婚約
-Main story- 11-3
by Souki
暑さも本格的になってきた。
この暑さの中、時雨は体調を壊してはいないだろうか?
数日前に会いに行ったばかりだったが、時雨のことが気になってしょうがなかった。
毎日時雨の顔を見られない。
なのにあいつ、クラウドは、当然のように毎日里で時雨と親しくしている。
やつは自分の立場というものをわかっているのだろうか。
(魔族と人間族が共存するために試験的に滞在しているだけなんだぞ。時雨と馴れ合う為ではない!)
思わず拳を握り、机の上を叩いてしまった。
そんな俺を見て何事かと近くにいた越志が不思議そうにこちらを眺めていた。
(いかん。私情を挟んでいるのは俺の方だな。)
やつは何も規約違反など犯していない。
ただ導神族の者達と仲良く生活しているだけだ。
どうも時雨のことが絡んでくると、俺は冷静さを失ってしまうようだ。
(このままでは、先が思いやられるな。)
そんなことを考えていたら、扉をノックする音が聞こえた。
「なんだ。入れ。」
仕事モードに切り替え訪問者を招き入れると、訪れたのは陛下に使える従者だった。
どうやら陛下が私をお呼びのようだ。
「わかった。ちょうど手が空いているところだ。今から向かおう。」
椅子から立ち上がり、留守を越志に任せ陛下の元へと向かう。
挨拶を済ませた俺は、陛下の待つ部屋へと足を踏み入れた。
「おぉ、想輝きたか。まぁそこに座れ。」
陛下は機嫌良さそうに満面の笑みで俺を迎え入れた。
「やっと婚約者が決まったぞ!」
どうやら俺は婚約者の件について、父上に呼び出されたようだ。
「婚約者はこの娘だ。」
っと、婚約者の姿絵を手渡された。
確かに綺麗な女性ではあったが、時雨ほど魅力的な雰囲気ではなかった。
「名を麗華という。婚儀の日取りも時雨と相談して決めた。」
「時雨と?」
時雨の名前が出て、思わず眉がピクっと動いてしまった。
彼女には婚約の件についてはまだ話していなかった。
婚約者の話をして彼女の悲しむ顔を見たくなかったし、二人の関係が壊れるのを恐れ、なかなか言い出せずにいたのだ。
父上に婚約者選びは任せると言っていたが、ここまで話が進んでいるとは予想外だった。
時雨からは婚約者について何も問われなかったから、てっきりまだ知らないと思っていた。
(早く時雨と話をしなければ‼︎)
俺は父上の手前顔には出さないようにしていたが、内心焦っていた。
きっと時雨は悲しんでいる。
その姿を想像すると俺の胸は張り裂けそうだった。
誰よりも大切にし、守りたい存在であるはずの彼女を俺が傷つけてしまったかもしれない。
「あぁ、婚儀を執り行うのは時雨だからな。日取りの良い日を選び決めたぞ。」
父上は婚儀の日取りも決まり上機嫌だった。
それはそれでよかった。
俺はこの婚姻は義務的なものとして割り切っていたからだ。
でも、時雨は何も知らない。
俺が何も話していなかったから。
「そうですか。承知しました。」
ふっと、父上の表情が真剣なものへと変わった。
「想輝、本当にこれでよかったのか?」
「私が、時雨を妃にすると言っても父上は頭を縦に振らないのでしょう?ならばこれでよかったのです。では、私はこれで失礼します。」
(なんとか平静を保てたか。)
陛下の部屋を後にした俺は、時雨と話をするために馬に飛び乗り、彼女の元へと急いだ。
馬は、風を割きながら走ってくれていた。
そんな風を体に受けながら俺は自分に湧いて出てきた感情に驚いていた。
結婚なんて気持ちがなくたってできると思っていた。
だが、いざ婚約者が決まった途端、俺の中に閉じ込めておいた思いが勢いよく溢れ出てきてしまった。
(一刻も早く時雨に会いたい。)
すでに俺は、理性を失い衝動のままに動いていた。
時雨の屋敷に着くや否や俺は馬から飛び降り、乱暴な仕草で門扉を開けていた。
「お邪魔する!時雨はいるか‼︎」
「想輝⁉︎慌ててどうした?時雨は執務室にいるけど。」
たまたま玄関先で、クラウドと仕事をしていた陸と鉢合う。
「そうか。ならば、しばらく時雨と二人にさせてくれ。」
そう告げた時、クラウドと目が合った。
何かものいいたげな視線を感じたが、俺は無視し時雨の元へと急いだ。
ノックもせず、執務室のドアを勢いよく開けるっと驚いた時雨が俺を見ていた。
「へ?想輝。どうされたのですか、急に。」
突然現れた俺に驚き、時雨は椅子から立ち上がっていた。
そんな時雨を俺は引き寄せ抱きしめると、押し込めていた胸のうちを吐露していた。
「どうして俺は皇子として生まれてきた。どうしてお前は長として生まれてきた。こんなしがらみがなければ俺はお前と共に生きていくことができるのに。時雨。俺は…本当は…お前以外と結婚などしたくない。」
時雨は俺の背に手を回し、黙って話をきてくれていた。
そして、俺の気持ちが落ち着くまで何も言わず、ずっと俺の背中をさすり続けてくれていた。
(やはり俺には時雨しかいない。)
俺は改めて、時雨への想いを噛み締めた。
このまま彼女とどこかへ逃げてしまいたかった。
何もかも捨て、一人の人間、ただの男と女として二人で過ごしたい。
今この腕の中にある温もりを決して離したくはないと強く感じていた。
(だが、俺達の宿命がそれを許さない。)
頭ではわかっているが、心がそれを受け入れなかった。
(どうしたら、俺は時雨とずっと一緒に生きていくことができるのだろうか。)
永遠に出ない答えを俺は未だに探そうとしていた。
暗闇の中の一筋の希望の光が俺はただ欲しかったのだ。




