Something failed(3)
この作品には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれています
免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼
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「行きたかったか?」
そうルキルスに尋ねられて、ユージーンは首を横に振った。
「まさか。ルキルスのおかげで、無難に断れたよ。ありがとう」
妹なら行くと言ったかも知れない、とユージーンは思った。一緒に狩猟に行ってくれる友達を欲しがっていたようだから。
「クロエと同じ年ぐらいの子達かな」
少女達が、揶揄ってきた別のグループと賑やかに言い争い始めた様子を、ユージーンは眺める。本気で喧嘩をしているのではなくて、じゃれ合っている感じだ。
「この国の学校は十八歳の秋に卒業だから、多分そうだろう」
コーヒーを飲みながら、ルキルスは言う。
「共和国の子ども達は未来を夢見て、煌めいている感じで良いな。王国の貴族学園には無い雰囲気だ」
「確かにね」
耳の長い兎型使役魔獣が、空いた食器を二人の前から下げていった。
ユージーンは曖昧な笑みを浮かべて、それを見送る。
卒業後、ルキルスは王国内で職が見つからず、母親も亡くなったため伯父を頼って国外に出たという。ユージーンは卒業後もそれまで通り、父親であるルグウィン公爵の『手伝い』を続けた。
さっきの少女達の、屈託のない笑い声が聞こえてくる。
穢れを知らない、健康的な心を持つ彼らと、自分とを比較して、ユージーンは息苦しさを感じ始める。
あの頃も今も、未来を夢見る気持ちになどなれない。
どんな夢を見てよいのかも、わからない。
「ユージーン」
思考に溺れかけていた彼を、ルキルスの声が掬い上げる。
「もう少し元気になったら、俺と狩猟に行ってくれるか? 基礎訓練の一環で狩猟免許は取得したから、借金返済の足しにしたいんだ」
「いいよ」
俯いている自分に気づいてユージーンは顔を上げ、微笑んでいるルキルスを見返す。
もしかしたら今、彼に気を遣わせてしまったのかも知れない、と思う。
せめてルキルスと一緒にいる時ぐらいは、後ろ向きの考え方は止めよう。
「僕はもう充分に元気だから、いつでも行ける。弾丸もたっぷり買ったし」
ユージーンは、ホルスターの上から銃を軽く叩いた。
「じゃあ、お前が歩いている俺を、走って追い越せるぐらいになったら行こうか」
ルキルスが面白がるように言う。
「最近僕は、裏庭で走り込みもしているから、そこまで遅くはない」
ユージーンは、気分を害したふりをして言い返す。
「へえ。今日帰ったら、見せてもらおう」
「いいよ。受けて立つ」
大昔から友人だったかのような、軽い諍いを装った会話は、長くは続かなかった。
ユージーンはふっと笑みをこぼす。
「全然追い越せる気がしない」
「おいおい」
ルキルスが苦笑する。
揶揄っただけで、本当はそんなに遅い訳がないだろうと言いたそうだが、彼が全力で歩いたとして、リーチが長いから、ユージーンが追いつくためには走らなくてはならない。更にスピードを上げて追い抜く体力が、残っているかどうかが問題だ。
などとユージーンが検討していると、ルキルスがふいに真剣な顔をして食堂の一点を見つめた。
ユージーンがそちらを見た時、食堂の出口から出ていく太った男の後ろ姿が見えた。
「古い知り合いがいたような気がするな」
とルキルスが軽い口調で言う。
「ちょっと確かめてくるから、ここで待っていてくれ。誰かが、俺の名前を出して誘い出そうとしても、ついていくなよ?」
彼は立ち上がりながら、そう念を押す。
頷きながらも、ユージーンは不安に揺れていた。
ルキルスが男の後を追って食堂の出口から出ていくと、ユージーンは銃を取り出しやすいように、ホルスターの留め金を外した。
弾丸の入っているポーチの蓋も開けておく。
中に指を入れ、普通のペレットに、氷結弾、火炎弾、電撃弾と、指でなぞって確かめた。
(あの後ろ姿は)
ユージーンは、再び息苦しさを覚えていた。
(この国に、彼がいるはずがない。王国で何不自由なく暮らしている貴族の彼が、ここに来るなんて。有り得ない)
おそらくルキルスも、同じ事を考えたはずだ。だから確かめに行った。
(もしもハノクなら……)
ユージーンは、再び後ろ向きの思考に囚われる。
(僕が今まで父に命じられて何をしていたか、ハノクの父親に僕が何をされていたか、僕の周囲に居る人達に話して回るだろうか? クロエに……ザイオン達に……? 僕は)
『なんて穢らわしい!』
クロエの罵る声、ザイオンから向けられる冷たい視線を想像した途端、身体が小刻みに震える。怖くてたまらなかった。
彼らに知られる前に、自分自身を消し去らなくてはという衝動が突き抜ける。
銃に手をかけたまま、ユージーンは衝動に抗う。
(僕は間違っている。クロエはそんな事を言わない。ザイオンも)
『俺は一生懸命生きるから、お前はその姿を見ていてくれ』
ルキルスはそう言った。
ユージーンはそうすると約束した。
だから、勝手に死ぬ事はできない。
ルキルスは全てを知った上で命を救ってくれて、今も友人でいてくれるのだから、裏切る訳にはいかない。
銃から手を放して、ユージーンはポケットから出したハンカチを両手で握り締めた。
クロエの渡してくれたハンカチから、アロマの良い香りが漂う。
その香りが、ユージーンを落ち着かせた。
(まだ何も起こっていない。あれがハノクかどうかもわからない。たとえハノクだったとしても、侯爵家の恥になるような事を触れ回るはずがない。それにクロエは、全てを知ったとしても態度を変えたりはしない)
理性的に考えられるようになって、心が静まり、恐怖と震えが収まってくる。
ユージーンは、緩めた両手の中にあるハンカチをぼんやりと見つめながら、妹を想った。
そして、ハンカチに施されている奇妙な形の刺繍に気づいた。
模様のようで模様ではなく、不規則なジグザグを形作っているように見える。
(古代エルフ語? 何かのおまじない?)
眉根を寄せながら、ハンカチの上下左右を変え、裏側を見たりして、その不思議なジグザグを解読しようと暫く眺めていたユージーンは、突然、それが自分の名前だという事に気づいた。
(僕の妹は)
さっきまで恐怖で震えていたユージーンは、全く違う感情に打ち震えた。その落差に自分でも驚きながら、ハンカチで口元を覆い隠す。
(刺繍がとんでもなく下手だな……?)
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創造主達が去ってから、長い時が流れた。
最下層に棲むサムシングフェイルドの一人、鄒ゥ逕キは長らく陽の光を見ていない。上層では魔王を名乗る男が異界の太陽を呼び寄せ、悪魔達の国を造ったが、失敗作として下層にうち捨てられたサムシングフェイルド達にその恩恵は行き渡らなかった。
本能のままに、鄒ゥ逕キは他のサムシングフェイルドや、迷い込んだ魔族を捕食して空腹を満たしたり、生殖を試みる。暗闇で生きるうちに、視覚は衰えていった。長い年月の間に、記憶も薄れていく。確かに、人として生きた時間があったはずなのに思い出せない。
『鄒ゥ逕キ? どんな気分だ?』
記憶の初めにあるのは、創造主の呼びかけだ。
鄒ゥ逕キは、言語能力を失っていた。
身体を動かしてみると、以前と違って真っ直ぐに立つ事ができない。
下向きにぶら下がっていた生殖器は、今は上向きに付いていて、触手のようにくねっている。
『失敗らしい。昆虫との融合は、困難を極めるようだ』
創造主達は、それほど残念だとは思っていない様子でそう話し合っている。
『左右対称を保っているだけ、こいつは優秀じゃないか。頭部の形も正常だ。どれだけ生き延びるか、タグを付けて異界に放そう』
それ以来、湿気の多い地下洞窟で、這いつくばって生きてきた。外敵は数多く、隙あらば寄生しようとする害虫も多い。鄒ゥ逕キは、魔法障壁を常に張り巡らせて身を守った。
魔法が使えるという事実は、彼のベースがエルフ族である事を示唆していた。人間とは逆向きに付いた下半身の、筋肉の発達した後ろ足で大きくジャンプして、獲物に飛びかかる。二対ある前脚で捕獲し、空腹の時はすぐに齧るが、そうでない時は、剥き出しに付いた長い生殖器で種付けする。
そうして彼は、二千年に近い年月を送る間、自分の子孫を増やし続けた。地下で時々見かけるカマドウマのような姿をしたサムシングフェイルドを捕食しないのは、自分の子孫である事を本能的に察知しているからだ。
少し前から、下層に流れる空気が変わった。
かつて生まれ育った世界の匂いだと、鄒ゥ逕キは気づく。
『私の可愛い、鄒ゥ逕キ』
差し伸べられた、手の記憶。
その温かい声の調子に、胸をかきむしられるような、忘れていた感情が蘇る。
『鄒ゥ逕キ。おいで。こっちよ』
それが誰だったのか、思い出す事もできないまま、鄒ゥ逕キは空気の流れを辿り始めた。
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