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二進法原初魔法  作者: lukecat
第一部:悪役令嬢は退場しました
24/207

23:さらば風神、あるいは雷神

狩猟生活六日目(1)

 翌朝、私は魔王城の三階にある部屋で目覚めた。

 カーテンの無い、南向きの大きい窓から、朝日が差し込んでいる。


(昨日見た時、窓は暗転していたような……偏光ガラスを使っているか、これも魔道具なのだろうか)

 自分が今、どこにいるのかを思い出し、真新しい枕に何度も頭を打ち付け、のたうち回る。


(時間よ! 巻き戻れ!)

 本気で思い込んだら、それをトリガーに実現するのではないかと思っている。そういうこところが厨二病的思考だとわかっていても、止められない。


(あの兄弟と出会ったのは、十年前。それから多分、二、三年ぐらいは一緒に走り込みをしていた。巻き戻すとしたら十年前よね)

 当然だが、都合良く巻き戻ったりはしなかった。


(他に何を話したんだろう……ダンジョン攻略の話とか、ラスボスの魔王の話とか、あと、やらかしてるとしたら……ある日魔法少女になるかも知れない話か、異世界転生か、覚醒した選ばれし者としての、世界を救う使命とか)


「あああああ!」

 顔を覆って、無駄に広いベッドの上をゴロゴロと転がった。

 幸い魔王城なのは外観だけで、内装はかなり現代的だ。

 部屋の照明だってよく見れば、蜜の必要な光虫籠ではなく、天井から電球のようなものが幾つか下がっている。

 住みやすそうではあった。

 正直逃げ出したい、が、退路は断たれてしまった。





 昨日の夜遅く帰ってきたザイオンは、私が宿舎に置いて来た私物を手渡してきた。

「関係ないと言って逃げ出さずに、ここ(魔王城)に来たことは褒めてやる」

 と、嫌みったらしく言った。

「あの部屋は解約しておいてやったぞ。明日から新人狩猟民が何人か来るので、当分の間満室だそうだ」


 勝手に何してくれてんの! と叫ぶ前に、風呂に入っていたはずのマクシミリアンが泡だらけのまま居間に飛び込んで来て、ザイオンに抱き付いた。


 ザイオンは鬼の形相で弟を風呂場に引き摺って行って再投入し、濡れた服を着替えに行った。私は物置からボロ布を探し出して、そこら中に飛び散った泡と水滴と、居間から風呂へと続くタイルの上の、ナメクジが這った跡のようなマクシミリアンの引き摺られた痕跡を拭いて回った。




 その騒ぎの中で有耶無耶になってしまったが、ここに住むにしても、いくつかの取り決めを話し合っておくべきだろう。

 家賃と食費、その他諸々の費用を、幾ら払えばいいか確かめないと。


(と、思っていたんだけれど……)

 朝起きてから考えていた一日の計画が、想定外の出来事で全く違うものになってしまう、という事は、他人と生活する上ではしばしば起こる。


 今、ザイオンと私が並んで座っている対面のソファに、俯きがちのマクシミリアンがいる。目の前のローテーブルに載っているのは、真っ二つになった、私の風神……もしかしたら雷神かも……だった。


「これは、ですね」

 マクシミリアンはなぜか敬語になりながら言う。

「玄関フックに掛かっていたから、手入れしなきゃと思って、ですね。手入れした後に訓練場で巻藁を試し切りしたら、刃ががっちりと芯木に食い込んじゃって、あの、丁寧に取ろうとはしたんだけれど」


 ザイオンは、長い長いため息を吐き終わった後に言った。

「言い訳の前に、言うことがあると、かしこーいお前なら気づいているはずだ」

 正論だとしても、なんでそんな言い方をするんだこの人。

 だからマクシミリアンが、憎まれてるかもって誤解しちゃうのよ。


「ごめんなさい、クロエ」

 と、マクシミリアンはションボリとした様子で、頭を下げた。

 その左頬には、昨日の名残の青痣があった。


「いいのよ。壊れたのは、初心者用の安物だからだろうし、いずれは買い直すつもりだったの。手入れが必要な事も、昨日買ったばかりで、よくわからなくて」

 昨日買ったばかり、がこの場に相応しくない失言だったと私が気づく間もなく、マクシミリアンがローテーブルに手を突いた。

「本当にごめん、弁償するから」


(いいのよ……私が貴方にしてしまった事に比べれば、この程度……)

 胸が苦しい。


「武器庫に使わなくなった上位武器がたくさんあるから、それでいいだろう。壊れたのは、訓練場の巻藁がお前の大剣用に調整された丈夫なものだったからだ。もっとよく考えて行動しろ。それ以前に、他人の物を勝手に触るな!」

 ザイオンが、勢い良く立ち上がったので、怒って部屋を出ていく流れかと思ったら、彼は対面キッチンから朝ご飯を運んできた。私は慌てて、半壊した風神……もしかしたら雷神かも……をローテーブルから片付ける。


 変な雰囲気で始まった朝食だが、硬すぎも柔らかすぎもしないバケットに、たっぷりのスモークサーモンとチーズと野菜の挟まったサンドが、最高に美味しかった。コーヒーも、食堂で飲んだものとはひと味違う。


「うわ、なにこれ美味しい」

「ザイオンは料理もすごく得意なんだ」

「なんでもできるのね!」

「こうすると、野菜が苦手な人でも食べられるんだよ」

「この食材も、この周辺では手に入りにくいものよね?」

「それは、僕が飛竜に乗って、買いに行きました」

 お使いミッションをこなした子どものように、少し得意げに言うマクシミリアンが面白くて、思わず私はふふっと笑みを漏らした。

「コーヒー豆も買ったの? この香りと味は、挽き立てのものを淹れたんじゃない? 手が込んでるね」

「ザイオンはいつも、朝早く起きて用意するんだ」

「このバケットも、手作りね? 宮廷料理人でも、こんなに美味しくは作れないわ」


 その後も、マクシミリアンと私はひたすら賞賛の言葉を繰り返したが、ザイオンの機嫌は一向に改善せず、それどころか表情が険しくなるばかりだ。

 とても、『同居するに当たって幾らお支払いすればいいですか』と切り出せる雰囲気ではなかった。




 という訳で私は、双剣使いを一日で卒業して、棍使いとなった。


 棍の両端には諸刃が付いていて、円を描くように動かして連続攻撃できる。ただ、思い通り操れるようになるには、練習が必要だ。

「ザイオンがかなり使い込んで魔術カスタマイズもしてあるから、鞘が無くても人を傷つけないし、攻撃中はスタミナ切れしないし、地面に突き立てて身体を押し上げる感じで、ちょっとだけ空も飛べるよ」

 マクシミリアンが、踊るように棍ごと身体を回転させて、使い方の例を見せながら言った。バトンのように扱うのかと思っていたのに、身体そのものが回転の中心軸となるような動きが多い。

「でも屋内では天井にぶつかるから、外で練習した方がいい」


 手渡された棍の至る所に、魔方陣が刻まれていた。

(この武器には、どんな名前が似合うかな……? 刀身が黒いから、闇の飛翔棍? もう少し長い方がいいかな。天翔る闇の……はチグハグだし)

 思いを巡らせながら棍を撫で、しみじみと眺めていたら、中央の持ち手のところに、文字が彫ってあった。


『闇より出でし暴虐の暗黒棍』


 見なかった事にした。



「今度から、外出する時は必ずこれを装着しておいて」

 マクシミリアンは、赤い石のついたブレスレットをくれた。マクシミリアンの腕にも、同じものがある。

「ザイオン特製オリジナルのリセットブレスレットなんだ」


 彼の説明によるとそれは、クエストの受付窓口に頼まなくても、表面に刻まれた幾つかの文字を決められた順番に叩けば、その場で家を出た時の状態に身体がリセットされるという優れものらしい。文字は見た事のない複雑な形をしていて、読めなかった。


「お揃いだね」

 と、マクシミリアンは嬉しそうだ。

「ザイオンも、同じものをしているんだ」

 おっとそれは。

 兄弟である事を対外的に否定してきたのなら、この国でも今までにいろんな誤解を生んでそうだ。




 訓練に最適な裏庭があるというので、マクシミリアンと一緒に魔王城の北側勝手口から外に出ると、真っ黒い巨大な爬虫類がいた。

 鱗に覆われた大きな頭部を持ち上げ、ギザギザの歯を見せながら尖った口を半分開けて、胡散臭げに私を見ている。大きな目は青く、縦長の瞳孔が黒い。前肢から身体にかけて、コウモリのような骨格の翼があり、欠伸をすると同時に翼も大きく広がった。

 翼の下に、図体の割にかなり小さい、もう一組の前肢が見えた。香箱を組む猫の前足のように、身体を支えている。

 欠伸の最後に、プシュッと音がして、小さな火が空に放たれた。


「マシュ!」

 マクシミリアンが黒い頭部に下から両手を回し、抱き締めると、巨大爬虫類は上下についた瞼を動かし、青い目を細めた。

「おはよう! 昨日は散歩に行けなくて、ごめん」 


 広い裏庭は、丈の短い芝生に覆われていたが、ところどころ焦げ跡が見える。

「これ、ドラゴンじゃない?」

「飛竜だよ。トカゲ型使役魔獣の一種」

 マクシミリアンが、巨大爬虫類の背中に鞍を付け始めた。


 建物に近い、ある正方形部分にだけ芝生がなく、盛り土がされている事に私は気づいた。引き上げて開けるタイプの鉄の扉が付いている。

 前世の海外ドラマで、よく見かけたタイプのものだ。

「地下室があるの?」

 前の住人が曰く付きのボードゲームを隠しておいたり、行方不明だった被害者が囚われていたり、サイコパスな犯人が家族に内緒のコレクションを飾っておく場所である。


「地下室というか、昔は、そこから地下道に下りて、水を汲んでたらしい」

 マクシミリアンは、巨大爬虫類の首辺りの鱗を撫で回しながら言った。巨大爬虫類は、表情は変わらないが、何となく迷惑そうに見える。

「今は、地下洞窟が崩れるかも知れないから、穴を掘るのは禁止だって」


 私は地下を流れていた川を思い出した。

 ここは、あの川に通じているのか。

 地図で方向を確かめてみないと、と思った。


「この扉、開くのかな?」

 飛翔棍を左手に持ち替えて、扉の取っ手を引っ張ってみたが、開かない。鍵はついていないが、溶接されているようだった。

「結構錆び付いていてボロボロだから、開けられないこともなさそう」


「武器は、両手でしっかり持っていてね」

 近づいてきたマクシミリアンが、私の腹の部分を抱えて、ひょいと持ち上げた。

「えっ?」

 と思う間に、巨大爬虫類の上に乗せられていた。

 後ろに乗ったマクシミリアンが、鞍に付いている安全ベルトらしいものを私の身体に留め始める。


「訓練は?」

「フィールドでやろうよ」

 巨大爬虫類が後肢で立ち上がったらしく、一瞬激しく揺さぶられたと思ったら、地面がはるか下になった。

「高い高い高い」

「そう言えば、マシュが火を噴ける事は内緒だって、ザイオンが言ってた」


 念のため、横倒しにした飛翔棍を手早く安全ベルトに絡めた。

「ねえ。やっぱりドラゴンじゃない?」

 後ろから、マクシミリアンが抱き付いてくる形で、私を支えた。二人とも鎧を装着しているので、互いの身体を意識するような、ロマンある雰囲気にはならない。

「ドラゴンは、もっと凶暴で、プライドが高くて人を乗せたりしないし、山奥で金銀財宝を集めてるらしいよ。マシュは寝てばかりで、凄く大人しいんだ」

 耳元で、マクシミリアンがそう言った。柔らかいものが一瞬耳朶に触れて、私の心臓が飛び跳ねた。

「マシュ!」

 マクシミリアンの合図と共に、巨大爬虫類が地面を蹴って、高く飛び上がった後、一気に高度を上げた。眼下に町の風景が揺れ、あっという間に後ろに飛び去った。

 その後は、風圧と揺れで、会話ができる状態ではなくなってしまった。

初稿 2024.5.23

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