34_31:スローライフ(3)
その後の散歩ミッションは、ドラゴンが着地した上位モンスターの生息地で滞りなく進んだ。
巨木の下に陣取って香箱座りをしたマシューは、前肢で軽く地面を打ち付けた。この仕草がここに獲物を連れて来いという意思表示である事を、クロエは経験上知っている。怠け者のドラゴンは、めったに自分では狩りをしない。
仕方なくクロエは、牛にも猪にも似た四つ足のモンスターを見つけては、マシューの居る場所に連れていく。
鳴き声が『ノーン』なので、『一角ノン』と呼ばれるそのモンスターは、額に長い角を一つ持っていて、大型バイクぐらいの大きさがあった。
バイソンに似た黒くごわついた毛皮を叩いて怒らせれば、真っ直ぐに向かってくるので、避けたり棍でいなしたりしながら誘導すると、待ち受けていたマシューが鉤爪で一撃する。
その後は、ドラゴンの食事タイムだ。
遠くで大型モンスターをやっつけてから運ぶよりは、よほど楽だった。
その食べ残しに、カリオネが群がる。
カリオネは、細長い首、丸い体、鋭い嘴、人に似た二本の足に黒い羽根を持つ、鳥に似たモンスターで、大きさはニワトリの倍程度だ。臆病で、近づくと逃げてしまうが、頭は良くないようで、数分も経つとまた同じ肉に群れる。
少し離れたところからユージーンが銃で狙うには、丁度良い標的だ。
巨木は枝葉を目一杯空に向かって伸ばす一方で、大地にも立派な根を四方へと這わせていた。その根は板のように地表から持ち上がるほど大きく、ユージーンは座り心地の良い場所を選んで腰掛け、狙いをつける。
一度撃ち、当たらなかった場合は、弾を込めながら四散したカリオネ達が再び群れるのを待つ。当たった場合は、茂みからこちらを窺っているトカゲ型使役魔獣に分け与えた。彼らは嬉しそうにペコリと会釈して、運んで行く。
「確かに、屋内で的を撃つよりも練習になる」
ユージーンは、銃の上部をスライドさせて弾丸を込めながら、言った。
「全然当たらないけれど、風で弾がどう流されるのか、少しわかった気がする」
数匹に当たったのは、狙った個体ではなく、風で曲がった弾道上に偶然他のカリオネが居合わせたという事らしい。
一角ノンを四匹食べた後で、満腹になったらしいマシューは昼寝を始める。
その間にクロエは、カリオネの他にも大小の動物達や虫達によって食い荒らされていく一角ノンの遺骸から、角だけを切り離して、メッシュ状の袋に入れた。
袋は、鞍をドラゴンに固定している腹帯に吊り下げられている。普段は折りたたまれて収納されており、必要な時だけ引き出して使える、所謂エコバッグのようなものだ。
角は一本十万ほどで売れるので、一日の稼ぎとしては充分過ぎる。モスタ王国に輸出され、櫛や楽器、眼鏡のフレーム、装飾品の素材となるというから、クロエの前世世界での象牙と同等品だった。
(象牙といえば、象の密猟が問題になって、取り引きが規制されてたんだっけ?)
百年も経って共和国が全土のモンスター平定に成功する頃には、狩り尽くされて角が禁輸品になる未来もあるかも知れないが、今のところ上位モンスターの生息地では、『一角ノン』はありふれたモブモンスターだ。
マシューが半時間ほどの昼寝から目覚めると、散歩ミッションは終了した。
怠惰なドラゴンはクロエとユージーンを背中に乗せ、角四本入りバッグをぶら下げて、魔王城に戻った。
その日の昼ご飯はオープンサンドだった。スライスしたパンの上に自分で選んだ具を載せて食べる形式だ。
具は、生ハムにスクランブルエッグに加熱した魚のペースト、細かく刻まれたトマトやレタスに似た野菜、茹でた根菜のペーストなど、ユージーンにも食べやすいものばかりが並んでいた。
ジャンルは違うがどことなく、前世の手巻き寿司のようだな、とクロエは思う。
(寿司かぁ。十八年も米の飯を食べてない。生魚も……)
ふいに生まれた欲求を、クロエは封印した。
この世界で生魚を食べるのは危険だ。自然界のものには寄生虫が付いているので、必ず火を通さなくてはならない。前世で日本人が有していた、生で食べても良い技術や知識をクロエは持ち合わせていなかった。
(寿司職人が転生してきてくれないかしら……。『握りスキルで異世界掌握! お前らまとめて俺の寿司ネタ!』みたいな感じで)
本を読むと言ったはずのザイオンは、なぜかキッチンに鍋を幾つも並べて、昼を食べている間中も火加減に気を配っていた。
その後数時間煮込んで、夜に出来上がった煮込み料理は絶品で、大きな肉の塊は口に入れた途端に蕩けるほど柔らかかった。
ザイオンはおそらく、マクシミリアンのためにこの料理を作ったのだろう。
けれど、この日の夜も彼は、帰って来なかった。
マクシミリアンとルファンジアの二人が帰ってきたのは、その翌日の昼だ。
「ただいま! お昼ご飯はある?」
マクシミリアンは脳天気に、ついさっき出ていったばかりのように言った。
「遅い!」
クロエは玄関の開く音と同時に突進していって、半ばぶつかるように抱きついたが、マクシミリアンはびくともしない。
ユージーンは少し遅れて、クロエの後を付いてきた。
「遅くなって申し訳ありません」
最後に出てきて、少し離れたところで立ち止まったザイオンに対し、ルファンジアは跪いて、頭を下げた。ザイオンは無表情でその様子を眺めている。
「寒くなかったよ!」
と、マクシミリアンは報告する。
「良かったぁ」
いつもと変わりないマクシミリアンの様子を、クロエは眺める。ほんの少し、無精髭が生えている。似合わないなと思いながら、彼の顔を撫でる。
「ちょっと揺れたぐらいで、全然大丈夫だった! でもお腹がすいた!」
「肉シチューがたくさんあるよ! 昨日から煮込んでいて、お肉がホロホロなの」
「僕はお昼の用意をしてくるよ」
ユージーンが居間の方へ引き返して行った。
その後に、ザイオンが続こうとする。
心配していたくせに、おかえりの一言もないのかとクロエが思った時、マクシミリアンが動いた。
「ただいま、ザイオン!」
後ろからザイオンを抱き締めて、マクシミリアンが言う。
ザイオンが振り向きざまに、拳を繰り出したところまでは、想定内。
だが、いつもならザイオンに抱き付くとなかなか離れようとしないマクシミリアンが、さっと身を引いた。
拳を避けられたせいか、ザイオンは驚いた顔をしている。
マクシミリアンは真剣な顔で頷いた。
「僕は今までずっと子どもで、頼りなかったと思う。でももう僕は、ザイオンより強くて大人だから。つらい事や悩み事があったら何でも相談してね。酷い目に遭わされたり、虐められたりした時は、僕が仕返しに行くよ」
マクシミリアンが、微笑みを浮かべる。
「……は?」
ザイオンは、この馬鹿が、と今にも怒鳴り出しそうに見えた。
「飛行船が揺れた時に、頭でも打ったのか?」
「ザイオンは黙って虐められるようなタイプじゃないと思うわよ」
クロエが急いで、マクシミリアンを手洗い場に引っ張っていく。
「それより、外から帰ってきたら、まずはうがいと手洗いをしようね、マックス」
真面目にザイオンを心配しているらしいマクシミリアンが、罵倒されてションボリするところは見たくなかった。
少し時間を置けば、ザイオンも頭が冷えるだろう。暗くなってから帰ってきた子どもに母親が怒鳴ってしまうのと同じで、心配させられた分、怒りをぶつけたくなってしまうものなのだ。
「僕はね」
マクシミリアンは手洗い場で、言われた通りに手洗いとうがいを済ませてから言った。
「ザイオンを追い越したんだ」
「ザイオンを追い越したの?」
クロエは逆らわずにそう問い返しながら、背は随分前に追い越しているようだけれど、他に何があるだろうかと考える。
「そう。ルファンジアが言ってたけれど、ザイオンの方が年下に見えるって。ルファンジアは僕の三倍長く生きてるし、ザイオンもエルフだから、途中で成長が止まっちゃったんだって。僕はザイオンの歳を追い越して、お兄さんになったんだ」
マクシミリアンの言葉に、クロエはうんうんと頷く。
混乱して、何をどう言えばいいのか全く思いつかない。
(つまり、ザイオンはエルフだから、マクシミリアンよりも年下の時点で成長が止まって、兄弟が逆転したという事なの……? エルフってそうなの……?)
「だから、これからは僕が年上らしく、ザイオンを助けなきゃって思う」
「それは……いい心がけね」
と、クロエは言った。
その前向きの姿勢が、親離れの第一歩になるかもと思ったのだ。
決意を新たにし、爽やかな笑みを浮かべるマクシミリアンに、クロエは微笑みかける。
「大好きよ、マックス」
離れている間、ずっと言いたかった事をクロエは口にした。
好きにならなければ良かったと思うほど、強い情動は苦手だけれど、この気持ちは今更消せない。
「マックスが居ない間、凄く寂しかった」
「僕も、クロエが大好きだよ。帰るのが遅くなって、ごめんね?」
互いの身体に手を回し、くっつき合う事で、寂しさを埋める。
マクシミリアンの体温を感じながら、こうして無事に帰ってきてくれたんだから、その他の事はどうでもいいやと、クロエは考える。
(勘違いしているような気がしないでもないけれど、エルフの歳の取り方ってよくわかんないし、当事者が説明すればいいよね?)
クロエは面倒事をそっくり、ザイオンに丸投げする事にしたのだった。
『34.28:大根』ザイオン視点
https://ncode.syosetu.com/n6185je/35
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈




