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二進法原初魔法  作者: lukecat
第一部:悪役令嬢は退場しました
28/207

27:ヤバい本当にヤバいもっとヤバい

狩猟生活六日目(5)

「ヤバい……」


 特別、策があった訳じゃない。

 下調べをしていた訳でもなく、誰かと事前に打ち合わせてもいないので、事が私の思惑通りに動かなくても、仕方のない事だ。


(次からは、何が起こってもいいようにちゃんと、利用できるものや地理を調べておかなくては……次があればだけれど)


 北の川沿い、と門番は言った。

 その言葉で想像したのは、森の中を流れる雄大な川だ。

 川に飛び込んで難を逃れたり、洞窟があればそこに逃れたり、という大雑把な計画しか、頭になかった。


 左に行くと見せかけて右に、時々逆走してみせては、木の陰に隠れて北進し、追っ手との距離を稼ぎながら辿り着いた先で、目の前の光景を前に、私は自分の見通しの甘さを痛感する。


「これ、崖じゃん!」

 ごつごつした岩肌のはるか下に、岩だらけの川岸が見える。

 川岸は数メートルほどあって、川はその向こうだ。

 しかも崖は急斜面でも垂直でもなく、オーバーハング気味だ。上に行くほど出っ張っている岩肌に、木々や雑草がしがみ付くように生えていて、真下が良く見えない。


「まさに崖っぷち!」

 拠点から響いてくる警報をBGMに、私は追い詰められていた。


 崖には、手すりや安全柵はない。

 少し離れた崖の端に、ザイルが打ち付けられている。

「なんというデス○ト!」

 前世でついにクリアしなかったゲーム名を口走ってしまう。

 駆け寄って目視したところ、新しそうだけれど、ちゃんと使えるのかしらんこのザイル。


 羽ばたきと風圧を感じて見上げると、追い付いてきた竜の姿が見えた。

 他の二匹の姿も見えているが、私のフェイントに引っかかったらしく、まだ距離がある。

 崖から少し距離を取って着地した竜は、私と対峙する。

 翼を畳むと、軽自動車ほどの大きさだ。

 ギザギザの歯の間から、チロチロと火が見えている。

 やはりこれが火竜で間違いないらしい。


 猩猩は少し離れた場所で、大きな卵を抱えたまま恐怖の余り動きを止めている。

 火竜の縦長の黒い瞳が、猩猩を見やった後で、視線を私に据えた。

 威嚇するような、甲高い鳴き声を放つ。


 私を先に片付ける事にしたらしい。


『狩猟で一番大事なのはね』

 さっき、マクシミリアンと歩きながら帰ってきた時の雑談を思い出していた。

『モンスターの動きをよく見ることなんだ。攻撃してる最中とか、直後には必ず隙が生まれるので、よく見ながら上手く避けて、反撃する』


「私には反撃は無理よ、マックス」


 火竜が口を開ける様子を、睨み付けながら言った。

 悲鳴を上げて逃げたい気持ちをぐっとこらえる。

 今背中を見せて逃げたら、間違いなく炭化する。自分の黒焦げ死体を他人に見られるなんて、絶対に嫌。


 火竜の白っぽい口の中には、円錐形の歯が、顎に沿って並んでいる。

 薄いピンクの舌が、歯列の外にグイと突き出された。

 爬虫類そっくりの上顎の、毒蛇なら毒腺が通る辺りに火が見えた。


 炎が大きくなって、迫って来る。

 その瞬間、後ろに飛びすさった。


 落下する途中でザイルを掴み損なっていたら、真下の岩場に叩き付けられていただろう。

 リセットできるとはいえ、そんな痛みを味わいたくはない。

 そもそも即死したら、誰かがリセットしてくれて肉体は戻っても、死体のままじゃないのか。


 考えている暇はない。

 ガクガク震えながら、私はザイルを伝って急いで降りた。

 その後を、後肢に卵を挟み、腕の力だけで体重を支えながら、猩猩が崖を器用に下ってくる。身体強化している私よりも、運動能力が高い。


 降りた後は、崖側に身体を押しつけるようにして隠れる。


 オーバーハング気味の崖には、ぶら下がったザイル以外、人が上れそうな場所はない。

 川は、標高が高い西から、東に向かって流れていた。

 川幅は十メートルあるかどうかで、この拠点に来た時に上空から見た河よりも小さい。おそらくこのまま東に辿っていけば、あの河に合流するはずだ。


(落差と位置から考えて、先日地下で見た水路はこの川に繋がっているのね)


 川を遡って、水路へ入る事も考えたが、水流に阻まれて入れないだろうと思い直す。

 この川幅なら向こう岸に渡れない事も無いが、渡った先にも崖が見えていて、逃げ場は無さそうだ。

 出っ張った岩の下に身を隠し、東の低地に向かって進みながら、崖を登れる場所を探すのがベストだろう。


 崖の上から、ハヤブサの声に似た、甲高い鳴き声が聞こえてきた。

 火を吐き終わって見たら、何も残っていないので、困惑しているようだ。炎を吹いている時は、炎自体が邪魔になって視界がきかないという事か。

 岩の出っ張りの下に隠れたまま、そっと上を見上げると、崖っぷちに止まって、キョロキョロしている火竜が見えた。


 猩猩がぴったりと、私の横に身体をくっつけてくる。震えは収まったようだ。


「それにしても、そろそろ誰か助けに来てもいいんじゃないの?」


 このままだと見つかってしまう。


 実は私は、崖の上まで来た時に、とても良い解決方法を思いついていた。

 猩猩を殴って気絶させ、卵をそこに捨てて、猩猩だけ抱いて逃げるという作戦だ。

 火竜達は卵が戻れば、もう追いかけてこないかも知れない。


 ただ、一つだけ問題があった。

 私は人にしろ動物にしろ、素手で殴った経験がほとんどない。どれだけ殴れば気絶するのか、どの程度の力加減なら死なないのか、見当がつかないのだ。

 アクションシーンのある小説や映画では、鳩尾を殴って気絶させるシーンが出てくるけれど、なぜ鳩尾で気絶させられるのか、仕組みがよくわからない。


(首をキュッと掴んだら気絶させられる宇宙(バルカン)人スキルが欲しい)


 結局、不確かな方法は採らない事に決めた。

 遅れて追いついてきた火竜二匹が、上空で旋回を始める。

 影が、岩場と川の水面に落ちる。

 時々急降下して水面に近づいて来る様子が、影の変化からわかった。


「これは本当にヤバい」


 オーバーハングしている崖のおかげで、まだ見つかってはいないが、時間の問題だ。

 翼が風を切る音に、追い立てられるように走り出す。


 甲高い鳴き声が響いた。

 見つかったかも知れない、という焦りが、判断ミスに繋がった。


 たまたま見つけた、崖にある狭い洞穴の中へ、飛び込んだ。

 猩猩も後に続く。

 そう都合良く、避難用の安全な穴があるわけがない。


 暗いトンネルの中に数歩進んでしまってから、気づいた。

 匂いがひどい。生臭い。

 何かいる気配がした。

 ヤバい。

 さっきよりも更にヤバい。


 猩猩は入り口近くで、銅像のようになっていた。

 私よりも先に、匂いに気づいたのだろう。


 ザラザラと、何かが這う音がする。


 そっと後退しながら私は、背中の飛翔棍をホールドから外す。


 穴のすぐ外で、火竜の立てる翼の音がしている。

 気づかれて、穴の中に火を吐かれたら蒸し焼きだ。

 背中に、汗が滲む。

 こちらには卵を持った猩猩がいるから、そこまではしないとは思うが、相手は気が立っているモンスターだ。理性は期待できない。


(こういうの、なんて言うんだっけ? 肛門の虎?)


 猩猩のいるところまで下がると、飛翔棍を構えた。

 そこなら暗いトンネルの奥よりも、周囲が見える。


『狩猟で大事なのはね。モンスターの動きをよく見ることなんだ』


 マクシミリアンの言葉を反芻する。

 這う音が速くなった。

 私の呼吸も速くなった。

 恐怖に負けて目をそらしたら、終わりだ。


 暗がりから、鎌首が飛んで来る。

 飛翔棍で弾いて、更に身体を回転させ、後方の刃で追い打ちをかける。


 猩猩を丸呑みできるほど、大きな蛇だ。

 倒せてはいない。

 鼻先を斬り付けて怯ませ、猩猩に飛びかかるのをなんとか止めただけだ。


「走れ!」

 そう声をかけると、穴から飛び出した。

 三匹の火竜が、岩場に降り立ったところだった。

 その間を、私と、卵を抱えた猩猩と、卵を狙って追いかける巨大蛇が駆け抜けた。


 足場の悪い、岩だらけの川岸を下流方向へ走る。

 強化ポーションが切れて、身体が重い。


 振り返ると、猩猩のすぐ後ろに大蛇がピタリとついてきている。

 口を大きく開けて、手足の無い身体をバネに、ジャンプする姿が見えた。

 飛翔棍を構えながら、間に合わないと思った。


 大蛇が突然、失速した。


 猩猩を救ったのは、火竜だ。

 鉤爪で大蛇の身体を押さえ込み、頭部を口で咥えて、振り回し始めた。

 助かった、と思ったのは一瞬で、別の火竜が私達の目の前に降り立ち、行く手を阻んだ。


「無理無理無理無理無理」

 棘だらけの頭部を見上げ、飛翔棍を構えながら、私は呟いていた。

 間合いが把握できない。

 この距離で攻撃しても、届かない。

 前に出たら鉤爪でやられる。


 火竜が口を開けた。

 このままでは、まともに火炎を喰らってしまう。


 ダメ元で攻撃する?

 逃げる?

 一瞬迷った事で、どちらの行動にもブレーキがかかり、私は棒立ちになる。

 避けるにはもう遅い。


 さようなら、皆さん。

 短い間でしたが、私は楽しかったです。

 六日間、ありがとう。

 ゴメンね、マックス。

 魔王城は解体してください。

 次の転生先は、引き籠もり令嬢が一途に愛されるエロ有りロマンス小説の主人公がいいです。チート能力は、食っちゃ寝してても太らない体質、とかでいいかな。いえ、贅沢は言いません。ブラスターピストル片手に宇宙を渡り歩く冒険者の、中古宇宙船に搭載されたAIでもいいです。相棒のゴリラ星人役でも、ありがたくお引き受けいたします。

 とにかくもう、悪役令嬢はこりごりです。

 二度とやりたくありません。

 バナナ、食べたかったけれど来世に持ち越しです……。


 目を見開いて、放たれようとする炎を見る。

 ふいに、上空から落ちる影があった。


(別の火竜も来たのか──)


 直後、目の前の火竜の頭部に、大剣が、マクシミリアンごと降ってきた。


「クロエ、いた!」

 火竜の目の辺りを蹴りながら飛び降りて、嬉しそうに、マクシミリアンが言う。

 頭の潰れた火竜が、岩場の上に崩れ落ちた。


 私はひたすら、空気を吸って、吐いた。

 自分が今、凄い表情になっているなとは思ったけれど、戻せなかった。


(生きてる、私! 生きてる!)


「ちょっと待っててね」

 マクシミリアンは、私の頭をよしよしと撫でると、猩猩を追い回している別の火竜へ向かっていった。

 今初めて、彼が年上に思えた。










[参考文献(?)]

※デスストランディング

メタルギアソリッドシリーズで有名な小島監督がコナミから独立した後に作ったゲーム。分断した社会で胎児を抱いたイケオジが配達業務に携わり、世界の謎を解いていく。映画化するらしい。

荷物を背負って岩山を登ったり降りたりする。

オンラインでの助け合いとして、他人の作った橋や道や取り付けたザイルが、フィールドに出現する。


※バルカン人

「スター・トレック」に出て来るエンタープライズ号の副官スポックは、耳の尖った感情の起伏が少ないバルカン星人の父と地球人の母を持つハーフで、敵の首の付け根をきゅっと掴むと気絶させる技を持っている。


※無理無理無理無理

元ネタはもっと長い

https://twitter.com/ono_kensho/status/1131960956370575362

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