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34_44:僕が死ぬ日の青い空(12)

この作品には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれています

免疫のある方のみ、お進みください

▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 舟の曳航作業を終えて再びセス号が帆を展開した時、まだ月は水平線の下にあった。

 船上に降るのは、星明かりのみ。

 それでもセス号メインマスト前では、カンテラが幾つも下げられていて、甲板の上に並んで座って項垂れる男達の表情を読み取る事ができた。


 何人かは顔を腫らし、口の周囲に血がこびり付いていたり、鼻血を拭ったり、切れて流血した額を押さえて止血したりと、散々な有様だ。彼らを制圧したのは主に銀色の髪をした男だが、主導権を握っているのは、マストの前に木箱を置いて、ふんぞり返って座っている黒髪の男の方だった。


 金色の瞳をした黒髪の男は、一見女性かと見紛うほどの美貌を持ち、しかも年若く見えたので、力強さを誇る海の民の男達は初めのうち彼を、嘗めてかかっていた。だが、男の苛烈な言動で責め立てられる間に、その一挙手一投足に怯えを見せ始める事になる。


 メインマストに向かって並んで座れと命じられた時、渋々従いながらも、女みたいな奴だな、と一言漏らした乗組員がいた。

 黒髪の男が、その男の前に立つ。

「なんだよ」

 半笑いで見上げた乗組員の男の顔に、いきなり膝蹴りが入った。


「この……っ」

 顔を覆って苦しんでいる男の右隣で、とっさに立ち上がろうとした男も蹴りつけられて倒れ、その隙に立ち上がった左隣の男は、低い回し蹴りで両足を後ろからすくわれて、後頭部から甲板に落ちた。


「族長が、ちゃんと話せば今後は行動を改められる奴らだ、なんて命乞いするから、話し合いの場を設けてやろうかと思ったが、暴力の方が通じるようだな?」

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、黒髪の男は言った。


「俺は、身内を誘拐され、死にかけの状態で帰ってきたので、正直全員殺してやるつもりで来ている。話す事なんてないって奴は、今すぐ立て。その場で殺す」

 男の圧の前に、それ以上の抵抗は見せず、族長の名前を出された事もあって、見張り台にいる三人の少年と、船尾で族長の息子を取り調べている男以外は、大人しく座ったままだ。


 その張り詰めた空気の中に、族長の息子クヲンが、引き立てられてくる。

 従兄弟を刺したらしい血の付いた凶器を、取り調べに当たった男が掲げた。

 非難と怒号が飛び交う中、誰よりも激怒したのは黒髪の男だ。


「俺がユージーンに買ってやった服を、どうしてお前が着てるんだ?」

 クヲンの赤く長い髪を、黒髪の男が掴んで振り回した。

「ああ? クロエが、兄のユージーンに選んだ服だぞ? お前には全く、死ぬほど似合わねぇよ。なあ?」


 痛い、痛いとクヲンは悲鳴を上げた。

 ぶちぶちと、髪が抜けていく。

「欲しかったんだよぅ、ライネクロルの服。買おうと思って、店に行ったけれど、高くて買えなかったんだぁ、でもどうしても、欲しかったから」

「それで、弱そうに見えるユージーンから、奪えばいいと考えた訳か。は! つくづく、海の民っていうのは弱い者虐めが好きだよな!」


 違う、俺の責任だ、俺がそういう風に育ててしまったと繰り返して、止めようとした族長は、銀髪の男に掴まれ、阻まれている。

 クヲンの耳を強く引っ張って、無理矢理自分の口元に寄せた黒髪の男は、低い声色で命じた。

「脱げよ。今すぐ返せ」


 クヲンは急いで、服を脱いで上半身裸になった。

「ズボンは、サイズが合わなくて穿けなかった」

 腰に結びつけていたズボンを解いて、脱いだ服の上に置いた息子の姿に、さすがの族長も呆れている。

「俺の、ライネクロル」

 銀髪の男に回収される服を見送って、悲しげにそう言った族長の息子を乗組員達が、まだ言うか、という顔で見た。


「お前にいいモノを貸してやろう」

 黒髪の男は、ポケットからリング状のアクセサリーを取り出した。

「ブレスレット!」

 状況がわかっているのかいないのか、嬉しげに言うクヲンに、男は酷薄な笑みを浮かべる。


「これは、リセットブレスレットと言って、ダメージを受けても元に戻してくれるありがたい魔導具だ。しかもこのブレスレットは特別製で、身体のダメージ以外にも、ほぼ完璧な復元力を発揮する。お前はこの後大変な目に遭うだろうから、貸してやる」

「大変な目……?」

 その言葉に族長の息子は、不安そうな表情になる。


 黒髪の男は、クヲンの腕を掴んで、ブレスレットをはめた。大きさは可変なので、手首に密着させるよう調整した後、ポケットからロープを出してクヲンを後ろ手に縛り上げる。

 これで、簡単には外せない。

「服を着せてやらないと……寒いのでは」

 などと呟いた族長を、黒髪の男は一睨みで黙らせる。


 最前列に座る族長の方に、その息子を押しやった黒髪の男は、木箱の上に座り直した。

 クヲンを連れてきた男も、甲板に座り込む男達の列に加わる。


「それじゃあ、話を始めようじゃないか」

 と、黒髪の男は言った。

 それは深夜まで続く、断罪の始まりだった。






⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 一人ずつ指名して立たせては、ユージーンに対して投げかけられた言葉、もしくは自身が投げかけた言葉を言わせる。

 これを数十人分繰り返して、ザイオンは詳細を理解した。


「つまり、お前達全員で寄って集って、ユージーンを脱がせた訳だ」

 冷たい怒りを込めてザイオンは、目を背けている面々を眺める。

「反省している奴は、その場で服を脱げ。下着も全部だ。反省していない奴は、服を着たままでいいよ……海は冷たいからな。そのまま投げ込んでやる」


 男達がのろのろと服を脱ぎ始める。

「なんで、下着まで脱がなきゃならないんだ、変態野郎」

 服を脱ぎながら、一人の若い男が毒づく。

「綺麗な顔をしていると思ったら、やっぱりソッチの奴か。男漁りしに来てんじゃねーぞ」


 皆が黙り込んでいるので、独り言だったかも知れないその声は、全員に聞こえた。

 ザイオンは、木箱の上に座ったまま、ウンザリした口調で言い返す。

「先にユージーンを裸にして辱めたのは、お前達だろう。長年受けてきた虐待の痕跡を、妹にさえ隠そうとしていたのに、見ず知らずの男達に晒さなくてはならなかったユージーンの気持ちが、お前らにわかるか? 同じだけの屈辱を与えるのに、パンツを穿いたままじゃ全然足りない」


「俺達はクヲンに欺されて、あいつを悪い奴だと思っていたんだ。だから、あれは制裁のつもりだった! そんな事情なんか俺達にわかるわけないだろう?」

 変態野郎と罵った若い男が、ムキになって言い返してくる。

 並んで座っている他の男達が、黙っていろとばかりにその男を小突いていた。


「制裁? ただの弱い者虐めじゃないか。『あそこの具合を確かめる』っていうのは、お前の言うソッチ系の意味なんだろう? その後で『輪姦す』つもりだったんだよな? 制裁をわざわざ、そんな性的なものにする必要があるのか? 制裁とか関係なく、単に、お前達の趣味って事だよな?」

 胸糞悪い言葉を、ザイオンはわざわざ口に出して聞かせる。

 その言葉をユージーンがどんな気持ちで受け止めたのか、ここにいる馬鹿共には永遠に理解も想像もできないんだろうな、と思う。


「俺の事も、みんなのオンナとやらにして生かすとか言ったな? 海の民ってのは、弱い者虐めと男とヤル事が大好きな、どうしようもない下劣な奴らって理解でいいか? それともこの部族だけか? なんていう部族だっけ? ヤル族?」

 馬鹿にした口調で煽ると、何人かが反抗的な目で見返してくる。

 我ながらくだらない駄洒落を言ったなと、少し恥ずかしくなったザイオンは足下に座っている弟の反応を見るが、マクシーは眠そうな顔をしているだけだった。


「違う。俺達セス族は、男だけで海の上で過ごす時間が長いから、男も性処理の対象になるっていうだけで、普通に女が好きだ」

 男の一人が、俯いたままぼそぼそと話す。

「結婚している奴も多いし、女達もちゃんと理解してくれている」

「なんだ? お前、甲板と喋っているのか?」

 ザイオンが嘲笑うと、男は黙った。


「俺、謝ったのに」

 子どもっぽい口調で拗ねたように言ったのは、まだ十五、六の少年だ。

「謝った? へえ。そうなのか?」

 ザイオンはにこやかな表情を作る。

「そうだよ、あの貴族の男にさ、ごめんねって」

「ユージーンにか? いつだ? あの状態で会話ができるとは思えないがな? ユージーンは何て答えた?」


 馬鹿、喋るな、という小声が聞こえたが、構わずにその少年は答えた。

「ルキルスに助けられて、あいつがベッドで休んでいる時だよ。答えはなかったけれど、俺、自分が悪かったと思って、反省して、ちゃんと謝ったんだ。でも仕方なくない? 俺、昔貴族に無実の罪で鞭打ちされた事があって、貴族は大嫌いだし、悪者だと思ってたんだもの」


「そうか、そりゃ仕方ないかもな」

 そうザイオンが答えると、少年はほっとした顔になる。

 ザイオンは立ち上がって、溜め息を一つ吐いた。


 相手は子どもなのに、怒りが収まらない。

 膝を抱えて座る男達の間を進み、少年の前に立つ。

 怯えた顔で見上げてくる少年の赤髪を掴んで、言った。

「俺もさ、海の民に身内を攫われて、戻ってきたと思ったら死にかけていたんで、お前達の事は大嫌いなんだ。だから仕方ないよな?」


 そのまま、二、三度顔を平手で殴って、相手が泣き始めても、ザイオンの気持ちは晴れなかった。

「ああ。手が当たっちゃった? ゴメン、痛かったよな。謝るから許してくれ。謝ったらそれでいいんだろう? お前がそう言ってたもんな?」


 怒りを暴力に変換しても、後味が悪くなるばかりだ。

 これだって、弱い者虐めじゃないか、という心の声がする。

 泣いている少年から手を放し、木箱まで戻って、ザイオンは座り直した。


 マクシーは血の付いた収納袋からジュースの瓶を取り出して、ラッパ飲みしていた。

 コップを持って来なかったから仕方がないな、とザイオンは小言を諦めた。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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