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二進法原初魔法  作者: lukecat
スローライフの終わり
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アメリア(4)~番外編『モブ令嬢と悪役令嬢』改稿版~








⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

「姉はその夜、拘束され、貴人用の牢に入れられました。マクシミリアン第一王子殿下とザイオンが王城から姿を消したのは、その直後です。二人とも、姉に聞くまでは婚約の事を知らされていませんでした。上位貴族会議では、マクシミリアン第一王子殿下が性格的に婚約を受け入れないであろう事は予想しており、殿下と仲の良い女性を選んで、秘密裏に外堀から埋めていくという計画を立てていたのです。それを台無しにし、王位継承者を国外逃亡に追い込んだとして、姉は責任を問われ、貴族学園を卒業目前にして退学、今も公爵家内で蟄居中です」


 つまり、マクシミリアン達の『駆け落ち』がアメリアの姉のせいにされて、未だに刑罰が続いている、という事らしい。

「それは少し可哀想よ。あの二人の亡命は昔から計画されていたものなのに」


 マクシミリアン達の亡命はアメリアの姉が理由ではない。ちょっとした問題行動に対する罰だとしても、三年間通った学校を退学になった上に四年近くも自由を奪われるなんて、量刑が重すぎるとクロエは思った。


「いえ、本来なら王族の私室に侵入するなんて、その場で斬って捨てられても文句の言えない行為です。それに姉は、カラドカス公爵であるお父様を苦境に陥れました。王宮内の第二王子派閥だけではなく、第一王子派閥までもがこの失態を責め立て、お父様は失脚に追い込まれたのです」

 アメリアの口調は事務的だったが、その表情には怒りが滲んでいた。

「お父様が職を辞し、表舞台から消えた後、貴族議会では第二王子派が優勢となりました」


 当時の出来事は、クロエも少しは知っている。

「私が第二王子の婚約者に選ばれたのは、娘を将来王太子妃にしてくれるなら、第二王子派閥に入るというルグウィン公爵家からの申し出があったからなのね」


 アメリアは頷いた。

「おそらくそうです。第二王子派は、ルグウィン公爵家とその配下にある貴族達を味方につけ、ついに反対勢力を数の上で上回って、第二王子を立太子させました」

 ユージーンが第二王子に向かってそんな事を言ってたな、とクロエは思い出す。


 面倒くさい政治の話を、クロエは理解しようと頑張った。

 少し、お腹が空いてきたな、とか。買い物に行ったユージーンは無事だろうかとか、時々雑念が交じる。


「それからの三年、第二王子派は多くの貴族を取り込み、勢いを増すばかりでした。第一王子の後ろ盾だった貴族達のほとんどは、その後唯一の対抗馬となった第三王子の支持派閥に加わりましたが、新旧支持者同士で意見の相違が多く、分裂状態に陥り、弱体化してしまいました」


 王や貴族が取り仕切る封建的な国の政治なんて、誰が上になっても同じだとクロエは考えていた。

 悪政を行う派閥を倒して、志高い貴族が善政を行ったとしても、ずっと清廉潔白だとは限らない。集まってくる金に心が腐敗して、前政権と全く同じ存在になり、別の政権に倒される。その無限ループだと決め付けていたクロエは、派閥争いや政権争いには全く関心がなかった。


 アメリアが熱心に説明する事項について、真剣な表情でうんうんと頷きながらも、ザイオンとマクシミリアンは昼ご飯をどうするつもりなんだろう? などと考えていた。


 そんな風に詳細は聞き流していたクロエだが、ルグウィン公爵の力添えで王太子になれた第二王子が、自ら水を差す形で勝手に婚約破棄して公爵との約束を反故にしたのだから、王太子という立場を失うのは当然の成り行きだ、という事は理解できた。


『母上が怒り狂っている。馬鹿を二人も産んでしまったって』

 ウイリアム王子はそう言った。


 我が子であるマクシミリアンを馬鹿呼ばわりして愛さない王妃にも、本人を目の前にしながら平然とその言葉を突きつけるウイリアム第二王子にも、クロエはブチ切れた。

 マクシミリアンの気持ちを考えれば、今でも震えるほど殺意を覚える言葉だ。


 だが、無様な王妃の姿を伝えてくれる言葉でもある。


 長い時間と労力をかけてウイリアム第二王子を王太子にし、あとは国王さえ居なくなれば全ての実権を握れるところまで上り詰めた王妃が、勝手な婚約破棄を聞いた時にどれだけ怒って悔しがったのかを想像すると、クロエは爽快な気分になる。




 婚約破棄されたルグウィン公爵家側では、非は公爵令嬢側にあるという一方的な王子の主張を聞いた家人が、ルグウィン公爵にそのまま伝えたために、クロエは酷い扱いを受けて追い出された。


 後で冤罪だったと知った時、ルグウィン公爵は早まった事をしたと後悔したに違いない。


(父親面して労って大事に手元に置いておけば、第二王子に恩を売る形で元サヤにおさめ、前よりももっと良い条件を得て権勢を振るう機会もあったのに! って思っていそう、あの公爵)

 生物的父親の思考を、クロエは容易にシミュレーションする事ができた。


(今更どんなに足掻いても、取り返しがつかない。さぞかし悔しい気持ちでいるのでしょうね、『お父様』?)

 クロエは暗い満足感に浸る。

(そうか! これが、『ザマア』ね!? 王妃もお父様も、『ザマアミロ!』だわ)


 アメリアの謀った婚約破棄は、今のクロエには、よくぞやってくれましたとお礼を言いたいぐらいの結果をもたらしていた。

 あの日クロエが孤立無援の悲しい気持ちを味わったのは、アメリアのせいではない。


 クロエはあの頃、周囲にあったかも知れない様々な人の想いを無視して生きていた。

 兄が自分に無関心だと思い込んでいたが、実は自分の方こそが彼に無関心で、必要な助けの手を差し伸べられなかったように。『令嬢』という殻に閉じこもって誰の名前も覚えようとせず、誰とも関わろうとしなかったクロエ自身の態度が、誰からも助けてもらえないあの状況を生んだのだ。


 だから、謝る必要などないと、アメリアにはどう言えば伝わるだろうか?




「ウイリアム第二王子立太子後、第二王子派閥は、将来の禍根を断とうと、頻繁に幼い第三王子へ刺客を差し向けるようになりました」

 説明を続けながら、アメリアは再び沈んだ表情になっていく。


「そのままでは私の叔母とその息子である第三王子、そして第三王子を守ろうとするカラドカス公爵家は、悲劇的な結末を迎えたでしょう。私は自分自身と家族を守るため、『男爵令嬢』を用意し、第二王子に罠を仕掛けたのです」


 アメリアは俯き、ハンカチを握った手を膝の上で固く握りしめた。

「婚約者である貴方の立場がどれほど悪くなるのか、わかっていたにも関わらず」


 ここに至ってようやくクロエは、なるほど! と理解した。

 転生者のエルフが突撃してきて、ザイオンと交わしていた会話をクロエは思い出す。


『モスタ王国の現在の王太子は、まだ六歳の第三王子だ』

『どっから出た第三王子!』

『側妃の腹からだが?』

『そんな設定はなかったはずよ!』


 その側妃と第三王子は、アメリアの身内だったのだ。

 もしかしたら有名な話なのかも知れないが、政治に関心の無いクロエはアメリアが『私の叔母』という言葉を使うまで、全く理解していなかった。


 アメリアは、第三王子と自分の家族が王妃側勢力によって葬り去られるという危機を乗り越えるために、第二王子に対して罠を仕掛けた。

 そして成功させ、あの第二王子を廃嫡に追い込み、見事に政局を動かしてみせた。


 面倒事は避けようとする怠惰なクロエには考えられないぐらい、もの凄い行動力だ。

 どれだけの努力を、彼女はしたのだろう?

 そう考えると、面倒臭いとか無関係とか言ってられない、とクロエは姿勢を正す。


 再び泣きそうな顔をしたアメリアにむかって、クロエは手を伸ばし、彼女の手の上に重ねた。

「貴方には感謝しかないわ、アメリア」

 芝居じみた台詞だけれど、照れくさいとか思っている場合じゃない。


 アメリアは、驚いた顔をした。

 事情を把握したクロエから、責め立てられると思っていたようだ。

 彼女は、とても愛情深い家庭で育ったのだとクロエは思った。父親の立場を悪くした姉に怒りを滲ませたところからも、良い親子関係が窺い知れる。だから、ルグウィン公爵家から解放されたクロエとユージーンの気持ちは、遠回しに言っても伝わらないだろう。


「第二王子と王妃のような人が、権力闘争から脱落するように仕組んでくれた点で、モスタ王国も国を挙げて感謝するべきだわ」

 クロエは、アメリアの内に頑固に居座っているらしい悲壮感を何とか追い出そうとして、懸命に言葉を繋ぐ。


 今こそ、新しい環境でせっせと磨いてきたコミュニケーション能力を試す時だと、クロエは自分を励ました。

 相手から目を逸らさず、重い感情から逃げない。

 自分の気持ちを誤魔化さず、正直に伝える事を恥ずかしがらない。

(逃げたい逃げたい逃げたい)

 心の奥底で呻くように繰り返される本音を、クロエは無視した。


「まずは私個人から、どれだけ有り難いと思ってるか、言わなきゃね! 私は家風が合わなくて、子どもの頃から家出の計画を立てていたの。その計画の過程でザイオン達と知り合って、共和国行きを無意識にすり込まれてたみたい。ルグウィン公爵は、家族を手駒の一つだとしか考えていない男だった。娘として扱われた事は一度も無いわ。できるだけ早くあの家を出たいって、ずっと考えてた。お兄様に会ってもらえればわかると思う」


「お兄様というと、ユージーン様ですか?」

「そう! 虐待の痕が体中にあって、ここに来た時は凄く痩せてて、大怪我をしてからは医療センターに入っていたの。今は私達と一緒の家にいて、療養中よ」

 話が長くなりそうなのでクロエは、第二王子がユージーンに大怪我をさせた事も、ユージーンの体調が随分良くなって、外出ができるまでに回復した事も省略した。会って、少しでも会話を交わせば、ユージーンがあの国でどんな生活を送ってきたか、ここでの生活をどんなに望んでいるかをわかってもらえるはずだ。


「虐待……?」

 アメリアは、ショックを受けた様子で、小さくそう呟いた。

「そういう事でしたの。妹の貴方を探しに来られただけではなく、迫害を逃れるためにユージーン様は、こちらへ亡命されたのですね」


「そう! 私もユージーンも、自分の意思でこの国に来て、新しい人生を始めることができて、本当に幸運だった。亡命には逼迫した理由が必要だから、婚約破棄と国外追放は、私にはとても都合が良かったのよ」


「クロエの場合は王命による国外追放が、ユージーン様の場合は、身体に残る虐待痕が亡命の理由になったということですか」

 アメリアが、ようやく納得した様子を見せたので、クロエはほっとした。だから、少し油断した。

「そういうことなの。『断罪イベント』は、本当にただの切っ掛けだから。私に、悪かったとか、申し訳ないとか、思わなくていいからね?」


 アメリアのグレーの瞳が、まじまじとクロエを見つめた。

「わかりました」

 その瞳の奥にあった暗い影が、引いていく。纏っていた使命感のようなものがすっと抜け落ちて、アメリアの表情が柔らかさを帯びた。

「唯一の心残りだったの。元気でいてくれて、本当に嬉しいです、クロエ。これで思い残す事はないわ」

 まるで、これから死地に赴くかのような口ぶりで、アメリアはそう言った。


 思わず不安になるクロエに、アメリアは微笑みを浮かべる。

「ねえ、クロエ。私が先ほど申し上げた、バンカラの意味はわかりましたか?」


 クロエは、前世では本をよく読む方だったから、『バンカラ』が『ワイルド』を意味する言葉だという認識はある。

 言葉の意味はわかるが、質問の意図がわからない。


 クロエは用心深く答える。

「ハイカラの反対語?」

「そうです。明治から大正時代によく使われた言葉です」

「明治から大正」

 それは『バンカラ』『ハイカラ』以上に、この世界では使われない言葉だ。


 アメリアが重ねて訊く。

「姉の話をさせていただきました時の、蟄居の意味はわかりました?」

 クロエは、漫画でその言葉の解説を読んだ事があった。

 江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜が若かりし頃に蟄居した場面だ。


「……じっと部屋に座って本を読んで、動いちゃいけない刑罰?」

 意味としては、合っているはず。

 だが、この世界で使われている言葉かどうか、判断がつかない。


「そう。江戸時代の刑罰です」

「江戸時代」

 明治、大正と同じく、久しぶりに聞いた日本特有の用語に、クロエはどう反応して良いかわからなかった。

 彼女の迷いを吹き飛ばすかのように、アメリアは笑みを大きく広げて言う。

「ちなみに、貴方が先ほど仰った『断罪イベント』は、乙女ゲームの用語ですね」


 クロエは、小さな悲鳴を喉の奥で潰す。

 失敗した!?

 失敗かな……?


 クロエの黒い瞳が、戸惑いながらアメリアを見つめた。

「ねえ。アメリアが私をサンドラって呼んでいたのって」

「アレクサだと、現代人はつい、AIの方を考えちゃいますものね」

「ですよね!」

 クロエは感動した。

「やっと、わかってくれる人が現れた!」


 いやそこじゃない。そこじゃないのはわかるけれど! と、クロエの心が歓喜に震えながら叫んでいる。

 現代に生きていたとしても、なかなかわかってもらえないポイントだ。

 たとえば、先日現れたエルフの転生者、彼女とだったら絶対に、こんな風に分かり合えない!


 アメリアとクロエは、しばらくの間見つめ合う。


「話したい事が多過ぎて、何から話していいのか」

 とアメリアが言った。

「私も!」

 クロエは、会議室の外に待たせている二人の事をすっかり忘れてしまっていた。


「一日あっても時間が足りないわ。良ければ、場所を変えて話さない?」

「そうね! 私、貴方がすぐに見つかるかどうかわからないと思って、暫くここに滞在するつもりで宿をとっているの。そちらに移動しましょうか?」


「ねえ」

 唐突に、窓の外から声がした。

 驚いたクロエとアメリアが、椅子を撥ね除けながら立ち上がる。


 窓枠に縋り付いた手が見えた。

 その手が、身体をぐいっと持ち上げると、アッシュブロンドの髪に紫紺の瞳を持つ、見慣れた顔が窓から覗いた。

「その前に二人とも、お腹空かない? サンドイッチ、食べる?」


「マックス……?!」

 クロエは、窓の外を確認し忘れた事に気づく。

 油断した!

 まさかここで、『話は聞かせてもらった!』事案が発生するとは……!?


「え、ちょっと待って! ここ、三階なんですけれど!?」

 落ちたら死んじゃう、とクロエが悲鳴を上げそうになる前に、マクシミリアンは窓から身体を捻じ込んできた。

 砂が、室内にパラパラと落ちる。


 アメリアは、半ば呆れた様子を見せている。

「身体は大きくなったのに、行動パターンはちっとも変わってないのね、王子」


 マクシミリアンは会議室の中に下り立って、

「うん」

 と嬉しそうに笑った。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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