34_43:僕が死ぬ日の青い空(11)
この作品には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれています
免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼
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「ユージーンのような無抵抗の者を殴るのは、自分が強くなった気がして、さぞかし気持ちが良かっただろうなぁ。それが海の民の流儀なのか? 俺も見習おう」
ザイオンは、男の顔が血塗れになるまで何度も殴りつけながら、嘲笑する。
「違う」
族長は無抵抗のまま、目を怒らせた。
「誤解があった。今は、俺達が間違っていたと、わかっている」
怒号を上げて、族長を助けに駆け寄ろうとした乗組員達は、マクシーに足蹴りされ、殴られ、甲板に顔面を打ち付けられた。残りの男達は戦意を喪失したらしく、立ち尽くしている。
「ああ、そうだ。忘れていた」
ザイオンは、族長の身体を甲板の上に投げ捨て、右の掌を上に向けた。
『§ ¶環境制御{要素:炎;量:0.1;距離:0.01;} §』
小さな炎が、ザイオンの手の上に出現する。
「帆を燃やされるのと、自分たちで共和国へ針路を変えるのと、どっちがいい?」
帆船の速度では共和国に到着する前に、ルファンジアの迎えが到着しそうだが、こちらからも距離を縮めておきたい。
「面舵、そのまま共和国へ」
族長が身体を起こそうとしながら、命じた。
マクシーの向こうで固まっている乗組員達が誰も動こうとしないので、族長は名指しでもう一度命じた。
「トッコ、共和国へ針路を変更だ」
船員の一人が舵へ向かい、船が船首を巡らせ始めた事を確かめてから、ザイオンは手の上の炎を消す。
「魔法使い」
族長は甲板の上に座って項垂れたまま、鼻と口からの血を拭う。
「火には気を付けてくれ。ここにあるものはみな木造で、燃えやすい。船が火事になったら、皆死ぬ」
「は?」
ザイオンは一瞬、今すぐ船を燃やしてやろうかという激情に駆られてから、自制した。
「ユージーンが死にかけているのに、その原因を作ったお前達の命なんか俺が気にする訳がないだろう。一人残らず海に放り込んだっていいぐらいだ」
「……今回の事は、俺が悪い。俺と、息子のクヲンだ。他のみんなは俺達に踊らされただけで、死ぬほどの事はしていない」
「ここの連中が、ユージーンをどんな風にもてなして、怯えさせたのかは、さっきので充分わかったぞ」
ザイオンは、族長の赤髪を掴んで、軽く振り回した。
「死ぬほどの事はしていないと思うのは、お前達だけだ」
「俺の教育が、行き届いていなかった。クヲン以外は、ちゃんと話せば今後は行動を改められる奴らだ。今回だけは見逃してやってくれ」
従順に従うふりをしながら、この男は何かを待っているように見える、とザイオンは考える。この会話は、時間稼ぎだ。
「お前の頼み事を、きいてやる気は全くないね。で、その息子はどこだ? ここにはいないよな」
「ザイオン!」
マクシーが船外を指さす。
「舟が、離れていく!」
船尾でチェーンを繋いで曳航していたはずの舟が、こちらの船の灯りを受けて、右方向に漂っている様子が微かに見えた。船は、小さな舟を回り込むように右へと旋回していく。
族長が一瞬、安堵したような表情を浮かべた。
「クヲンだ!」
乗組員の一人が、舟の上に人影を見つけて叫ぶ。
「てめえ! 逃げるつもりだな!」
他の男達も、甲板の上から口々に罵り始めた。
「殺す!」
「この、嘘吐き野郎め!」
「なるほど?」
ザイオンは、族長の赤髪を引っ張って、足で蹴り上げるようにしながら、立たせた。
「お前は息子を逃がそうとして、わざと船尾から離れたこの甲板に注目を集めたのか?」
「違う」
と言った族長の声には、力が無かった。
舟に向かって罵り声を上げていた乗組員達が振り返って、驚愕の表情を浮かべ、族長を見る。
「残念だが、あの舟はどこにも行けないぞ。動力部分の部品を外したからな」
ザイオンは、歪んだ笑みを浮かべて、赤い龍紅玉の入った透明な小指程度の円筒をポケットから出して見せる。
この赤い鉱石に貯められた魔力が無いと、魔導具である水噴射推進システムは動作しない。
鉱石を見つめた族長の茶色い瞳に、理解と、絶望の色がゆっくりと浮かび上がる様子を眺め、ザイオンは心ゆくまで楽しむ。
「時間稼ぎが全て無駄になってしまって、残念だな? あの舟にはオールも何もない。ただ浮かんでいるだけの代物だ。水と食糧は持たせたか? 咄嗟には用意できなかったんじゃないか? お前の大事な息子は、五日もすれば干からびて、船底にこびり付いたミイラになってるぞ?」
悪役じみた笑い声を漏らしながら、ザイオンは更に煽る。
「舟が遠ざかっていくな。この辺りの海流は、共和国側に向かっている。風向きも悪くない。俺達は先に共和国に行って、お前の息子が生きて辿り着く事ができるか、待ってみようじゃないか」
「助けて、やってくれ」
絞り出すような、掠れた声で族長は言った。
「できの悪い息子だ。だが、末っ子で、親にとっては、何を言っても、何をしていても可愛いと思える存在だった。今回の事で目が覚めて、ルキルスを跡目にすると俺が言ったんだ。……もしもあいつがルキルスを手に掛けたのだとしたら、俺のせいだ」
「はあ? どういう事だよそれ!」
「クヲンがルキルスを殺したのか?」
族長を助けようとしていたはずの乗組員達が、彼に詰め寄り始める。
その間にも舟は後方に遠ざかっていく。船外機が動かない事に気づいて、族長の息子が助けを呼び始めたようだ。喚くような声が、微かに聞こえてくる。
「必ず報いは受けさせる。だから、この場は、助けてやってくれ」
何度もそう繰り返す族長に、どうしたものかという目で乗組員達がザイオンを見た。
(どうして俺を見る? お前達の身内の問題だろう?)
族長の息子が舟で干からびるのを、本気で待つ気だったザイオンは、少し考える。
「助ける間だけ、船を止めてもいいぞ」
ザイオンは、ポケットのリセットブレスレットに軽く触れながら、言った。
「俺達は元々、あの男を嬲り殺しにしてやろうと思ってここに来たんだからな。舟から引っ張り上げたら、俺達の前に引き摺って来い」
縋るような目で見てくる族長を無視して、ザイオンはクロワッサンを食べているマクシーのところまで来ると、収納袋を取り上げた。
「食べ過ぎだよ、お前は。そのクロワッサン、四個目だろう?」
「数えてたの!? あの男と話しながら?」
マクシーが驚いた顔をする。
「いや」
袋の中を覗いたザイオンは、溜め息を吐いた。クロワッサンを包んでいた紙ゴミの数を数える。
「適当に言っただけだよ。五個目だったみたいだな。一個だけ残すって。一応残しましたっていう言い訳のつもりか」
「……要らなかった?」
マクシーが期待を込めて尋ねる。
「要る」
ザイオンはそう答えて、マクシーのがっかりした様子に舌打ちする。
そもそも六個だったのは、今朝のうちに一人一個のつもりで、人数分焼いたからだ。それを一人で全部食べようとするなんて、少しは遠慮というものを覚えろ、お前一人のために焼いたんじゃないんだ、などと、文句を並べたくなる。
今日は、本来なら食卓でユージーンも含めた六人が、一人一個ずつクロワッサンを食べながら、昇降機の話をしたり、たわいのない会話を交わしていたはずだ。
そんな日常の風景が、くだらない連中のおかげで突如失われた事に、ザイオンは言いようのない怒りと切なさを覚えていた。
族長の息子と、この船に乗っている連中に、その気持ちをどうやって思い知らせてやろうか?
船が帆を畳み、船尾側で救出活動が始まったようだ。作業に携わる乗組員達の声が響いてくる。
ザイオンは、ポケットから手拭きを出して、殴打に使った拳を特に丁寧に拭うと、最後に残ったクロワッサンを食べ始めた。
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