第三話 早速事件に巻き込まれました。
アウスタリスの背に乗り、現場へ向かう五人のメンバー。恭也とティア、モーコ、そして――。
「くぁ……ねっみぃ」
頭に生えた耳をひくひくとさせ、大欠伸をかいた柄の悪い男。引き締まった体をしていて、黒い毛皮のベストから割れた腹筋が覗いていた。首にはジャラジャラと銀のアクセサリーが下げられており、腰に短剣を携えたその装いは、まるで盗賊のようである。
「スコルク。もっと緊張感を持ちなさい。レベル9の依頼なのよ?」
ティアに叱責されても、スコルクと呼ばれた男の眠そうな表情は変わらない。
「へいへい。で? そいつ誰?」
スコルクは、アウスタリスの背びれにしがみついている恭也を見て顎をしゃくった。
「地球から連れてきた、雄武恭也よ。これから、ハルナの下で仕事をしてもらうの」
「ハルナさんの!?」スコルクは穴が開くほどに恭也をじっと見た。「……そんなすげえやつには見えねえけど」
「ただの雑用よ」
「ここにただの雑用を連れてくるか? 普通……」
「ちょっと、思うところがあってね」ティアは恭也に視線を移した。「この子はスコルク。ブラックパンサーのウォーリアよ」
「よ、よろしくっす」
恭也が会釈をすると、スコルクは「よろしくさん」と手をひらひらとさせた。
――口は悪いけど、いい奴みたいだな。
そんな恭也の第一印象を、スコルクは直ちに覆した。
「しかしよぉ。なんでこのノロマを連れてくるかなぁ」
スコルクがじろりと見た先はモーコだ。
「ご、ごめんね。でも、わたしも頑張るから――」
「てめぇは頑張りゃ足を引っ張るじゃねぇか。ノロマは大人しく――」
「スコルク!」ティアの怒声が夜空に響いた。「モーコを連れてきたのは、わたしの判断よ。文句があるのなら、わたしに言いなさい」
「っち」
スコルクは矛を収めた。
しかし恭也は、不快感を押さえられずに立ち上がる。
「なあ、モーコちゃんに――」
謝ったらどうだ、と言う前に、「やあ!」と恭也の正面に青い肌の少年(少女?)が現れた。
「よろしくね、恭也君。僕はスイレン。水の精霊のウォーリアだよ」
「お、おお。よろしく」
気勢を殺がれ、恭也は震えながら差し出された手を握った。すると、スイレンは手をぐいと引っ張り、恭也に囁く。
「ごめんね、気を悪くさせて。いろいろあってね、しばらく様子を見てくれないかな」
恭也が頷くと、スイレンは「ありがとう」と恭也から離れた。
「えっと、スイレン君……いや、スイレンちゃん?」
スイレンは見た目が幼く、恭也には七~八歳程度に見えた。当然胸はぺったりとしていて、男の子なのか女の子なのか、判別がつかない。
「スイレンでいいよ。精霊に性別はないし。一応、男の子の設定になったみたいだけど。証拠、みる?」
スイレンは紺のジーンズに手を掛けた。
「いやいや! ノーサンキューです!」
恭也は慌てて後退し、アウスタリスの背中の丸みで足を滑らせた。「わっ! ちょっ、やばっ!」と落ちそうになったところを、モーコが手を掴んで引き戻す。
「大丈夫ですか?」
「お、おう……ありがとう」
恭也はガタガタと震え、アウスタリスの背びれに再度しがみついた。
スイレンはお腹を抱えて笑いながら言う。
「ごめんごめん! 可愛い顔してるから、ちょっとからかいたくなっちゃって!」
「勘弁してくれよ、高いとこ苦手なんだよ……ん?」
恭也はモーコに手を握られたままだった。
「あの、モーコちゃん、手……」
「あ! ご、ごめんなさい!」慌てて手を離すと、モーコは伏し目がちに恭也を見た。「あの……さっきは、ありがとう」
「ん?」
「ほら、その……怒ってくれて」
「ああ、結局何も言えなかったし、別に――」
「そろそろ現場よ。雑談はそこまで」
ティアがぴしゃりと言って、全員が進行方向を見た。
地上からのライトに照らされていて、遠くからでも現場の様子がはっきりと見えた。巨大なプロペラ三基で宙に浮く豪華客船――新型飛空艇エスペランサM7――がゆっくりと航行しており、その周囲には、ヘリなどの小型機が忙しなく行き交っている。
「こりゃあ大事だな」
なぜこのような場に連れてこられたのか――ふとティアに視線を移したその時だ。
恭也たちのところまで声が届くほどの、大歓声が上がった。
「アウスタリスだ! フレイムドラゴンが来たああぁぁ! かっけええぇぇ!」
「スコルク! 今回も頼むぞー!」
「モーコちゃーん、頑張ってー!」
「スイレンくーん! こっち向いてー!」
老若男女、誰もが歓喜している。まるでウォーリアたちは、舞台上に現れたアイドルだ。これから命を失うかもしれないというのに、エスペランサM7の甲板にいる人々の表情は底抜けに明るい。
「どうなってんだ? こりゃあ……」
「依頼達成率、百パーセント」
唖然としている恭也を現実に引き戻したのは、ティアだ。
「……なんだって?」
「ウォーリアたちの能力で、多くの難事件を全て解決してきたの。『彼らがくれば、もう大丈夫』。みんな、そう思っているのよ」
「んな、無茶苦茶な」
恭也は顔を顰めた。絶対などあるはずもない。
「それだけの実績を、彼らは築いてきたのよ」
「いや、でもよ。失敗したらどうするんだよ」
「ねえ、恭也」ティアはゆっくりと立ち上がり、眼光鋭く巨大な船を見つめた。「失敗はしない。絶対に。それが、ヒーローというものでしょう」
「ヒーロー……」
国力に大きく関わるウォーリア。恭也は、ようやくその意味が分かったような気がした。
「コンダクター殿ぉ!」
突然、しゃがれた声が聞こえた。アウスタリスに寄せた飛行艇に乗る、もっさりと黒ひげを生やした老齢の男が、拡声器を使って呼びかけている。
「ブライアン警部、お勤めご苦労様です!」
ティアが大きな声で返すと、ブライアンは苦し気に言った。
「かたじけない! 全力を尽くしてはいるが、手詰まりだ!」
「爆発物の位置は特定できましたか!?」
「それが、見つからん! うちの精鋭たちが今も探しておる!」
ティアはふと考えた様子を見せ、続けた。
「燃料の残り時間は!?」
「六十五分! 艦長が言うには、安全な着陸に八分は必要らしい! 実質、五十七分だ!」
言いながら、ブライアンは懐から携帯電話を取り出した。ディスプレイを見るなり鬼の形相へと変わって、声を震わせて言う。
「犯人からだ!」
ブライアンは電話に出た。少しの間犯人と揉めていたようだが、やがて耳から電話を離し、ティアに呼びかけた。
「コンダクター殿に話があると!」
ティアは頷き、懐から鞭を取り出すと、「失礼!」と振るい、ブライアンが持っていた携帯電話に絡めて手元に引き寄せた。
スピーカーをONにして、ティアは携帯電話に語りかける。
「ティアよ」
『これはこれは。お久しぶりですね、お嬢さん。わたしはマハルダ幹部、フォルトと申します』
男の声が聞こえて、ウォーリア達はティアの周囲に集まった。
「なんの用?」
『何の用とは、ご挨拶ですね。わかっておいででしょう? ラディウス様を捕らえたのは、あなた方なのですから』
「リベンジ宣言、ということかしら」ティアが嘲笑した。「あんたたちみたいな三流犯罪人を相手にするこっちの身にもなりなさいよ。煩わしくて仕方がないわ」
『三流ですか……』フォルトが低く笑った。『楽しみですよ。その気高いお顔が苦しみ歪むその時が。さあ、あなたたちに爆弾を見つけられますかな? もっとも、見つけたところでその先にあるのは絶望ですがね』
プツッと、電話が切れた。
「よかったんですか? 挑発しちゃって」
スイレンが心配そうに聞いたが、ティアは不敵な笑み浮かべていた。
「さて、今ある情報を整理するわ」
飛行するアウスタリスの背中の中心に集まり、ウォーリアたち、そして恭也は、ティアの話に耳を傾けた。
「爆弾の位置は、何人もの外部の人間を船に乗せても文句を言わないことを考えると、まず人の力では見つけられないでしょう。スコルクならあるいは……といったところかしら」
「俺の鼻だろ? 任せとけよ」
ティアは大きく頷いた。ブラックパンサーは鼻がいい。広い豪華客船とはいえ、爆発物を嗅覚でとらえるのは容易いことだ。
「んじゃ、俺は先に行くぜ。時間ねえだろ?」
先に行こうとしたスコルクを、ティアは呼び止めた。
「そう、時間がないの。だから、今ある情報であたりをつけるわ……というよりも、ほぼ特定できているのだけれど」
「本当ですか!?」
モーコが驚いて言った。
「ええ。爆弾が作動する条件を思い出して。高度は爆弾に高度計を仕込めば良いでしょうけど、疑問なのはエンジンの停止。一体どうやってエンジンの停止を判断する?」
「メインローターの回転が止まったら……じゃないんですか?」
モーコが答えたが、ティアは首を横に振った。
スイレンが、ハッとして答える。
「オートローテーションですね」
「そう。エンジンを停止しても、自動回転があるの。エンジンが停止したかどうかなんて判断できないわ。ここでヒントになるのが、犯人の言葉よ。彼はこう言っていたでしょ? 『見つけたところで、その先にあるのは絶望だ』と」
「全然わかんねえ……」
うんざりとした様子のスコルクを小突いて、ティアは続けた。
「見つけたって、どうにもならない場所に爆弾はあるってことよ。つまり、エンジンの停止が判断できる部品のどこかに設置――あるいは、エンジン停止に関わる部品そのものが、爆弾である可能性が高いでしょうね」
恭也は、辛うじてティアの最後の説明だけ理解した。そうであるならば――。
「お手上げじゃねえか……」
恭也が頭を抱えて言うと、ティアがキョトンとした顔で聞いた。
「あら、どうして?」
「は? だって、船飛んでんのにそんなところいじれねえじゃん。しかも、部品そのものが爆弾かもしれねえんだろ? どうしようも――」
「どうとでもできるのが、ウォーリアなのよ」
ティアが微笑んで言うと、「うんうん」とスイレンが続いた。
「これでレベル9かあ。思ったより、簡単だったね」
まるで、すでに事件が解決しているような言いぶりだ。頭の中が疑問符で満たされている恭也を他所に、他のウォーリア達も同意見のようだった。モーコはほっと胸をなで下ろしており、スコルクは面倒臭そうに頭を掻いている。
「よかったな。ノロマも役に立てそうじゃねえか」
スコルクが言って、モーコは両拳を握りしめた。
「う、うん! がんばるね!」
ティアがパン、と手を叩いた。
「みんなもう想像がついているみたいだけれど、念のため、作戦を共有しておきましょ」