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第二話 異世界は未来的な都市でした。

 異世界と言えば。


 冒険。バトル。未知の生物。剣と魔法のファンタジー。


 そんなワードが浮かび上がってくるものだ。


 恭也も、ついさっきまではそんな想像をしていた。


 これから俺は、ポヨッペと共に冒険を始めるのではないだろうか、と。


 もしかしたら、悪い奴をやっつけて、ちやほやしてもらえたりするのではないだろうか、と。


 しかし、眼前の光景は、そのすべてを否定した。


 恭也が住まう地球よりもはるかに文明が進んだメトロポリス。


 ファンタジーを蹂躙する、圧倒的な科学。


 どのようにして、この世界が創造されたのか――残念ながら、そんな当然の疑問について考える余裕は、今の恭也には無い。


「死ぬ! 死ぬうぅ!」


 落下し続けること数十秒。恭也は号泣し、迫り来るビル群に恐怖していた。


 元より、恭也は高いところが得意ではない。恭也の受けている精神的ダメージは一入だ。


「ぐえっ!」


 突如、落下が止まる。むせ返りながら状況を確認すれば、巨大な足に掴まれたようだった。


「た、助かった……助かったよぉ」

「情けないわね」ティアの呆れたような声がした。「見た目、なんだか弱弱しいけど……中身もそうみたいね」

「……好きでこういう見た目をしてるわけじゃねぇよ」


 恭也の体躯は、非常に女性的だ。肩は丸みを帯びており、色白で、短髪を長髪にすれば女性と間違えられる。背丈は百七十センチほどあるが、すらりとしたモデルのような体型で、男性的な要素は見当たらない。


「ま、お願いする仕事は体力を使うようなものじゃないから、安心して」

「使ってるよ。もう超使ってるよ。むしろ使い切ったよ」

「向こうについて説明が終わったら、休んでいいから。今日はこっちに泊まって頂戴」

「え!? 帰れねえの!?」

「――見えてきたわ。ウォーリア・タワーよ」


 恭也は瞠目した。いくつもの大きな建築物が建ち並ぶ中で、突出している超高層ビル。円柱形のビルで、周囲にあるキノコ型やリング型の建物などと比較すれば造形は目新しいものではないが、それらも霞んで見えてしまうほどの強烈な存在感があった。


「で、でけえ……」

「国力を左右する組織だもの。そりゃそうよ」

「え? どういう?」

「あそこで、ウォーリア達の育成をしているの。そして、ウォーリアと国力は深く結びついているわ。そのあたりは、仕事をしていればわかるようになるから」

「お……おう」


 訳が分からないままウォーリア・タワーの屋上に着いて、恭也はポンと放り投げられ、ドスンと背中から落ちた。


「ゲホッ、ゴホッ、ってえ……もうちょっと優しく下ろせないのかよ」


 呟いてアウスタリスを見ると、ティアに頭を撫でられている。


「ありがとう。今日はもう休んでいいわ」

「グルルルル……」


 アウスタリスは喉を鳴らし、翼を羽ばたかせ、ビルの屋上から飛び降りた。「あんにゃろう」と恭也は起き上がり、アウスタリスに一言言ってやろうと、屋上の縁に立つ。


「お、おお……」


 腹立たしい気持ちを、夜景が一瞬にして奪い去った。どこまでも続いている不夜城に、恭也は思わず息を呑む。


「ここがわたしたちの国。クレイラ七大国の一つ、セントレイクよ。七大国で最も強い経済力を誇り、たくさんの大手企業本社が集まっているわ」

「すっげぇ……でも、なんつうか……俺の住んでる国が、あと何百年か経ったらこんな風になるような……って感じがするんだよなぁ」


 言い換えるなら、アヴァンギャルドという言葉で表すことができる範囲内の風景に、恭也は違和感を覚えていた。『異世界』にきたのではなく、『未来』に来たと言ったほうがしっくりくる。


「さあ、こっちよ。あ、ポヨッペちゃん、渡しておくわね」


 鳥かごを手渡され、恭也はティアの後をついていった。


 屋上に設置されているエレベーターに乗り、下って開かれた扉の向こうには、広々とした部屋があった。正面には大きなデスクがあり、その手前に高級そうなテーブルやソファ。左右には大きな棚がいくつもあって、ファイルや書物が整然と並んでいる。


「ここがわたしの執務室よ。あ、そうそう――」ティアはデスクの引き出しを開いて小さな機械を二つ取り出すと、それをパソコンにつないだ。「自動翻訳機。日本語に設定して、と――はい! ウォーリア・タワーはいろんな言語が飛び交うから、常に装着しておいてね!」


 恭也は機械を受け取り、耳に取り付けながら、


「便利なもんだな――って、なんでティアは俺の言葉がわかるんだ?」

「地球はレア適合種の宝庫だもの。英語、日本語、ドイツ語、フランス語、中国語――十二か国語ぐらいはお手の物よ。アウスも、わたしと一緒に行動するから勉強して覚えてくれたのよ」

「すっげえなぁ」

「今はクレイラの共通語でしゃべってるけどね。どう?」

「……この機械が役立ってる自覚すらないわ」

「オーケー。それじゃ、今からハルナを呼ぶから、ちょっと――」


 ブブブ、とバイブ音が鳴って、ティアは懐から携帯電話を取り出し、ディスプレイを見て顔を顰める。


「……ごめんなさい、ちょっと外で待ってて。大事な話をするから」

「ああ」


 恭也は走って大きな扉へ向かい、部屋の外に出た。近くにあったベンチに座り、鳥かごを抱え、大きなため息をつく。


「まじで、俺の知らない世界に来たんだな」


 これからどんなことが起きるのかと、期待に胸を膨らませていた。軽率なことをしたのではないかと、後悔も少々感じつつ。


「ピイッ!」


 ポヨッペが鳴いて、ハッとして恭也が顔を上げると、二人の女性が恭也に近づいてきた。


 一人は、眼鏡をかけた、セミロングの黒髪の女性だ。大きな黒い瞳と穏やかな表情は、白衣姿であるにもかかわらず、大和撫子という言葉が似つかわしい。


 そして、もう一人は――。


――や……ヤシの木が……歩いてくる……!


 身長は二メートルを超えるだろう。立ち上がった恭也の視線高さに、たわわな乳房がぶら下がっている。幼い顔立ちで、装いはまるで田舎娘のようだが、麦わら帽子から伸びるシルクのような銀髪のせいか、大人びた印象も併せ持っていた。


 突然、ヤシの木の女性は背負っていた巨大な斧を両手で持ち、刃を恭也に向けて突き出した。


「あなたは、不審者ですか!?」


 恭也は硬直した。見知らぬ男が、お偉いさんの執務室の前で座り込んでいるこの状況を考えれば、確かに不審者である。とはいえ、不審者ですかと問われ、はいそうですと答える者もいるまいが。


「い、いや! 怪しいものじゃないって! その、コンダクター? ティアさんに、ここに連れてこられて、ここで待ってろって言われて――」


「ティアに?」白衣の女性が目を丸くして言って、恭也の前でしゃがみ込んだ。「あら、その子……」


「お待たせ」ティアが部屋から出てきた。「あ、ハルナ! って、あら? モーコ?」


 モーコと呼ばれたヤシの木の女性は、背筋を伸ばした。


「ただいま戻りました!」

「お仕事、お疲れ様! でも、契約は明日までじゃなかったかしら?」

「予定よりも早く終わりまして……『アリオンの祭典』が近いからって、一日早く帰らせて下さいました」


 モーコが困ったように言って、ティアは拳を作り、モーコのお腹をトンと叩いた。


「まだ諦めないで。あなたはSランクのウォーリアでしょ? 出場できるチャンスはあるわ。最後まで、自分を信じて頑張りなさい」

「は、はい……」


 ぎこちなく返事をしたモーコのおかげで、一瞬会話に間ができ、そこに恭也が割って入った。


「『アリオンの祭典』って?」

「ああ、ごめんなさい。その前に、紹介するわね。一級ブリーダーのハルナ・シュミット。前に話したでしょ? で、こっちの子はモーコ。ミノタウロスのウォーリアよ」

「こ、この方、ティアさんのご友人だったんですか!?」モーコが驚いて言った。「ご、ごめんなさい、わたし知らなくって!」


 頭を下げるたびに、モーコの胸が激しく揺れる。


「い、いや、いいんだよ。俺は別に、偉いってわけじゃねえし」


 鼻の下を伸ばして恭也が答えると、ティアはじとっとした目で恭也を見た。


「で、このエロ助は雄武恭也。ハルナのお手伝いをさせるために連れてきたの」

「わたしの?」ハルナが言った。「急に言われても困るのですが……ブリーダーのランクはいくつですか?」

「ブリーダーじゃないわ。ド素人よ」


 ハルナが呆れかえって天を仰ぐと、ティアは「ごめんごめん」と続けた。


「実は、交換条件なのよ。その子、ポヨッペちゃんって言うんだけど、恭也が飼い主でね。どうしても手放したくないっていうから、それじゃ一緒に来なさいってことで、連れてきたの。ポヨッペちゃんもずいぶん恭也のこと気に入ってたみたいだし、ね?」


 目を潤ませて懇願するティアを見て、ハルナはぐったりと肩を落とした。


「そういうことですか。まあ、地球で見つかった適合種はレア率が高いですし、それに鳥類と来たら……ね」

「でしょ!? でしょ!?」


 飛び跳ねるティアを見て、恭也が尋ねる。


「鳥類だと、なんかあるのか?」

「統計上、ヒーラー、エンハンサー、スナイパーの適性がある可能性が高いのよ。どのタイプも、うちでは不足しててね……そこのところ、どう?」


 ティアに聞かれ、ハルナはポヨッペを値踏みする様にじっと見た。やがて、ニヤリと笑みを返す。


「エンハンサー……の可能性が高いですね。しかもレアの」

「イエス!」


 盛大にガッツポーズをしたティア。恭也にポカンと見られていることに気付き、慌てて咳払いをする。


「『アリオンの祭典』についてだったわね。各国を束ねるセントラルにお住まいのアルフレイ皇帝陛下が主催する祭典でね。毎年、ウォーリア達の力比べをするためにトーナメント戦を行っているの。一国ごとに一チーム、強制参加よ」

「ふーん、オリンピックみたいなもんか……力比べって、どうやって?」

「五対五のチームバトル。全滅したら負け」

「おいおい」恭也は不快感を露わにした。「こんなかわいい子を戦わせるってのか?」


 モーコの顔が紅潮し、それを見たティアが、笑いながら言う。


「安心しなさいよ。こんなかわいい子に命のやり取りをさせるわけないでしょう? ウォーリアの能力をデータ化して、それを元に仮想空間でバトルをするの。誰一人、傷つくことはないわ」

「おお……なんかすげえな」

「で、上位に行けば行くほど、その国に莫大な報酬が入るわ。それこそ、『アリオンの祭典』の順位が、そのまま国の経済力を示すほどにね。それで、『アリオンの祭典』でシード国となる一位から七位の国は、『クレイラ七大国』と言われているの」

「へえ……去年は何位だったんだ?」


 ティアの表情が、一瞬曇った。


「二位よ」


 心なしか、くぐもった声を返したティアを訝しみながらも、恭也は言う。


「二位とか、すげえじゃねえか!」

「二位じゃ……駄目なのよ」


 と、そこへ。


 突如、警報音が鳴って、辺り一帯が赤いライトで染まった。うとうととしていたポヨッペが驚き、「ピイッ! ピイッ!」と鳴き叫ぶ中、アナウンスが流れる。


『レベル9の緊急依頼。繰り返す。レベル9の緊急依頼。ウォーリアはコンダクターの指示に従い、迅速に行動せよ――』


「な、なんだぁ!?」


 狼狽えた恭也の肩を、ティアがポンと叩いた。


「大丈夫、よくあることよ。レベル9……大仕事ね」ティアは懐からディジスタを取り出す。「ディジスタ、起動。モード、クエスト!」


『クエストモード、キドウ』


 ディジスタが空中にディスプレイを映し出し、ティアはディスプレイ上で指を滑らせる。


「日本語に翻訳して、と」


 すると、次のような文字が表示された。


 依頼人:

 ブライアン・オルトフ警部


 状況:

 乗客六百九十二名を乗せた大型飛空艇、新型エスペランサM7に、爆発物を設置したとの犯行声明がネット上で流れる。以下の条件のいずれかを満たすと爆発物が作動するとのこと。


・エンジンが停止した場合

・高度が1000メートル以下になった場合

・エンジン稼働中に人質を救出した場合


 爆発物の位置は不明。人質の解放条件として、マハルダの首領、ラディウス・ハワードの即時釈放と、ブリティクスへの移送を要求。

 飛空艇はAC―62―12―21地点周辺を旋回中。燃料はおよそ九十三分で尽きるとのこと。


 依頼内容:全人質の救出


「マハルダ……ね」

「知ってるのか?」

「セントレイクに密入国して大手銀行を襲った重罪人のグループよ。ブリティクスは彼らの出身国だから、首領を匿ってもらうつもりなんでしょ」

「匿う? そんな連中を?」

「ブリティクスは貧困国でね。こういう連中に資金を提供して、外貨を奪わせているっていう話よ」


 ティアはディスプレイを閉じて、モーコに視線を移した。


「モーコ、お仕事が終わったところ悪いのだけど、すぐに準備してくれる?」

「もちろんです!」


 モーコは踵を返し、走り去った。


 次いで、ティアは恭也に視線を移す。


「あなたはハルナに今後について説明を――」そこまで言って、ティアは一瞬考えると、「ううん、あなたも一緒に来なさい」


「はぁ!? いや、あんなやばそうなの、どう考えても俺足手まといだろ!?」

「ウォーリアについて知ってもらう、いい機会だと思うのよ。説明したところでピンと来ないだろうしね」


 ティアは鳥籠を恭也から奪い取り、ハルナに突き出した。


「この子の解析、お願いね!」

「え? ええ、それはいいですけど――」


 ハルナが鳥籠を受け取ると、ティアはディジスタを懐に入れ、恭也の腕を掴んだ。


「さ、いくわよ」

「ここ着いたら、俺休んでいいって――」

「状況が変わったわ」


 ティアは問答無用で駆け出した。


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