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1番目の婚約解消⑧

 アンジェリアが父の公爵の執務室から自室に戻ると、窓の外は既に暗くなっていた。公爵家の屋敷内には相当の人数が勤めているはずなのに、妙に静まり返っており、嫌な雰囲気で包まれている。

 いつものアンジェリアなら、夕食後を済ませ、寝るまで寛いでいるはずの時間である。

 そんな時間まで部屋に戻らないアンジェリアを、マリアナは心配して部屋でずっと待ってくれていた。


「ーーマリー遅くなってごめんね。疲れたでしょう?」


「お気になさらずーーーお戻りになられないので、心配で時を忘れておりました。やはり何か問題が?」


 少し顔色が悪いアンジェリアを気遣いながら、マリアナは用意していた夕飯の代わりの軽食をテーブルに準備し始めた。


「そうね、何から伝えれば良いのかしら? ーーとりあえず、そう、感謝祭は中止よ。それから、申し訳ないけど、明日の朝一番にコーション国の資料を図書室からありったけ集めてきて」


 アンジェリアが溜め息混じりにマリアナにそう告げると、侍女見習いの立場を忘れてマリアナがぐっと身を乗り出して畳み掛けてきた。


「ーーコーション国の資料でございますか? やはり、先程のカステール侯爵家に関わる事で何か? ーー実は、夕刻より、セーシル公爵家の使いの方が屋敷に出入りしておりまして。何かしら、嫌な予感がしていたのですーーセーシル公爵嗣子様とのお出掛けも中止とはーー」


 マリアナは軽食を乗せた食器から手を離し、捲し立てるようにアンジェリアへ詰め寄ってきた。見かねた先輩侍女は、マリアナを咎め、下がるように指示を出すーーー。アンジェリアも自分の今後の行方に不安を覚えていたが、マリアナのあまりの慌てように、逆にほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。


 ーーーもう、マリーったら4つも歳上なのにそんなに慌てて…もしも、食器を割ったら、明日の一番にセバスチャンかバーバラに説教されるわよ…


「ーーみんな心配してくれてありがとう。そうね、何から伝えれば良いのか……」


 アンジェリアは一旦深く息を吐き出すと、マリアナや侍女達に向き合った。


「ーーーーもうすぐセーシル公爵家とのーールカとの婚約解消の知らせがくるわ。詳しいことは、明日にでもセバスチャンあたりが皆に話すけれど、私は今後、ガーライド王国のーーそうね人質と言ったら大袈裟かしら? ーー近々、コーション国へ出されます」


「なっ!? まさか?! そんな! なぜ、お嬢様が?! それに、コーション国とは正式な国交もないはずーー!! こっ、これは失礼を!!」


 今度は先輩侍女もマリアナと一緒になって、抗議の声をあげた。コーディル公爵家に仕えている者達は、しっかりとした教育を受けた者がほとんどであるというのにーー。

 それだけ幼いアンジェリアが祖国を離れ、コーション国へ出されるのは、寝耳に水と言うこともあり、かなりショックが大きかったのだろう。

 先輩侍女の言う通り、ガーランド王国とコーション国とは正式な国交はない。今後は、ガーライド王国の第一王子のため、魔法石を得るためにも、国同士で調整がなされるだろう。


「お父様のご命令よ。おそらくガーライド国王陛下も当家の決断をご希望のはずーーーマリーと他の者達も、ここコーディル公爵家に残りなさい。ーー実はね、表向きコーション国の王太子の婚約者として向かうの。だからもう、コーディル公爵家には戻れないかもしれないわーー」


 ガーライド王国の第一王子がコーション国の魔法石で回復する確証はない。そして、魔法石が採掘できなくなったからといって、アンジェリアがガーライド王国に戻される確証もない。どちらかと言えば、ガーライド王国の後ろ楯を欲しいコーション国は、アンジェリアを人質として、留め置く可能性が高いと思われた。


「ーー!! 置いていくなんて、そんな! わ、私は、お嬢様と一緒にコーション国へ参ります! ーーもう! お嬢様はお一人で何も出来ないではありませんか!! 私はお嬢様が置いていっても、必ずや追い付いて、お仕えしますからね!」


 いつもはアンジェリアの作法を注意する事が多い姉御気質のマリアナが、アンジェリアのために驚いたり、怒ったりしている。アンジェリアはそれを嬉しく感じたが、マリアナの今後を考えるとガーランド王国にいた方が幸せだろう。これからの将来が不安定なコーション国に連れて行くよりも、コーディル公爵家に留まり、仕える方が良いのは明らかだ。


「ーー! マリーったら、……ありがとう。でも、出立までまだ時間があるから、少し考えてみてね?」


 ーーーマリーと離れることになるかもしれない、もしかしたら、もう2度と会うことすら…


 涙が堪えられなくなりそうだと感じたアンジェリアは、話を切り上げて準備された軽食に手を伸ばした。


 ーーーコーション国については、ほとんど何も知らないわ。明日から少しでも勉強しなくっちゃ


 自室に置かれた、山のようなフォーガス国の本や資料に目を止めると、アンジェリアの目の奥がつんとしてくる。今日の昼までは、ルカと感謝祭に行く約束をして喜んでいたのだ。


 ーーーもう、フォーガス国の勉強も、しなくても良いのね


 難しいとか、量が多いとか、アンジェリアは文句ばっかり言ってはいたが、それでもルカとの将来のために懸命に勉強してきた。それが全て無になってしまい、何をどう悲しんで良いのか、アンジェリアは分からなくなっていた。


「ルカとは、もう会えないのね」


 幼い時からずっと側にいて、これからも共に過ごしていくはずだった存在のルカを、急に見知らぬ国の見知らぬ王太子に変えられたのである。どうしようもないと理解したいのだが、幼いアンジェリアには気持ちが抑えきれなかった。

 アンジェリアの一言にお茶を運んできた先輩侍女もマリアナも、かける言葉が分からなくなってしまい、お互いに顔を見合った。


 ーーーみんなを困らせてはいけないわね


 アンジェリアは食欲などなかったが、何とか用意された軽食を少し食べると、明日からのコーション国への勉強や出立準備のため、早めに眠りにつくことにした。

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