Speak of the devil(前)
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その日は珍しくザイオンが朝、早起きを怠ったので、ルファンジアが朝食を作り始め、それをクロエとユージーンが手伝った。
パンは前日に用意されていたから、ルファンジアが卵を焼いて、クロエが野菜を洗った。
ユージーンは、テーブルの上でオレンジジュースを作っている。絞り器があるとはいえ、そこそこ重労働だ。
「そろそろ交代する?」
とクロエが気遣うと
「最近腕の力が付いてきたから、これぐらいは余裕」
とユージーンは言って、最後までやり遂げた。
このところ暇さえあれば訓練場で射撃練習をしたり、筋トレに励んだりしていて、これもトレーニングのつもりらしい。
マクシミリアンが気を利かして食器の配膳をしようとした時に、事故が起きた。
棚から皿を一気に引っ張り出した時、隣の列の皿まで落ちてきたのだ。マクシミリアンは咄嗟に押さえたが、積み重なった皿の一枚が滑り、石タイルを敷き詰めたキッチンの床に落ちて砕けた。
深い碧色をした、良い料理にしか使わない高級皿だ。
「しまった」
と、マクシミリアンは言った。
彼はテキパキと破片を片付け、キッチンの床を綺麗に掃除してから、裏庭に破片を投棄しに行った。証拠隠滅である。
ザイオンが皿の数を覚えていないといいけれど、と思いながら、クロエはマクシミリアンの並べた皿に野菜を盛った。
先日ついに昇降機が出来上がったので、施工を担当していた竜人は一旦首都に帰って行った。
ルキルスは早朝家を出て、拠点内にある軍施設に向かったから、食卓に着いたのはマクシミリアンとクロエ、それにユージーン、ルファンジアの四人だ。
「蛇はね、卵を丸呑みするんだよ」
マクシミリアンがクロエの左隣で、炒り卵をパンに載せて食べながら言う。
「お城に居た時に飼ってたんだ。口をぱかってすっごく大きく開けて、自分より大きい卵を、殻ごと飲み込んで、苦しそうで目もギョロギョロさせてて、凄く可愛いんだ」
「もしかして、マシューの鱗をいつも撫でてるのはその蛇を思い出しているからなの?」
クロエは、迷惑そうなドラゴンの表情を思い出し、口元に笑みを浮かべる。
「そうかもしれない」
マクシミリアンは少し切なそうな表情になる。
「森につれて行った時に、逃げ出しちゃったんだよね。僕とお城に居るよりも、森の仲間達との暮らしを選んだんだ」
「僕は、馬を飼ってた」
クロエの右側に座ったユージーンが、珍しく会話に加わる。
「マシューを撫でていると、その子の毛並みを撫でていた頃を思い出すな。僕の下手な乗馬に、嫌がる様子も見せずに優しく付き合ってくれる、性格の良い馬だったんだ。めったに乗らなかったし、実際に世話をしていたのは馬丁なので、僕がいなくなった事にも気づいていないかも知れないけれど。元気かな……」
ユージーンの口調が最後には、しんみりとする。
「ここまで連れてくるのは、無理よね。遠いし、馬は神経質で、運搬は難しいって聞くから」
クロエは、魔導飛行船でルグウィン公爵家まで馬泥棒に行く計画を無意識に立てていた。
「重量が問題ですね」
ルファンジアがクロエの考えを察知したのか、そう言った。
「魔導飛行船で運ぶとして、船体の強度から魔法陣の出力上限と、最大荷重が決まります。最大荷重を超えると、魔法陣の出力が足りず、十分な高度が得られません。定員四人のうちパイロットを除く三人分の重量を、馬の体重は軽く超えるでしょう」
「馬は、この国では食べられちゃうかも」
と、マクシミリアンが言った。
「川原に大きな蛇がいたでしょ?」
「……いた」
クロエは、追いかけられた事を思い出した。
マクシミリアンは、手で蛇の口を真似しながら言う。
「あの蛇君が口をぱかってすっごく大きく開ければ、馬ぐらいは一飲みしちゃう」
「この国で馬を見ないのは、交通機関が発達しているせいだと思っていたけれど」
ユージーンは愛馬が飲み込まれる様子を想像したのか、顔を強ばらせた。
「草食動物には厳しい環境だからなのか」
「そうですね。居る事は居るのですが、多くはないです」
ルファンジアが言う。
「角で反撃するぐらいの凶暴性がないと、生き残れないという事かも知れません」
「僕の馬は角がないから、あの国で馬丁に傅かれて暮らす方が幸せだね」
ユージーンはそういって微笑んだ。
足音がしたので全員が振り向くと、ザイオンが居間に降りてくるところだった。
妙に元気がなく、両目の縁が赤い。
(失恋でもしたのかしら?)
とクロエは暢気に考える。
「おはようございます。パンを温めましょうか?」
そう言ってルファンジアが席を立つ。
「ああ、頼む」
と言って、ザイオンが目を伏せ、いつも座っているキッチン寄りの席へ向かおうとする。
「おはよう、ザイオン」
素早く立ち上がって、広い居間を横切り、彼を抱き締めたのはマクシミリアンだ。
普段なら鬱陶しそうに避けたり、拳を振り上げて身を捩るザイオンが、怒りもせず、されるがままになった。
「何かあった?」
マクシミリアンに覗き込まれて、ザイオンは顔を背けた。
「何も無い」
と言った声が、掠れた。
彼の視線が、ふいに、床の一点に釘付けになる。
不思議に思い、その視線を追ったクロエは、碧い欠片に気づいた。
キッチンで破片と化した皿の一部が、居間にも飛んでいたのだ。
「あの皿を、割ったのか?」
そう尋ねたザイオンの声は、静かな怒りに満ちていた。
(あ。いつものザイオンに戻った)
クロエはほっとしたが、マクシミリアンにとっては良くない状況なので、複雑な気分になる。
ザイオンを抱き締めていた両腕を解いて、マクシミリアンは数歩後ろに下がった。
「何のことデしょウ?」
「そうか、お前が割ったのか」
犯人特定のための問答をすっ飛ばして、ザイオンは尋ねる。
「あれが幾らしたか、知っているか?」
相変わらず、器の小さい男だ。形ある物はいつか壊れるのに、とクロエは思う。
(弟よりも皿が大事だというのなら、使わずに、もっと奥の方にしまい込んでおくべきだったのよ)
「千、……ぐらい?」
とマクシミリアンが答える。
「その程度だったなら、俺も諦めが付くんだけれどな」
ザイオンが、マクシミリアンを睨み付けた。
「コーヒーになさいますか?」
落ち着いたルファンジアの声が、ザイオンに尋ねた。
「ユージーン様が用意したオレンジジュースもありますよ」
「……オレンジジュースをもらおう」
小さく溜め息を吐いて、ザイオンはいつもの席に座る。
彼の前にルファンジアが、皆と同じ朝食を配膳した。
マクシミリアンは、幸運にも殴られずに済んだ頭を押さえた後、急いで居間に飛んでいた破片を片付けた。
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