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二進法原初魔法  作者: lukecat
第一部:悪役令嬢は退場しました
25/207

24:親父にしかぶたれたことないのに!

狩猟生活六日目(2)

 漫画やテンポの良い物語ならここで、自動的に一ヶ月ほどが過ぎて、退屈な練習シーンは飛ばし、私は熟練ハンターとなって登場していたはずだ。

 だが私にとっては、ここはリアルな世界であり、未だ狩猟生活六日目である。

 泥臭く、たどたどしく、新たな相棒である飛翔棍と共に私は、フィールドで乱舞していた。

 人生とは地道に続いていくものであり、後戻りもショートカットもできないのだ。




 この棍には、形状記憶合金のように、いくつかの攻撃パターンが登録されているようだった。

 そうでなければ、私の素の技術では、刃の部分をうまくターゲットに当てられなかっただろう。


 真横に薙いで、そのまま身体ごと回転、間髪入れず、後方の刃がターゲットを打ちのめす。

 振り返った時には、私が倒したはずのカリオネはもうそこにいなかった。


 すぐ側に待機している巨大爬虫類もどきのマシュが、喉を鳴らした後、次を催促するかのような目で私を見ている。

 さっきから小せえのばかりじゃねえか、という明らかな不満が、その青い目に見て取れた。

 小型トラックほどの図体の彼にしてみれば、鶏の倍程度のカリオネは、クッキー一枚程度のスナックでしかないんだろう。


「でももう、二十匹ぐらいは、食べてると思うんだけれど?」

 小動物の気配を追っていっては、飛翔棍を構える。


 初めは棍の動きに振り回されて、乗り物酔いのような気持ちの悪さに襲われた。攻撃パターンを覚えて、脳がその動きに慣れてくると酔いはなくなり、次のターゲットを見つけて追いつく事の方が負担になった。


「ふぁー、疲れた! 暑い! 休憩するわよ、爬虫類もどき!」

 飛翔棍を肩掛け付きのホルダに収めて、背中側に回す。

 カプリシオハンターズ共和国は、モスタ王国よりも温暖な気候なので、身体を動かすとすぐに暑くなる。小まめな休憩と水分補給は大事だ。


 フィールドの一定の区画ごとに、岩山に偽装した休憩所があった。狩猟民の利便性のためというよりは、環境を汚す事のないように、という配慮だ。もう一つの機能としては、区画番号がついているので、フィールドでの待ち合わせに使える。


 トイレ休憩後、ボタンを押すと申し訳程度に水が出る手洗い場で、水を顔にかけていると、巨大爬虫類もどきも寄ってきて、蛇口を舐め始めた。

「あなたも喉が渇いていたのね」

 ボタンを連打しながら、ザラザラの大きな舌が水を飲む様子を、しばらく見守る。


「マシュ! クロエ!」

 声に振り向くと、偵察に出ていたマクシミリアンが、シゲラを一頭、引き摺りながらやってくるところだった。

 小ぶりのシゲラだが、数百キロはあるだろう。鎧に刻印された魔法で身体強化を施しているとしても、牽引力は車並みだ。


「ギァァ」

 明らかに歓喜とわかる声を上げ、マシュは、鋭い鉤爪の付いた大きな後ろ足を蹴立てて駆け寄っていった。

 湾曲した鉤爪でシゲラの上に立ち、これだよこれ、という顔で私を見る。

「はいはい、わたくしの獲物は小物ばかりで悪うございましたわねぇ」

 疑似爬虫類のくせに、生意気な奴。

 鳥の嘴ほどには鋭くないが、硬質な鱗に覆われた頑丈な口の先で、シゲラは引きちぎられていった。


「前はこの辺りだったんだけれどな、シゲラの巣。どこにも見当たらない」

 マクシミリアンは、困惑した様子で言った。

「もしかしたら、何度も卵を盗られて、警戒して巣を移したのかも」


 卵クエストにはまず、受注前に、巣の位置の特定をしておかなくてはならない。

 初めから躓くとは、想定外だった。


「歩きながら探すしかないな。シゲラの巣を見つけたら、そこからリムの南門まで、卵を持って地道に走らないといけないので、事前にルートを調べておいて、障害になりそうなモンスターをできるだけ排除した後に、クエストを受注して、それから」


 彼は黄色い液体の入った小瓶をポーチから取り出して、私に渡してきた。


「一定時間スタミナが切れにくくなるポーションを、卵を持つ前に飲む。卵を持ったら一気に南門まで走っていく事。フィールドは広いので、排除し切れないシゲラがいて追いかけてくると思うけれど、立ち止まらないでね。そっちは僕に任してくれればいいから」


「了解です。ありがとう。後でポーション代払うね」

 マクシミリアンの、いつもと違うしっかりした話ぶりに、驚きながら私は言った。さすが、狩猟の報酬で家を建てただけはある。


「お金は要らないよ。買ったんじゃなくて、ザイオンが作ってくれたやつだから」

 ちょっと嬉しそうに、マクシミリアンが言う。

 本当にお兄ちゃんが好きなんだな、と微笑ましい気持ちになった。

 昨日は、ザイオンが家に帰ってこなかったらどうしようと、不安でいっぱいだったようだ。帰って来たと知って嬉しくて、頭を洗っている最中にも関わらず、全裸で風呂から出てきてしまったのだろう。


(全裸……)

 あの時は驚きのあまり、自分が何を見ているのかわからなかった。ザイオンが早めに対処してくれて良かった。


 私とマクシミリアンは、草食竜シゲラの巣を探しながら、リムの南門に向かって歩き始めた。


 疑似爬虫類マシュは、後肢に一匹ずつ、マクシミリアンが追加で倒したシゲラを掴み、飛んで帰って行った。登録済みのトカゲ型使役魔獣なので、明るいうちは、乗り手がいなくても拠点には出入り自由だそうだ。

(前肢二組、後肢一組ある生物は、トカゲじゃないと思うんだけれど、誰も突っ込まなかったんだろうか)


 カプリシオハンターズ共和国でこれまで見てきた生物の多様性は、地球に比べるとかなり変則的で幻想的だが、基本の部分は共通している。昆虫は六本足で、頭、胸、腹の三つのパーツに分かれているし、哺乳類にあるのは、前肢と後肢だけだ。爬虫類だって、前肢と後肢の退化した種はいても、六本足はいない。哺乳類にしろ爬虫類にしろ、進化の大元になった脊椎動物が四本足なのだから、その後継が六本足なわけがないのだ。

(……どう考えてもアレは、超ファンタジーな存在だわ)


「夜に拠点の上空を飛ぶと、魔法で撃ち落とされるから、暗くなったらマシュには乗れないんだ。それから、帰るのが遅くなって日が落ちると、南門が閉まっちゃう。そういう時は、休憩所で野宿するしかない。最初の頃はね、宿舎を借りるお金がもったいないから、ずっと野宿してた」


「なるほどね、その手があったか」

「クロエは真似しちゃ駄目だよ。僕達は男二人だったから、何とかなったけれど」


 雑談しながら蛇行して歩いたので、結構な時間がかかってしまった。

 結局シゲラの巣は見つからないまま、リムの南門に到着した。

 太陽の高さを見ると、昼をかなり過ぎている。


「おう、マックス。デートか?」

 四人いる門番のうち、黒狼型の獣人族が、だらしなく舌を牙の間から垂らしながらきいてきた。

 マクシミリアンはニコニコするばかりで否定しないので、私が代わりに答えた。

「探索に行ってきました。シゲラの巣を探したんですが、見つからなくて」

 見つからなければ、村人Aに聞けば良いのでは、と私は閃いた。

「どこにあるか、ご存じないですか?」


「卵クエストかぁ。俺達、随分前にクリアしてから、シゲラの巣は全く気にしてなかったからなぁ」

「確か、北の川沿いに幾つかあったはずだが、あそこからだと、リムの周りをぐるっと南まで回らなくちゃいけないからな」

「西の山にも無かったか?」

「そっちは坂がきついだろう」

「登りはきついが、卵を持って走る時は楽じゃないか?」

「坂を駆け下りると、勢いがついて転けそうですね」


 人族と竜族、二人の門番と会話している間に、エルフの門番が、私達に付いたモンスターの返り血を綺麗にしてくれた。

「はい、二人で六百プリコね」

「またお前は。その冗談はつまらん」

 エルフの軽口と、ツッコミを入れる竜人のやり取りは、どうやら定番らしかった。

 狼型獣人とマクシミリアンは、無期限休職がクビを意味するのか、それとも言葉通りの休職かで意見を戦わせている。

 ぼっちだった私が今、こんな風に人の輪の中に参加しているなんて不思議だな、と思う。


「そういや、俺の知り合いが今、卵クエストに挑戦してるって言ってたな。もしかしたら知っているかもしれん」

 黒狼型獣人が言う

「あ、その手がありましたね」

 先日食堂で、声をかけそびれた狼型獣人のカップルを思い出した。

 魔王城に住み、飛翔棍を使いこなす今の私なら、気軽に声をかけられそうな気がする。

 棍を肩に抱えて、口元にふっと笑みを浮かべ、『やあ、君達。卵クエストかい? 手伝おうか?』みたいな感じで……

「俺の弟の幼馴染みなんだがね」

「もしかして、女の子ですか? だったら、見かけた事があるかも」


 和やかな会話が続いていたその時、見知った人物が近づいてきた。

 八百屋の、小柄なエルフだ。

 誰かを探している様子だったが、彼女は私の顔を見るなり、走ってきた。

 いつもの小馬鹿にした表情とは違って、もの凄く怒った顔をしているな、と気づいた時には、遅かった。

 彼女の思いきり振りかぶった手が、私の頬を打った。


(あら?)

 叩かれる理由に心当たりが無かったので、驚いた。

(これは、……親父にしかぶたれたことないのに! と言う絶好の機会では?)

 元ネタとは微妙に違う上に、今世で通じるとは思えないが、今を逃すと二度と使えないフレーズである。

 頬を押さえて、のんびりとそんな事を考えていた私は、叫び声に振り返って、それどころでは無いと気づいた。


「マックス!」

「落ち着け、手を放せ!」

「マックス! やめろって」


 制止しようと縋る門番達にも動じず、マクシミリアンが殺気立った様子で、小柄なエルフの襟首を片手で掴み、ぶら下げていた。

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