24:親父にしかぶたれたことないのに!
狩猟生活六日目(2)
漫画やテンポの良い物語ならここで、自動的に一ヶ月ほどが過ぎて、退屈な練習シーンは飛ばし、私は熟練ハンターとなって登場していたはずだ。
だが私にとっては、ここはリアルな世界であり、未だ狩猟生活六日目である。
泥臭く、たどたどしく、新たな相棒である飛翔棍と共に私は、フィールドで乱舞していた。
人生とは地道に続いていくものであり、後戻りもショートカットもできないのだ。
この棍には、形状記憶合金のように、いくつかの攻撃パターンが登録されているようだった。
そうでなければ、私の素の技術では、刃の部分をうまくターゲットに当てられなかっただろう。
真横に薙いで、そのまま身体ごと回転、間髪入れず、後方の刃がターゲットを打ちのめす。
振り返った時には、私が倒したはずのカリオネはもうそこにいなかった。
すぐ側に待機している巨大爬虫類もどきのマシュが、喉を鳴らした後、次を催促するかのような目で私を見ている。
さっきから小せえのばかりじゃねえか、という明らかな不満が、その青い目に見て取れた。
小型トラックほどの図体の彼にしてみれば、鶏の倍程度のカリオネは、クッキー一枚程度のスナックでしかないんだろう。
「でももう、二十匹ぐらいは、食べてると思うんだけれど?」
小動物の気配を追っていっては、飛翔棍を構える。
初めは棍の動きに振り回されて、乗り物酔いのような気持ちの悪さに襲われた。攻撃パターンを覚えて、脳がその動きに慣れてくると酔いはなくなり、次のターゲットを見つけて追いつく事の方が負担になった。
「ふぁー、疲れた! 暑い! 休憩するわよ、爬虫類もどき!」
飛翔棍を肩掛け付きのホルダに収めて、背中側に回す。
カプリシオハンターズ共和国は、モスタ王国よりも温暖な気候なので、身体を動かすとすぐに暑くなる。小まめな休憩と水分補給は大事だ。
フィールドの一定の区画ごとに、岩山に偽装した休憩所があった。狩猟民の利便性のためというよりは、環境を汚す事のないように、という配慮だ。もう一つの機能としては、区画番号がついているので、フィールドでの待ち合わせに使える。
トイレ休憩後、ボタンを押すと申し訳程度に水が出る手洗い場で、水を顔にかけていると、巨大爬虫類もどきも寄ってきて、蛇口を舐め始めた。
「あなたも喉が渇いていたのね」
ボタンを連打しながら、ザラザラの大きな舌が水を飲む様子を、しばらく見守る。
「マシュ! クロエ!」
声に振り向くと、偵察に出ていたマクシミリアンが、シゲラを一頭、引き摺りながらやってくるところだった。
小ぶりのシゲラだが、数百キロはあるだろう。鎧に刻印された魔法で身体強化を施しているとしても、牽引力は車並みだ。
「ギァァ」
明らかに歓喜とわかる声を上げ、マシュは、鋭い鉤爪の付いた大きな後ろ足を蹴立てて駆け寄っていった。
湾曲した鉤爪でシゲラの上に立ち、これだよこれ、という顔で私を見る。
「はいはい、わたくしの獲物は小物ばかりで悪うございましたわねぇ」
疑似爬虫類のくせに、生意気な奴。
鳥の嘴ほどには鋭くないが、硬質な鱗に覆われた頑丈な口の先で、シゲラは引きちぎられていった。
「前はこの辺りだったんだけれどな、シゲラの巣。どこにも見当たらない」
マクシミリアンは、困惑した様子で言った。
「もしかしたら、何度も卵を盗られて、警戒して巣を移したのかも」
卵クエストにはまず、受注前に、巣の位置の特定をしておかなくてはならない。
初めから躓くとは、想定外だった。
「歩きながら探すしかないな。シゲラの巣を見つけたら、そこからリムの南門まで、卵を持って地道に走らないといけないので、事前にルートを調べておいて、障害になりそうなモンスターをできるだけ排除した後に、クエストを受注して、それから」
彼は黄色い液体の入った小瓶をポーチから取り出して、私に渡してきた。
「一定時間スタミナが切れにくくなるポーションを、卵を持つ前に飲む。卵を持ったら一気に南門まで走っていく事。フィールドは広いので、排除し切れないシゲラがいて追いかけてくると思うけれど、立ち止まらないでね。そっちは僕に任してくれればいいから」
「了解です。ありがとう。後でポーション代払うね」
マクシミリアンの、いつもと違うしっかりした話ぶりに、驚きながら私は言った。さすが、狩猟の報酬で家を建てただけはある。
「お金は要らないよ。買ったんじゃなくて、ザイオンが作ってくれたやつだから」
ちょっと嬉しそうに、マクシミリアンが言う。
本当にお兄ちゃんが好きなんだな、と微笑ましい気持ちになった。
昨日は、ザイオンが家に帰ってこなかったらどうしようと、不安でいっぱいだったようだ。帰って来たと知って嬉しくて、頭を洗っている最中にも関わらず、全裸で風呂から出てきてしまったのだろう。
(全裸……)
あの時は驚きのあまり、自分が何を見ているのかわからなかった。ザイオンが早めに対処してくれて良かった。
私とマクシミリアンは、草食竜シゲラの巣を探しながら、リムの南門に向かって歩き始めた。
疑似爬虫類マシュは、後肢に一匹ずつ、マクシミリアンが追加で倒したシゲラを掴み、飛んで帰って行った。登録済みのトカゲ型使役魔獣なので、明るいうちは、乗り手がいなくても拠点には出入り自由だそうだ。
(前肢二組、後肢一組ある生物は、トカゲじゃないと思うんだけれど、誰も突っ込まなかったんだろうか)
カプリシオハンターズ共和国でこれまで見てきた生物の多様性は、地球に比べるとかなり変則的で幻想的だが、基本の部分は共通している。昆虫は六本足で、頭、胸、腹の三つのパーツに分かれているし、哺乳類にあるのは、前肢と後肢だけだ。爬虫類だって、前肢と後肢の退化した種はいても、六本足はいない。哺乳類にしろ爬虫類にしろ、進化の大元になった脊椎動物が四本足なのだから、その後継が六本足なわけがないのだ。
(……どう考えてもアレは、超ファンタジーな存在だわ)
「夜に拠点の上空を飛ぶと、魔法で撃ち落とされるから、暗くなったらマシュには乗れないんだ。それから、帰るのが遅くなって日が落ちると、南門が閉まっちゃう。そういう時は、休憩所で野宿するしかない。最初の頃はね、宿舎を借りるお金がもったいないから、ずっと野宿してた」
「なるほどね、その手があったか」
「クロエは真似しちゃ駄目だよ。僕達は男二人だったから、何とかなったけれど」
雑談しながら蛇行して歩いたので、結構な時間がかかってしまった。
結局シゲラの巣は見つからないまま、リムの南門に到着した。
太陽の高さを見ると、昼をかなり過ぎている。
「おう、マックス。デートか?」
四人いる門番のうち、黒狼型の獣人族が、だらしなく舌を牙の間から垂らしながらきいてきた。
マクシミリアンはニコニコするばかりで否定しないので、私が代わりに答えた。
「探索に行ってきました。シゲラの巣を探したんですが、見つからなくて」
見つからなければ、村人Aに聞けば良いのでは、と私は閃いた。
「どこにあるか、ご存じないですか?」
「卵クエストかぁ。俺達、随分前にクリアしてから、シゲラの巣は全く気にしてなかったからなぁ」
「確か、北の川沿いに幾つかあったはずだが、あそこからだと、リムの周りをぐるっと南まで回らなくちゃいけないからな」
「西の山にも無かったか?」
「そっちは坂がきついだろう」
「登りはきついが、卵を持って走る時は楽じゃないか?」
「坂を駆け下りると、勢いがついて転けそうですね」
人族と竜族、二人の門番と会話している間に、エルフの門番が、私達に付いたモンスターの返り血を綺麗にしてくれた。
「はい、二人で六百プリコね」
「またお前は。その冗談はつまらん」
エルフの軽口と、ツッコミを入れる竜人のやり取りは、どうやら定番らしかった。
狼型獣人とマクシミリアンは、無期限休職がクビを意味するのか、それとも言葉通りの休職かで意見を戦わせている。
ぼっちだった私が今、こんな風に人の輪の中に参加しているなんて不思議だな、と思う。
「そういや、俺の知り合いが今、卵クエストに挑戦してるって言ってたな。もしかしたら知っているかもしれん」
黒狼型獣人が言う
「あ、その手がありましたね」
先日食堂で、声をかけそびれた狼型獣人のカップルを思い出した。
魔王城に住み、飛翔棍を使いこなす今の私なら、気軽に声をかけられそうな気がする。
棍を肩に抱えて、口元にふっと笑みを浮かべ、『やあ、君達。卵クエストかい? 手伝おうか?』みたいな感じで……
「俺の弟の幼馴染みなんだがね」
「もしかして、女の子ですか? だったら、見かけた事があるかも」
和やかな会話が続いていたその時、見知った人物が近づいてきた。
八百屋の、小柄なエルフだ。
誰かを探している様子だったが、彼女は私の顔を見るなり、走ってきた。
いつもの小馬鹿にした表情とは違って、もの凄く怒った顔をしているな、と気づいた時には、遅かった。
彼女の思いきり振りかぶった手が、私の頬を打った。
(あら?)
叩かれる理由に心当たりが無かったので、驚いた。
(これは、……親父にしかぶたれたことないのに! と言う絶好の機会では?)
元ネタとは微妙に違う上に、今世で通じるとは思えないが、今を逃すと二度と使えないフレーズである。
頬を押さえて、のんびりとそんな事を考えていた私は、叫び声に振り返って、それどころでは無いと気づいた。
「マックス!」
「落ち着け、手を放せ!」
「マックス! やめろって」
制止しようと縋る門番達にも動じず、マクシミリアンが殺気立った様子で、小柄なエルフの襟首を片手で掴み、ぶら下げていた。




