなぁ」
「……お互い苦労するな」
「あはは。じゃあ苦労仲間ってことで、ちょっとだけ協力してあげよっか?」
「協力?」
「うん。なんか他の冒険者とのコミュニケーションうまく行ってなさそうだったからね。明日から期待してて」
「あー……じゃあ、よろしく」
「はい。まかされました」
そういったリーシャは輝くような笑みを浮かべた。
もうホント、光源が焚き火ぐらいしか無いっていうのが嘘なんじゃないかと思えるほど、煌めく笑みだった。
「それはそうと、そのスープ、美味しそうな匂いがするね」
「……食べる?」
「いいの!?」
「ああ」
言いながら、俺の作ったスープをカップに注いで渡す。
「いただきまーす! ……ん! おいしい! これおいしいね! お店だせるよ!」
「はは、そんだけ喜んでもらえれば、俺も嬉しいよ」
よかった。俺の料理はどうやらちゃんと美味しいらしい。
読んでくださり、ありがとうございます
以下投稿予定です。
4/17 20時投稿開始。5話同時投稿。
4/18、19は12時と20時に投稿予定。
4/20以降は1日1話、20時投稿予定。




