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6:知らなくて良いこと


いつかのランチタイム、アリスは庭園の端にある東屋にいた。


防音効果を付与した結界の中で、アリスはこの国の王太子とのランチを楽しんでいた。


「いつの間にか、君の醜聞が消えてブルーノ公爵令息の醜聞を良く耳にするようになったけど、何かしたの?」

「何の事でしょう?」


アリスは不敵に笑う。

王太子は全てを察して苦笑いを浮かべた。


「そういえば、噂話が好きな侯爵令嬢のお部屋に謎のメモが置かれていたと聞きましたわ。ブルーノ様のお話はそこからじゃないでしょうか」

「怖い人だよ、本当に」

「それは褒め言葉ですか?」

「もちろん」


王太子は肩をすくめた。

アリスは公爵令息の浮気話を流す事で、自分の噂話を打ち消したのだ。


「今日は婚約者は大丈夫なのかい?」

「王太子殿下に呼び出されたとあれば、流石に彼も遠慮しますわ」


最近のキースは、もうすっかりアリスに心酔しており、名実ともに立派なアリスの下僕である。

だから、婚約者が他の男とランチをすると言っても笑顔で送り出した。


「彼はどうだ?」


王太子はサンドイッチを手に取ると、キースについての話題を振る。

アリスは淡々と自身の婚約者について話し始めた。


「彼は大した魔力を持ちませんが、目が良い。【式】の存在に気づくことの出来るほどの魔眼持ちはおりません」

「魔眼か…。都市伝説だと思っていたが…」


魔眼とは魔力を視認できる眼の事を指すが、実際にその眼を持った人間は確認されていない。

歴史上にそういう人物がいたとされているだけの都市伝説だ。

だが、アリスはキースがその魔眼持ちであると主張する。


男爵家でのあの日、アリスは間違いなく【式】越しに彼と目が合った。魔力を付与した【式】は普通視認できない。視認できるのは都市伝説の魔眼持ちくらいだ。


「本人にその自覚はありません。彼は眼鏡をかけていないと視界がぼやけるらしいのですが、魔力を持った人や、魔力を付与されたものはその輪郭だけが色づいて見えるそうです。眼鏡越しだと、普通に見えるそうなので特殊なタイプの近視だと思っているらしくて」

「魔眼持ちにはそういう風に世界が見えているのか」

「眼鏡自体は普通のものでした。どういう仕組みなのか気になりますね。虹彩が普通とは違うという話を聞いたことがあるけれど、本当なのかしら。一度眼をじっくり見させて欲しいと思っているのだけれど、キースはすぐに私から眼を逸らすから中々見れないのです」


アリスは眼をキラキラさせながら魔眼について語る。

その純粋な彼女の知的好奇心に、王太子は寒気がした。


「…人体実験などするなよ」

「そんなことしません。もう彼は私のものですから、これからじっくりと観察していくつもりです」


むくれるアリスに、王太子は小さく息を吐いた。


「だから婚約か?」

「はい。【式】を実用化するなら、我らルーグ伯爵家にとって彼の目は、味方ならこの上なく心強いですが、敵なら脅威です。ならば取り込んでしまおうかと」


アリスはニッコリと笑った。

キースの目はまだまだ未知な部分も多い。使い方によっては更なる利益を産むかもしれない。アリスはここが自分の『結婚』というカードの使いどころではないかと考えたのだ。

王太子は伏し目がちに言う。


「君は自分の結婚までも道具なのだな」

「当たり前ですわ。私の全てはこの国のため、陛下のためにあるものです」


アリスはハッキリと言い切った。


「キース・ダイルは納得しているのか、この婚約」

「納得させました。マーガレットが良い仕事をしてくれまして」

「男爵家はどうするんだ?」

「放っておくつもりです。特に価値はありませんし、支援された金額で業績を回復できないようならそこまです」

「支援を打ち切るというのか?食い下がってくるかもしれんぞ?」

「そうなれば潰しますから問題ありません」

「さすがだな」


アリス・ルーグにとって、落ち目の男爵家を潰すなど雑作もない事である。



「ワトソン子爵は最近どうだ?」

「子爵は最近、新しい魔力供給の理論を提唱しています。それは現在の理論を覆すものなので、他の研究者からはあまり良い顔をされていませんが、彼の発想は魔法具を次の世代へと導くものであると確信しています」


アリスは目を輝かせる。

マーガレットの父、ワトソン子爵は魔法具の研究を専門とする学者だ。【式】をアリスに渡したのも子爵であり、アリスは彼の作る魔法具がこの国の発展には欠かせないものだと思っている。


「子爵の提唱する理論が確立すれば、魔法具は今よりも更に小型化が進みます。きっと帝国の法具に勝るものを作ることができ、帝国も安易にこちらに攻め入ろうなどと思えなくなるはずです」


アリスはこの国の平和のために魔法具の性能を高め、他国へ力を誇示する事で侵略を防ごうと考えているのだ。


王太子はティーカップに並々と入った紅茶に移る自分を眺めながら呟いた。


「…マーガレット・ワトソンは君の友人か?」

「友人…、ですか?」

「どうなんだ?」

「そうですねぇ。近くにいる人間を『友人』と呼ぶのなら彼女はそうなのでしょうが、私はそう思ったことはありませんね。子爵と繋がりが欲しいから近づいたに過ぎませんし…」


王太子の質問の意図が分からず、首を傾げるアリス。

彼女がマーガレットをいじめから救ったのは、父親のワトソン子爵に近づくためだ。

裏で手を回していじめをやめさせ、救われたということを彼女自身に気づかせる事により、彼女のアリスへの感情は押し付けられたものではなく、自分自身の中から芽生えたものであるという感覚を植え付ける。

そうする事で彼女のアリスへの感情は揺るぎないものとなる。


「あの娘は使えるからそばにいることを許しているに過ぎませんから」

「…そうか」


王太子の困ったような笑みを浮かべ、紅茶を一口啜った。


「なあ、アリス。お前は何を望む?」

「この国の繁栄です」

「お前にとっての幸せとは何だ?」

「この国の平和です」


そこに嘘など1つもない。

アリス・ルーグという人間は、その父親同様に愛国心の強い大変優秀な臣下だ。

忠臣として国の未来を支えてくれるであろう事は確実な人物だ。

だがおそらく、彼女は大事な感情が欠落している。


「さすがは優秀なルーグ伯爵の娘だな。君の忠義には心から敬服するよ」


王太子はどこか寂しそうに微笑んだ。



アリスは自分の生まれや容姿、才能が人を惹きつける事を知っている。

だから時折、マーガレットやキースのように扱いやすい駒を増やしている。


アリスがマーガレットを助けたのは、彼女の父に利用価値があるからだ。

アリスがキースを助けたのは、彼の目が欲しいからだ。

アリスは利用価値のない人間など助けない。

マーガレットのいじめも、キースの虐待も、利用価値が無ければ見て見ぬ振りをしていた。


国民という大きな範囲では、キースもマーガレットも彼女にとって大切な存在だ。

だが、アリスは一個人として彼らを見てはいない。



王太子は願う。


キース・ダイルが、マーガレット・ワトソンが、彼女の駒の枠を超えた存在になってくれることを。




今度から、このくらいの長さのものは書き切ってから投稿します…

途中でやる気とかが、しゅるるるーと消えちゃいそうになっちゃいますね。

反省です(・・;)


最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恋愛ものかと思ったら…!! アリスは一種のサイコパスなんでしょうけど、姿勢が合理的で面白かったです。 キースの魔眼も研究が済んだらポイかもしれないので、「キース頑張れ!」って感じですが…。…
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