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34_20:冬が来る前に(1)

ヒロイン来襲エピローグまでの、スローライフ話






 ある日クロエは気づいた。

 イケメンと言っても許されるであろう男が今、この家には三人も居るのに、なぜか尋常ではない味気なさを感じる事に。


 一人用ソファに座ったザイオンは読書、大きいソファに陣取ったマクシミリアンはリンゴを齧り、木製テーブル前に着席したユージーンは栄養剤入りのスムージーを、コップから少しずつ飲んでいた。


 マクシミリアンの隣に座って、三人を眺めていたクロエは、その答えを彼らの服装に見い出す。


 全員同じ、灰色の長袖シャツ姿だ。

 ザイオンがまとめ買いしてきた秋服である。灰色が一番安かったらしい。

 そして皆同じ灰色の、カーゴパンツのような緩いズボンをはいている。

 これも、まとめ買いした安物だ。

 そのまま寝てもいいし、汚してもいいし、ちょっとした外出もできる、いわばジャージのような上下服で、つい一日中着てしまう気持ちは、クロエにもわかる。


 だが、同じ建物内でお揃いの地味な服を三人が着ていると、まるで、囚人を収容した労務所か、学校の運動部部室のような雰囲気だ。


 クロエは、前世の日本で発売されていたファッション誌を思い出す。そこに掲載されていたモデル達と、同じかそれ以上の容姿を持ちながら、この三人はお洒落意識がなさ過ぎる。

 クロエだけが丈が長めの水色シャツに黒レギンス姿で、皆とは違う服を着ていた。

 家の中とはいえ、ここの男達はもう少し、彩りや遊びといったものを生活に取り入れるべきではないだろうか?

 特にユージーンには、もっと生きる事を楽しんで欲しいとクロエは思った。


「お兄様」

 ユージーンの対面に座って、クロエはにっこりと笑う。

「次のお休みは、いつ?」


 ユージーンは戸惑った表情になる。

 おそらく、決まった休みはなくて、作業の工程次第なのだろう。


「明日だ」

 ザイオンが、本から顔を上げずにそう言った。

 ユージーンが驚いた顔をしたので、今決まった話のようだ。


「じゃあ明日、一緒に買い物に行かない? 冬が来る前に、コートを買っておいた方がいいと思うの。もちろん、体調が良いなら、だけれど」

 クロエはコート以外にもいろいろと買うつもりだったが、ザイオンの用意した服に文句をつけていると思われたくはなかったので、そう言った。


 ユージーンが頷く。

「行く。体調も、大丈夫」

 彼はザイオン特製スムージーの入ったコップを持ち上げてみせて、微笑んだ。

「毎日栄養をたくさん摂ってるから」


 マクシミリアンが、リンゴの芯を頭上に高く掲げる。

「僕も行く!」

 三人で行くのなら、似合いそうな服をマクシミリアンにも選んであげられるので、クロエにとっては嬉しい話だったが。


「お前もコートが欲しいのか?」

 ザイオンが顔を上げて、マクシミリアンを見た。

「じゃあ、金は俺が出すから、一緒に行こう」


 ええぇぇえっ?

 という不満の声をクロエはとっさに飲み込んで、笑顔を保った。


 そうして次の日、四名で服を買いに行くというイベントが突如発生する事になったのだった。




 ハブ広場を囲むようにして建っている医療センターなどの公共施設の裏手には、物販店と飲食店の立ち並ぶ通りがある。ハブ広場をぐるりと取り巻くように走るこの通りは、一番地とも呼ばれていて、この拠点の繁華街と呼んでもいい区画だ。

 ちなみに公共施設のある地帯は、ゼロ番地と呼ばれている。


 クロエ達の住む魔王城から一番地へは、緩い坂を少し下がれば辿り着くので、回復しつつあるユージーンにとっては丁度いい運動量だ。

 天候も良く、昼間は薄着でも過ごせた。


 マクシミリアンは無地の半袖白シャツに、モンスターの皮から作ったらしい黒っぽいズボンとブーツを身に着けている。シャツには逞しい筋肉の動きが透けて見え、クロエはスリスリと触りたい衝動に駆られるが、人前なので我慢する。


 ザイオンは、カーキ色上下の、ポケットの多い作業着姿だ。前世で、この格好のザイオンがやってきたら、クロエはインターフォン越しに『リフォームする予定は永遠にないです』などと言って追い返したかもしれない。


 ユージーンは、ザイオンに支給された灰色の上下服を着ている。同じものを何着ももらったらしい。ザイオン達の服と混ざらないように、名前を刺繍してあげたいところだが、生憎クロエには刺繍の才能はなかった。公爵家に居る時、淑女の嗜みという事で家庭教師に何度か練習をさせられたが、毎回下絵とは全く異なる化け物のような刺繍に仕上がった。『これは秘密ですが、実は私の指は、公爵家代々の悪行によって呪われているのです』と深刻な顔で家庭教師に打ち明けると、刺繍はしなくても良い事になった。まさか本気にされるとは思わなかったが、以来クロエは刺繍針に触れた事はない。


 一番地に到着するまでマクシミリアンは、クロエの周囲を衛星のように周回して眺め、嬉しそうな顔をしていた。

 視線が合う度に、クロエは微笑み返す。

 彼女は今日、臙脂色の半袖シャツを着て、下は白くて薄いレース生地を纏った、濃い紫色のフレアスカートをはいていた。


「いつもは黒い服ばかり着ているのに、どうしたの?」

 隣を歩くユージーンが尋ねる。

「お洒落を楽しむ事も人生だと思うの、お兄様」

 今日はその事を、この三人に是非ともわかってもらいたいとクロエは思って、彼女自身も滅多に履かないスカートを選んだ。

「凄く哲学的な答えが返ってきたね」

 ユージーンが、笑った。


 ユージーンが笑った、それだけで今日のノルマは達した、という気分になる。

 クロエ自身も、家族で外出という生まれて初めてのイベントに、浮かれ始めていた。最後尾を歩くザイオンも、今日は機嫌が良さそうに見える。


 一番地の道は広く、両側には店舗が並び、道の中央には休憩用のベンチが二つ背中合わせに置いてあった。

 前世のアウトレットモールにもこんな感じでベンチが置いてあった事をクロエは思い出した。買い物に疲れたお父さん達が、荷物を持ってぐったりと座っている姿をよく見かけたっけ。


 クロエは、目星を付けていた服飾店に行って、ユージーンのために手早く服を選び、試着室で試着させた。だいたいのサイズがわかったので、今後は連れ出さなくても、クロエが買って帰れば良さそうだ。


 モスタ王国では、オーダーメイドの服が主流だった。庶民は手作りが普通であり、共和国のように、既製服(プレタポルテ)の店は無かった。

 ユージーンは物珍しそうに、既製服の並んだ店内を眺めている。

 店内で商品を選んでいる客は、十人ほど。

 中央に半円形のテーブルを置いた精算所があり、店員らしい竜人が二人、せっせと札に何か書き込んで作業をしている。おそらく値札だろう。


 クロエは最後に冬用のコートを選んだ。深緑色のロングコートで、襟ぐりのボタンをきっちり締めると緩いハイネックになる。大きなポケットが前身頃の左右に付いていた。

「うん、格好いい」

 クロエがそう言うと、試着室の鏡に映った兄がほんのりと赤くなる。


「お休みの日は、これを着て一緒に出かけられるね! この辺りのお店で、食事をしたり、雑貨を買ったり」

 クロエの言葉に、ユージーンは頷く。


「クロエ!」

 少し離れたところにある試着室から、マクシミリアンが顔を覗かせて呼んだ。

 他にも、試着用の小部屋はあるが、利用客で埋まっていたのでそこを選んだようだった。

「後で私が精算するから、それを脱いで、ちょっと待っててね、お兄様」

 クロエはそう言って、マクシミリアンの方に急いだ。


「これどうかな?」

 そう言ったマクシミリアンが着ているのは、ズボンに前掛けの付いた形の、オーバーオールだった。デニム地に近い生地で、胸の部分の大きなポケットがよだれかけのように見える。

「かっわいいっ」

 と言ったクロエの後ろから、ザイオンが顔を覗かせた。

「やめとけ。巨大な赤ん坊みたいだ」


「言い方!」

 振り返ると、ザイオンは既に背を向けて歩み去っていくところだった。

 元気を無くしたマクシミリアンに対し、クロエは『可愛い!』と褒めちぎったが、結局彼は『可愛い』より『格好良い』を目指すと言って、そのオーバーオールを諦めた。


(どうしてああいう言い方しかできないのかしら、あの男)

 ユージーンの元へ戻りながら、クロエは、憤懣やるかたない。

(マックスのオーバーオール姿は、子供っぽさが強調されていたのは確かだけれど、そこが良いんじゃないの。抱き締めていい子いい子って撫でたくなるっていうか──)


 ユージーンは試着室を離れて、店舗中央にある会計窓口のそばにいた。戸惑った様子で、大きめの繊維で編み込むように作られた、服飾店のロゴ入りバッグを抱えている。

「あれ? 会計しちゃった?」

 クロエは驚いた。

 ユージーンは働き出して間もないので、大金を持っているはずがない。

「ザイオンが……必要経費だって」

 遠慮するべきなのに、強く断れなかったという後悔が、彼の表情から読み取れた。

「そうなんだ!」


 私が払うつもりだったのに! という腹立ちを堪えながらクロエは考えた。いくら嫌いな相手でも、兄の雇い主なんだから、厚意を無碍にして雰囲気を悪くしたくはない。上司と妹の板挟みになって、ユージーンが気疲れするのは困る。


「私、ザイオンにお礼を言ってくるね!」

 明るく笑ってみせると、コート売り場にいるザイオンを視認して、クロエはそちらに勢い良く向かい始める。

 彼女の後方で、ユージーンは何もない場所であるにも関わらず、一瞬、よろめいた。

「僕……店の外に出てるね」

 ユージーンの遠慮がちな声は、クロエの耳には届かなかった。

To Be Continued...











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