番外編(1)
【注文の多い魔王城】
本筋には関係ないので、読み飛ばしてもOKです。
ほっとした事に、魔王城の中は普通の内装だった。
外側とは真逆の白っぽい漆喰で綺麗に塗り上げられている。
玄関ポーチから入ってすぐの場所には広い土間があり、壁には、フックがたくさんついていた。
壁の上に掲げられたプレートに
『ここに鎧をかける』
と書いてある。
マクシミリアンが鎧を、パーツごとにフックにかける途中、砂がパラパラと落ちた。
なるほど。
私も自分の鎧を外して、空いているフックにひっかけた。
(あとで、時間がある時に手入れしよう)
「こっちが風呂で、こっちが洗濯場」
玄関から真っ直ぐに続く廊下の左右には、幾つもの扉が並んでいて、前世のマンションを想起させるような構造になっている。
広さは二倍も三倍もあったけれど。
案内している途中、マクシミリアンは突然チュニックを脱いで、洗濯場の扉の向こうに投げ捨て、上半身裸になった。
筋骨逞しい体付きを見て、やっぱり男なんだなぁ、と一瞬見惚れたが、痛々しい傷痕が幾つも見て取れて、胸の中心部がきゅっとなった。
『洗濯物は、床に投げ捨てず、汚れ物ボックスに入れる』
『裸でウロウロしない』
『開けたら閉める』
洗濯場の扉にあるプレートを見つつ、マクシミリアンはそのまま行き過ぎようとしたが、思い直したらしく戻ってきて、投げ捨てた服をそばのボックスに入れた。それから、壁際の棚にある畳んだ服を頭から被り、扉を閉めた。
見れば、殆どの扉に何かしらのメッセージの書かれたプレートがついている。
『ここは物置』『掃除用具は洗ってからしまう』『投げ入れない』『開けたら閉める』
「これ、全部ザイオンが書いたの?」
洗面所の扉にある、『帰ったら手を洗え』『開けたら閉める』と書かれたプレートを見上げながら、私は尋ねた。
「そう。綺麗好きなんだよね、ザイオン」
素通りしようとしたマクシミリアンが、戻ってきて、洗面所に入り、蛇口らしい突起をポンと叩いた。
突起の先から水が出てきて洗面台に落ちる。
マクシミリアンは濡らす程度に手を洗った。
もう一度叩くと、水が止まる。
「これも魔道具なのね」
「うーん、多分ね? 共同のパイプから水を引いているけれど、使った分コストがかかるので、雨を溜めて、濾過して、ここに通してるんだ。どの辺に魔法が働いているのかは、よくわからないな」
私も手を洗って、『タオルで手を拭く』と書いてあるプレートの下にかけてあるタオルで水気を取る。
玄関から真っ直ぐに続いている廊下には、『走るな』と書いたプレートがあった。
「ただいま! ザイオン?」
マクシミリアンが、突き当たりのドアを開けながら声をかけたが返事は無い。
「まだ帰ってないみたいだな。……あれ?」
マクシミリアンの後に続いて、私は、居間兼ダイニングの広い部屋に入っていった。
妙に違和感がある。
魔獣素材の広い敷物の上に、三人掛けほどのソファが二つ置かれた区画は、居心地の良い居間になっている。だがその向こう、対面キッチンに面したダイニング部分では、放り出されたように倒れている数脚の椅子が、空虚な空間を囲んでいた。
そこにあって然るべきモノがない。
「テーブル、どこに行った?」
「あ……食堂に……持って行かれちゃったみたいよ? ほら、食堂の損害を賠償するっていう事で」
「あ」
一連の会話を思い出したらしいマクシミリアンは、力なくソファに座った。
「あれ、ザイオンのお気に入りだったのに。僕のせいで……」
と、彼は頭を抱える。
「うわあ、怒ってるだろうな。帰って来なかったらどうしよう?」
そのまま動かなくなったと思ってよく見たら、寝落ちしていた。
(昨日牢屋の中では、寝なかったのね)
そのまま、そっと身体をソファに横たえてやってから、気がついた。
ソファの肘掛け辺りに小さなプレートがある。
『寝るならベッドへ行け』
と、書いてあった。
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