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二進法原初魔法  作者: lukecat
第一部:悪役令嬢は退場しました
36/207

34:終焉

「見つかったのなら、まあ良い。明日の朝、飛行船で帰るぞ。ちゃんと時間に間に合うように、その女を連れて来い、ユージーン」

 一方的な物言いをした後、第二王子は踵を返そうとする。


「私は!」

 ひっくり返った声で、兄が言った。

「あなたに引き渡すために! 妹を探していたわけではありません!」

 身体が震えていた。

 権力者に逆らうのは、この人にとってもの凄く勇気の要る事なのだろう。


 こちらに向き直った第二王子は、侮蔑するような表情を浮かべている。

「ルグウィン公爵家は、もう終わりだな。今更第三王子派に属す訳にもいかんだろうし、私の元も去ると言うのなら、孤立して、没落する一方だ」

「公爵家の行く末など、どうでもいい。私は家を継がないと決め、この国に亡命済みです。私は貴方から、アレクサンドラを守る!」


 取り囲んでいる狩猟民の間で、公爵って何? みたいな会話が聞こえてくる。身分制のない社会に生きる彼らにとっては、全く異次元の話だろう。


「ははははは」

 テンプレ通りの悪役笑いを、第二王子は披露してみせた。

 王族の権力が意味をなさないこの国では、舞台劇のワンシーンにしか見えない。

「公爵家から出たお前は、何の力もないクズだ。お前などに、何かできる訳がないだろう。これ以上の戯れ言は聞かんぞ。明日妹を連れて、飛行船に乗れ」


「貴方こそ」

 王子に対抗して、笑ってみせようとした兄だったが、ほんのわずかに口の端が上がっただけだった。

「公爵家を切り離したら、その配下にある貴族達もあなたの派閥から離脱します。全体の二割程度ですが、総数としては、第三王子派閥の数に届かなくなります。剥奪された王太子の座はまず戻ってきませんね。だからこそ、アレクサンドラを──クロエを、連れて帰ろうとしているんじゃないですか」


 図星を指された第二王子の表情は、どす黒い怒りに染まって見えた。


 私は、震える兄の肩に手を乗せて言った。

「大丈夫ですよ、お兄様。この国は自由の国です。身分の上下はなく、ここではあの男は、何の力も持たない、ただのバ……愚か者です。あの男が私を連れて行こうとしても、この国の法律が必ずあの男を止めますから」

 馬鹿と言ったやつが馬鹿、という自分の言葉に縛られて、言いたい時に馬鹿と言えないとは。


 隣で、マクシミリアンが大剣をホルダーから外した。

「よくわからないな。あいつ、なんでクロエを連れて行こうとしてるの?」

「大剣は駄目よ、マックス。……ザイオンに怒られちゃう」

 誰かに怒られるから駄目、というのは、子育ての言葉掛けとしては悪い例よね、などと思っている間に、戦端は開かれていた。


 一足飛びに近づいてきた第二王子が、ユージーンの腹を思い切り蹴りつけたのだ。


「お兄様!」

 腹を抱えて蹲り、苦しげに倒れた兄に覆い被さろうとして、はっとする。

 地面に転がり、大きくめくれた兄の上衣の下に、焼きごてを押し当てたような引き攣れが幾つも見えた。


(震えるのは──)

 父親に殴られた時の記憶が、蘇る。

(あの男に、暴力で、恐怖を植え付けられたから──?)

 父親からの圧に耐えながら孤独に生きていた、どころの話ではなかった。

 だからこそ、兄の亡命が認められたのだとわかった時、怒りで頭が真っ白になった。


 誰か、ヨアン保安官を呼んでこい、と狩猟民の一人が叫んでいた。

 担架だ、と言う声もあった。


 胃の内容物を吐き戻し、苦しがっている兄の身体を膝に乗せて抱き締め、広場の砂がついた箇所をそっと払う。

(私は、あの家では見捨てられた存在だと感じていたけれど、違う。私が、見捨てていたんだわ。兄がどんな目に遭っているか、知ろうともしなかった)

 怒りは、そんな私自身に向けられていた。

(生まれ変わっても私は、同じ過ちを犯してしまった……国外追放されたあの日、兄が、あれだけ追いすがってきた理由を、考えるべきだったのに)


 私の方へ近寄って来ようとした第二王子の前に立ち塞がったのは、マクシミリアンだった。


「なあ。わかんないんだけど」

 彼にしては、ぞんざいな口調になっている。

「どうしてお前が、クロエを──アレクサンドラを、連れ帰ろうとするの?」


「マクシミリアン」

 背後で聞こえる会話には、緊張感が伴っていた。

「駆け落ち先は、この国だったのか。事あるごとに抱き締めていた男妾は、一緒じゃないのか?」

 声が遠くなったので、第二王子が、後退して距離を取ったのがわかった。


 取り囲んでいる狩猟民達が、ざわつき始めた。

 担架が運ばれてきて、みんなの手が兄を乗せてくれる。

 頑張れよ、と声をかけてくれる人もいた。


 疑いの目を向けられたと、勝手に疎外感を抱いていた私から、わだかまりが消えていく。


 指示を出していたのは、いつぞや私の頬を消毒してくれた女医さんだった。

「兄なんです。今はここを離れられないんですが、後で必ず行きますので、どうかお願いします」

 女医は、私の背後の状況をさっと確認すると、頷いた。


「大丈夫よ。私が付き添うから」

 そう言って、ぽんと肩を叩いてくれたのは、白狼ちゃんだった。遠巻きにして成り行きを見守っていたらしい。

「ありがとう……」

 ちょっと泣きそうになった。


 背後では、とんでもない会話が展開している。

「そもそもお前、誰?」

「はあ?」

「ウィルヘルムっていう知り合い、いないんだけれど」

「ウィリアムだ!」


「ウィリアムっていう知り合いも、いないんだけれど」

「何だと!」


 私は兄の乗った担架を見送ると、マクシミリアンの隣に立って、ウィリアムに向き合った。

 第二王子は、衝撃を受けた顔のまま固まっている。

 ああ。

 険悪な仲の兄弟でも、存在を忘れられているとショックなのね。

 ユージーンの名前を思い出せて、本当に良かった。


 第二王子が、ゆっくりと後退る。

 入れ違うように彼の前に進み出てきたのは、あの貴族学園で断罪イベントがあった日にいた、宰相家の次男、騎士団団長の嫡男、外交官三男だった。


「ウイリアムは、貴方の弟よ、マックス」

 話が進まないので、助け船を出した。


「第二王子の?」

 ようやく思い出したらしく、まじまじと相手を見ている。

「僕を殺しに来たの?」

 マクシミリアン選手、まさかの直球です。


「とんでもない」

 見下すような笑みを浮かべた第二王子は、私を指さす。

「母上に言われて、婚約者を迎えに来ただけだ」


 うわぁ。

 なんかまずい。


「婚約は破棄されたでしょう? 貴方がそう言って、国外追放にしたんじゃない」


「あれは、間違いだったんだ、アレクサンドラ」

 第二王子は、まるで自分が被害者だったかのように、とても悲しげな顔をしている。

「私はあの女に騙されていた。テレンスもザッカリーもドニも、あの女にしてやられた。国王直轄の師団が詳しく調べたところ、あの女は毒なんて飲んでいなかったし、君がやったという凄惨な虐めも、証人を雇った上でのねつ造だった」


「そんな事は最初からわかってるわ。問題は、でっち上げを簡単に信じて、私を断罪した貴方の愚かな行為よ。その罪は覆らないし、こんなところまで来たって意味はないわ。私はもう、違う名前で違う人生を生きているの。邪魔しないで、さっさと帰ってくれる?」

 言いたい事を約三行(多分?)に纏めて言い切った。

 これで収まってくれたらいいのに。


「ねつ造に騙されたんだから、私は悪くない。婚約破棄は無効だ、アレクサンドラ。国外追放も取り消す」

「私はもう、そんな名前じゃありません。クロエです。あれって王族としての命令でしょう? そんなに簡単に王命を翻したら、国が潰れるわよ?」

「もう面倒だから、こいつの頭を潰そう、クロエ」

 殺気だだ漏れの表情で、マクシミリアンが第二王子を睨んでいた。その手が、大剣のホルダーに向かっては、戻される。完全には収まってはくれなかった様子。


「私は、君が忘れられないんだ。三年間、愛を育んで来た仲じゃないか」

 第二王子が泣き落としにかかった。

「一緒にお茶を飲んだ記憶はあるけれど、愛を育んだつもりはないわ」

 どんな会話をしたかも覚えていない。

 せいぜい、テーブルの上の花が綺麗ですねとか、そんな程度だっただろうか。


「離れて初めて、君への愛を自覚した。アレクサンドラ……」

 第二王子は、一歩前に進む。彼の取り巻き三名も、同じだけ前に進んだ。


「クロエです」

「どちらの名前も素敵だ。今まで、照れくさくて正直に言えなかった。愛してる、アレクサンドラ」


「僕は、クロエと一緒に住んでる」

 対抗するように、マクシミリアンも一歩進んだ。

 これ、花いちもんめに似てるな、と思っているうちに、私達の関係は次の段階へ進化していた。

「つまり、結婚してる」


 取り巻いている狩猟民達から、拍手が巻き起こった。

 おめでとう、とか、何年も待った甲斐があったな、という声が飛び交う。


 会話しにくい!

 収拾はあとで付けることにして、話を続ける。


「ウィリアム、あなたとユージーンとの会話を、私はちゃんと聞いてたのよ。公爵家の後ろ盾を維持するために、私との婚姻が必要なだけで、私を愛してる訳じゃないでしょう。諦めて、他の方法を探しなさい」


「君が帰ってくれないと困るんだ」

 第二王子は、泣き出しそうな顔をした。

「母上が怒り狂っている。()鹿()を二人も産んでしまったって。君が帰ってきてくれさえすれば、全て元通りに……」

「なんですって──!?」


 我慢の限界だった。

 いきなりぶち切れたため、自分の事でもないのに、なぜそこまで怒りを感じたのか、とか、発言をしたのは王妃なのに、矛先が第二王子に向かったのはなぜか、というところまで考える暇もなく、身体が動いた。

 怒りの制御ができなかったのは、さっき兄の火傷の痕を見たせいもある。

 身の内から湧き上がってくる、やり切れなさを、どこかにぶつけたかっただけかもしれない。


 身体強化の助けもあり、一瞬で第二王子までの距離を跳躍すると、私は飛翔棍をホルダーから外していた。

「クロエ──!」

 第二王子を殴打する直前、マクシミリアンが私を抱き締め、身を伏せた。


 地面を転がりながら、刀が閃くのを見た。

 狩猟民達数人が、刀剣を振りきった騎士団団長の嫡男に向かっていく。

 ヨアン保安官の姿も見えた。

 血が、私の上に降りかかる。

 ぐったりと、私の上に寄りかかってくるマクシミリアンの身体を支えながら、私は絶叫していた。







参考:花いちもんめ

こどもの遊びのひとつ。2組に分かれて、歌を歌いながら歩き、メンバーのやりとりをする。(Wikiより)











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