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Something failed(4)

この作品には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれています

免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 百人以上が一度に利用できる食堂の出入り口は、前に一つ、後ろに一つあった。

 どちらの扉を抜けても、同じ通路に出る。

 建物内には食堂の他にも調理場や倉庫などがあるため、通路は食堂の縦幅よりも長い。

 その通路の両端にある扉は大きく開かれていた。


 通路の途中にも扉があり、そこから建物の裏手に出る事ができる。裏手は低い崖に囲まれた半地下の庭になっている。

 半地下なのは、食堂のある建物が坂を削るように、平らに建っているためだ。


 その庭には、石灰を固めて作った円筒形のトンネルが、地中から斜めに突き出ていた。

 トンネルからは、地下洞窟に降りる事ができる。

 普段は鉱石採取用の出入り口として利用されており、モンスターによる拠点襲撃などの有事には、非狩猟民はここから地下洞窟へと避難する事になっていた。


 庭に出る扉の横には窓があり、ルキルスはそこから、地下トンネル前に立つハノク・ラシエらしい人物を確認した。隣にもう一人、壮年の男が立っている。金属製の小さな輪を繋いで作ったチェーンメイルを着用している事から、おそらく護衛の騎士だろう。

 今は非常時ではないし、鉱石採取は地味で人気の無いクエストなので、半地下の庭には他に人の姿は見当たらない。


 別の扉から出て裏庭に向かい、慎重にハノクのいる状況を見極めるべきだったのに、ルキルスは一人残してきたユージーンが気掛かりで、時間を惜しんだ。本当にハノクなのか、なぜここに居るのかだけを確かめたら急いで引き返すつもりで、彼は判断を誤った。


 庭に出る扉を開けると、ルキルスは肌寒い冬の空気の中に足を踏み出す。

 ハノク・ラシエが振り返った。

 昔よりも体型が大きく崩れているが、その自信満々な笑みで、ルキルスの知るハノクだとわかる。


 傲慢で、根拠の無い自信に満ちていて、自分は選ばれた者だと信じて疑わない、自分大好きな男。ユージーンに性的な虐めを行っていた事がばれて処罰されるまでは、常に誰かにマウントを取っては悦に入っていた。


「ルキルスじゃないか」

 満面の笑みを浮かべ、ハノクは大声で言った。少しも驚いた様子はなく、明らかに、ルキルスがここまで追ってくるのを待っていた態度だ。


「ハノク。どうしてここに」

 歩み寄ろうとして、ルキルスは動きを止める。

 背後で扉の閉まった音がしたと同時に、冷たい刃の感触が、彼の首筋に突きつけられていた。


 もう一人、窓の下に身を潜めていた男を見落としたのだとルキルスは気づく。

 ハノクのわざとらしい大声には、自分に注意を引きつけて背後の気配から気を逸らそうという目的があったに違いない。


「どうしてここに居るのか、か? この国に逃げて来た負け犬のお前達と一緒にはするなよ?」

 ハノクは嬉しそうに言う。

「私は国から正式に派遣されてきた。第二王子殿下の件を調査するためにね。警告しておくが、私を傷つける行為は国同士の戦端を開くかも知れないから、やめておいた方がいいぞ」


 そう、こういう男だった。

 相手にマウントを取る事だけが生き甲斐の、中身のない男。

 こういう類いの連中にユージーンはこれまで、踏み付けられ、やりたくもない行為を強要されて、取り返しのつかない傷を心身に負わされたのだと、ルキルスは怒りを滾らせる。


 ユージーンの、生きる事を諦めたような目を見るたびに、ルキルスは、何とかしてやりたいという焦燥感に駆られた。


『魂が壊れてるんだよ。何をしたって、ちょっとしたきっかけで、結局は死んでしまう』


 そう言った伯父の言葉が、頭から離れない。

 死なせてたまるかと、ルキルスは思う。

 今、この男の悪意に晒されたりしたら、ユージーンはあっさりと生きる事から逃げ出してしまいそうな予感がしていた。


「お前こそ、王国の正式な使者がこんな事をしてもいいのか? そのうちに誰かが窓から見て、保安官事務所に通報するぞ?」

 ルキルスはちらりと、窓の方を見た。

 食堂の利用者は、庭には興味無いらしく、残念ながら窓に近寄って来る者はいない。


「私には外交特権というものがある。自由に調査しても良いと、その保安官事務所から許可をもらっているんだ。これも調査の一環だと言えば通るさ。下位貴族の息子が何を言っても、誰も信じないだろう」

 ハノクは誇らしげにそう言った。


 気持ちが悪くなるぐらいに自分の優位性を信じ込んでいる上に、この国では貴族という身分が何の意味もない事を知らないようだと、ルキルスは呆れる。

 放っておいてもこの男は自滅するだろう、とは思ったが、彼は言わずにはおれなかった。


「お前、馬鹿なのか? 何が外交特権だ。そんな事が押し通るぐらいなら、第二王子は刑務所に入れられたりはしていない。王国はお前みたいな卑怯者のために戦争はしないし、問題を起こせば第二王子と同じように見捨てられるだけだ」


「ブランドン」

 ハノクの不機嫌な声に応じて、彼の横に立っていた男がルキルスに近づく。退こうとしたルキルスの首筋に、背後から突きつけられた冷たい刃が当たり、うっすらと傷を作った。


 動きを止めたルキルスの両腕を、ブランドンと呼ばれた男がロープで後ろ手に縛る。

 それから鞘に収めたままの剣を手に取り、思い切りルキルスの腹に打ち込んだ。

 咄嗟に腹筋に力を込めたが、生身で対抗できる訳もない。

 ルキルスは痛みに悶絶し、膝を突いて、食べたばかりのものを吐き戻した。


「惨めだな、ルキルス」

 ハノクは再び、上機嫌になる。

「これは天罰だ。貴族学園時代、私を嵌めて、貶めた事を後悔するといい」


「嵌めた?」

 ルキルスは、嫌な味のする唾を地面に吐き捨てながら言う。

「体重で記憶がぶっ壊れたのか? ユージーンに、いかがわしい行為を何度も強要したのはお前だろう? 俺はそれを教師に密告しただけだよ。それがどうして、お前を嵌めた事になるんだ?」


「お前が! その噂を広めたのか!? いかがわしい行為などと!」

 ハノクが足を踏みならした。頬の肉と、喉が揺れる。

「そのせいで私は、同性と無理矢理に関係を持ったなどという不名誉な濡れ衣を着せられて破談になり、輝かしい未来を掴み損なったんだ!」


「俺じゃねぇよ」

 惨めなのはどっちだと言わんばかりに、ルキルスは半笑いになる。

「だが、あれだって充分いかがわしい行為だろうが。ユージーンがどんな気持ちでいたと思っているんだ? 俺は、お前がアソコ丸出しで、白いものを漏らしながら先生達から逃げ出した瞬間を、しっかりと覚えているからな」


「笑うな! 私を笑う事など、許さない! イーノック! その男を立たせろ!」

 ハノクの指示通り、後ろの男が油断なく刃を構えたまま、ルキルスの縛られた両腕を引っ張り上げた。押さえ込んで逃げられないようにして、もう一人の男に、徹底的に打ちのめすように指示するつもりなのだろうと、ルキルスは身構える。

(これでこいつは終わりだ)

 ルキルスは内心、挑発がうまくいって満足だった。

(俺への暴行を理由に、ハノクをこの国の刑務所にぶち込んでやる)


 だが、ハノクの下した指示は、ルキルスの想定を裏切った。

「その男を宿に連れて行って閉じ込めておけ! ブランドンはユージーンを宿に誘い出せ。さっき会議室に居た黒髪の女に似ているから、すぐにわかる。ルキルス! お前の目の前でユージーンを犯してもそうやって笑っていられるか、見てやろうじゃないか」


 とんでもない事を言い出した(あるじ)の顔を、壮年の騎士が驚愕の表情で振り返った。

「は?」

 彼の心の声を代弁したのはルキルスだ。

「矛盾していないか? さっき、不名誉な濡れ衣だと自分で言ったばかりだろう。それと同じ事をして、今更何の意味があるんだ?」


「意味はある。お前に、死ぬほど後悔させてやるよ。本物の『いかがわしい行為』がどんなものかよく見て、あの時の自分が間違っていましたと泣いて謝るんだな」

「噂を広めたのは俺じゃないと言っただろう?」

 表情を変えたルキルスに、ハノクは、満足そうな笑みを向けた。

「早く行け、ブランドン」


 チェーンメイルを装着した壮年の男は、殺気を漂わせ始めたルキルスを眺めて納得したように頷くと、扉を引き開けて食堂へと向かった。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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