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第一話 異世界に放り込まれました。

 木枯らしがびゅうっと吹いて、足元に積もった落ち葉が舞った。


「うう、さみい……」


 身を縮めながらポケットに手を入れ、気怠そうに歩いているのは、今年大学一年生の冬を迎えた雄武恭也である。


 都内の大学に進学し、上京して一年目の冬。一人暮らしの生活が寂しくなり、ペットでも飼おうかと、恭也はペットショップに向かっていた。


「いい暇つぶしになりゃいいんだがなぁ」


 わざわざ上京したにもかかわらず、恭也は目標のない退屈な日々を過ごしていた。なんとなく大学を卒業し、なんとなく就職して、なんとなく結婚し、なんとなく生きていければいい――そう思っている。


 ペットショップに入ると、獣臭さが鼻を突いた。狭いボックスの中を飛び跳ねる犬、ぐっすりと眠っている猫。それらを横目に、恭也は歩みを止めず、奥の方へと向かう。


 着いた先は、小鳥コーナーである。小鳥ならば、恭也の暮らすマンションで飼っても構わないらしい。初めは熱帯魚を考えたが、調べると飼育がかなり大変そうで、ハムスターはどうかと思ったが、小鳥よりは興味がなかった。


 セキセイインコに文鳥に十姉妹。様々な小鳥たちが騒がしく囀る中、恭也はある小鳥に釘付けになった。


――なにこれ、めっちゃかわいい。


 それは、オカメインコだった。


 黄色い顔に赤いまん丸ほっぺ。つぶらな瞳。パールの羽毛。すらりとしていながらも、美しく丸みを帯びているそのフォルムは、まるで一流のモデルのようである。可愛さの為に緻密に計算されて生まれてきたのではないかと、そう思えてしまう。


「オカメちゃんをお探しですかぁ?」


 夢中になっている恭也を現実に引き戻したのは、小麦肌の、ゆるふわウェーブ金髪ギャルであった。ネームプレートをつけていることから察するに、店員のようだ。


 耳には大きなピアスをつけ、ペットショップの店員らしからぬ装い。恭也は引きつった笑みで質問に答えた。


「ええ、まあ」

「マジかわいいっしょ! ほら、おにーさんガン見してるよ!?」


 突然のタメ口に戸惑いながらも、恭也はオカメインコを見つめ返す。すると、オカメインコは恭也の顔に飛びつかんとする勢いで籠の網にしがみつき、網をくちばしで齧り始めた。


「わっ! やばたん! この子おにーさんのアモーレほしいって!」


 早々にこの場から立ち去りたいという気持ちを暗に込めつつ、


「俺も、まあ、こいつ気に入ったんで、買って帰ります」

「あげぽよー! じゃ、こちらへどぞどぞー!」


 恭也はレジまで連れられ、店員に渡された書類に必要事項を記入していく。その間、「おにーさん恭也って言うんだ!」だの、「ちょ、字うま!」だの声を掛けられ、恭也は愛想笑いで応対していた。


――ん?


 背後に視線を感じて振り返る。すると、二つの人影がさっと商品棚に隠れた。


「どしたの?」


 店員に訊かれ、「いや、気のせいです」と返して再び書類へ。すべて書き終えて、ようやく解放されるかと思いきや――。


「おっさん! あ、餌いるっしょ!? あと吊り橋とかー、ブランコとかー、あとね、あとね――」


----


 かくして、オカメインコを自宅のマンションまで連れ帰った恭也は、一人頭を悩ませていた。


――金使いすぎたわ……。


 オカメインコ自体の価格もさることながら、籠代や餌代、オカメインコの遊び道具、その他諸々をギャル店員の勢いのままに購入する羽目になり、出費がかさんでしまった。


 そして、頭を悩ませる理由がもう一つ。


「名前、何にすっかなぁ」


 そう呟くと、オカメインコは期待に満ちた目で恭也を見た。


 恭也はしばし、思考を巡らせた。


 このオカメインコを見ていて思い出してしまうのは、あの腹立たしいギャル店員である。訳の分からない言葉を使われ、まるで宇宙人と会話させられている気分だった。


 辛うじて耳に残っていた『あげぽよ』。ネットで調べてみれば、『あげ』はテンションが上がっている状態を指し、『ぽよ』はかわいいからなんとなくつけているらしい。


――『ぽよ』に唾を吐いてやったらどうだ? 『ッぺ』と。そう、『ポヨッペ』。こりゃいいな。


「お前の名前は、今日からポヨッペな」


 どうやら気に入ったようで、ポヨッペは「ピィッ!」と元気よく返事をした。


 恭也が籠の入口を開けて手を入れると、ポヨッペは片足ずつ手のひらに乗った。あっさりと手乗りを達成でき、機嫌を良くした恭也は、胸からお腹にかけてポヨッペを撫でてやる。ポヨッペはもぞもぞと体を揺すり、指で首元をこすってやれば、気持ちよさそうに目を閉じる。


――さて、もう一時過ぎたし、そろそろ寝るかな……ん?


 コンコン、と。


 何かを叩く音が聞こえて、恭也は訝しんであたりを見回した。気のせいか、とポヨッペに再度視線を移すと、またコンコン、と。どうやら、窓が叩かれているようだ。


「おい、十五階だぞ、ここ」


 ポヨッペを籠の中に戻し、恭也はカーテンを開けた。


「グオオォォ……」


 窓越しからも聞こえる唸り声。恭也は硬直し、刹那我を失った。


 大きく広げた翼を含めた全長は、十メートルはあろうか。全身を覆う真紅の鱗は月光に照らされ、一層映えている。


 この眼前の巨大生物を名状するならば――そう、ドラゴンである。


 思わず、恭也はカーテンを閉めた。


 これはいったい何事か。ああ、きっと幻覚だ。ちょっと疲れているんだな。そうに違いない。


 と、再度カーテンを開けてみる。


「グオオォォ……」


――ああ……俺、死んだわ。


 思えば、空しい人生だった。


 特に生きがいを感じていたわけでも無く、何かを達成したわけでも無く。


 けれど、きっとこれから、もう少しマシな人生になるだろうと、そう思っていた矢先。


 がっくりと膝をついた恭也の目から、ほろほろと涙がこぼれ落ちた。


 すると突然、ドラゴンがすっと退いて、ベランダに女の子が舞い降りた。琥珀色の双眸が、恭也の視線を吸い寄せて離さない。肩にこぼれかかる艶やかな金色の髪と、透き通るような白い肌。紛うことなき美少女である。


「恭也君よね? ちょっと、開けてもらえる? 君に大事な話があるの」少女は焦りをにじませた。「お願い、早く。人目につくと面倒なのよ」


――と言われましても。


 ドラゴンが向こう側にいて、窓を開ける勇気は恭也には無い。


 少しずつカーテンを閉めながら、恭也は答えた。


「いや、それはちょっと。勘弁というか。むしろ俺、逃げたいっていうか」

「え? ……ああ、この子ね。大丈夫、大人しくていい子よ。危害は加えないわ」


 そう言って、少女はちょいちょいとドラゴンに向かって手招きをした。ドラゴンの身体が輝いて徐々に小さくなり、やがて気位の高そうな赤髪の美しい女性へと姿を変える。


 全裸の。


「どわあああぁぁぁ!」


 恭也は絶叫し、顔を真っ赤にして全裸の女性に背を向けた。


「年頃の男の子には刺激が強すぎたかしら。ちょっと待ってて」


 少女にそう言われて数分。「もう大丈夫よ」と声がして、恭也が恐る恐る振り返ると、赤髪の女性は黒のパンツスーツ姿で会釈をした。


「さ、そろそろ中に入れてもらえる?」

「どうなってんだよ、これ……」


 恭也が窓を開けると、「ありがとう」と少女は微笑み、部屋の中に入ろうとする。そこを、赤髪の女性――ドラゴン?――が少女の肩を掴んで呼び止めた。


「地球の日本という国では、室内では靴を脱がなければならないそうです」

「そうなの? さすがはアウスね。あなたを連れてきて正解だったわ」


 少女がそう機嫌よく褒めれば、アウスと呼ばれた赤髪の女性は誇らしげに会釈をする。


 恭也は二人が中に入ってすぐに窓を閉め、捲し立てた。


「なんなんだよ、あんたら! なにもんだよ!? 今のなんの手品!? てか何しに来たんだよ!?」

「そんなに、いっぺんに聞かないでよ。順を追って話すから」少女はブラウスの襟を正した。「わたしはティア=シルベストロ。ティアでいいわ。『クレイラ』っていうところから来たの。この子はフレイムドラゴンのウォーリア、アウスタリス――」

「OK、大体わからない」


 ティアは呆れ顔で両手を腰に当てた。


「だから、ちゃんと話すって言っているでしょう? せっかちね。『クレイラ』は、地球から遠く離れたわたしたちが住んでいる星のことよ。そこでは、動物を進化させる技術があって、その施術をされた個体を『ウォーリア』と呼んでいるの」


 恭也はアウスタリスに視線を移した。ティアの話は土台信じられるようなものではないが、アウスタリスがドラゴンから人間の姿に変形したことは紛れもない事実だ。


 常識では計り知れない何かが、目の前に存在している。それだけは確かだった。


「……うん、続けてくれ」

「今みたいに、ウォーリアとなった個体は、特殊な能力を発動できるようになるわ。でも、どの動物でもその技術の恩恵を受けることができるわけじゃないの。適合種と呼ばれる、施術が可能なほんの一部の生態だけなのよ。だから、とても貴重でね――そろそろ、わたしの言いたいことがわかったんじゃない?」

「まさか……」


 恭也はぎこちなく首を回し、鳥かごの中で首を傾げて佇むポヨッペを見た。


「そう! その子が、その適合種なのよ!」


 驚いたか! と言わんばかりに少女はビシッとポヨッペを指さしたが、恭也にはイマイチその凄さを実感できず、ただポカンとした。


「……反応薄いわね」

「ティア様」アウスタリスが言った。「彼の言動から察するに、恐らく彼はバカなのでしょう」


 ティアは、憐れむように恭也を見た。


「……なるほど。それは不幸ね」


――いや、だれでも反応に困るだろ。


 恭也は不服そうに顔を顰めたが、ティアは気にも留めず続けた。


「その子を買いに行ったら、先にあなたに買われちゃって。譲ってほしいのよ。そうね、あなたが支払った金額の倍を払ってもいいわ」

「いやだね」恭也は即答した。「こいつは気に入ったんだ。例え百万払うって言われても、譲る気はないね」


 そうだそうだ! と言わんばかりに、ポヨッペが「ピィッ!」と鳴いた――が、ギロリと恭也を睨んだアウスタリスに怯え、縮こまる。


「先ほどから聞いていれば……誉れ高きコンダクター、ティア様に対し、その無礼な態度。その舌、焼いてやろうか」

「おわっ!?」


 アウスタリスの口内からあふれ出た火炎。やはり、この赤髪の女性はドラゴンなのか――そう実感させられ、恭也は後ずさった。


「いいのよ、アウス」


 ティアが制止して、アウスタリスは炎を飲みこみ、慇懃に会釈をした。


――じょ、冗談じゃねぇ。


 下手に刺激して、部屋を焼かれてしまったらたまったものではない。穏便に終わらせようと、


「も、もういいだろ? 夜も遅いし、そろそろ勘弁してくれよ」

「そうはいかないわ」少女がベッドに座り、余裕の笑みを見せた。「では、一千万ならどうかしら」

「……はあ?」

「一千万ならどうか、と聞いているのよ。この国の貨幣は持っていないから、一千万相当の品を用意することになるのだけれど……何がいいかしら?」


 聞かれたアウスタリスが答えた。


「金、がよろしいかと。地球では貴重な金属ですから」

「そう。君、どうかしら?」


 あんぐりとしていた恭也だったが、その表情が次第に下衆な笑みへと変わっていく。それを見たポヨッペが、「ピ、ピィ?」と不安げに鳴いた。


「ちょろい男ですね」


 アウスタリスが言って、恭也はハッと我に返り、ムスッとしてそっぽを向いた。


「いーや! 譲らないね! 億だって譲らないね! こいつと俺はもう一心同体! 何があっても譲る気はないね!」


 たかが小鳥一匹にそんな法外な価格で取引するなどあり得ない。きっとポヨッペを騙しとるつもりなのだろうと、恭也は警戒した。


 一方のポヨッペは、「ピィー!」と喜びの舞を踊っている。


「ちょっとぉ、商談の邪魔しないの」

「申し訳ございません、口が滑りました」


 そう言って、そっと口を押さえたアウスタリスの表情からは、反省の色は一切うかがえない。


「困ったわね……地球の適合種、レア率が高いのは間違いないのだけれど、さすがにスキルも適性もわからない状態で、これ以上は――」ティアがパン、と手を叩いた。「そうだ! 恭也君もポヨッペちゃんと一緒にクレイラへ来るっていうのはどうかしら? うちでバイトしてみない? 高額な報酬を約束するわ」

「ティア様、それはちょっと……」


 慌てた様子で遮ったアウスタリスを、ティアはキョトンとして見た。


「あら、どうして?」

「え? いえ、つまり、その男が、我々の国に来るということですよね?」

「ええ。『ディジスタ』で行き来には困らないし、『アリオンの祭典』が近いから、ハルナも忙しいじゃない。しばらくその子――名前、何?」


 ティアに聞かれ、恭也は「ポヨッペ」と答えた。


「変な名前ね。まあいいわ。ポヨッペちゃんを見てくれる人が必要でしょ?」

「そ、それはそうですけど……」


 会話はまるで理解できないが、恭也は目を輝かせていた。ライトノベルやアニメ、すなわち空想の世界の産物である『異世界』が、本当に存在するという。そんなものがあるならこの目で見てやろうじゃないかと、虚無感で満たされていた恭也の心に、好奇心という名の火が灯った。


「ちなみに、どんな仕事?」

「我が国が誇る一級ブリーダー、ハルナの下で働いてもらうわ。基本的に、ポヨッペちゃんの初期育成のお手伝いになると思うけど……それ以外のちょっとした雑務もお願いするかも」

「お、そんなんでいいのか? じゃあ、やってみるわ」

「おい、貴様!」アウスタリスが目をいからせた。「ハルナ様の下で働けることが、どれほど光栄で、どれほど幸運なことなのか、わかっているのか!?」

「いや? さっぱり」


 あっけらかんと恭也が答えると、アウスタリスは体を震わせ、身体からチリチリと火の粉があふれ出した。


 そんなアウスタリスの頭をポンと叩き、ティアが言う。


「仕方ないわよ、まだ何も知らないんだから。これからいろいろ、覚えていってもらいましょ。それじゃ早速」懐から黄金色に輝く小さな正方形の物体を取り出し、指先の上でくるくると回転させた。「これは『ディジスタ』。コンダクターのみ所持が許される特殊なロボットよ。わたしの声だけに反応するの」


 得意気に言うと、ティアはパシッとディジスタを掴み、手のひらの上にのせて語りかけた。


「ディジスタ、起動。モード、転移!」


 ディジスタはゆっくりと回転しながら、空中へ浮きあがった。やがて、網目状に光の線が走り、キューブパズルのような様相を見せる。


『テンイモード、キドウ』


 ディジスタから音声がして、一瞬で小さな立方体に分解し、それらは徐々に円を成す。


「ど、どうなってんだ? これ……」


 円の中は真っ白な空間で満たされており、恭也はそこに手を突っ込んでみた。どういうわけか、反対側から手は出てこない。しかし、手の感覚は確かにある。


「リンク地点、『セントレイク』。AC―65―92―9」


 ティアが続けると、真っ白な空間は目映く発光した。


「うおっ!?」


 恭也は慌てて両腕で光を遮る。徐々に光が弱まるのを感じて、恐る恐るディジスタを見ると、円の中は真っ暗な空間に――否、よく見てみれば、いくつもの小さな光が瞬いている。


 恭也はディジスタに近づき、円の中を覗きこんだ。


「うっそだろ……」


 その光景が、星空であると認識するのに、時間はかからなかった。見下ろせば、高層建築がいくつも並び、煌々と闇夜を照らしている。


 この円を通じて、恭也の部屋がどこか遠い場所とつながった。


 恐らくは、ティアの言う『クレイラ』という星に。


 見たこともない建築、見たこともない飛行物体。目に飛び込んでくるあらゆる事象が、地球ではないどこかであることを証明している。


「ほら、さっさと飛び込んで」

「……は?」


 ティアに言われ、恭也は素っ頓狂な声で返した。


「わたしはディジスタを回収しなくちゃいけないし、アウスはまた服脱がなきゃいけないから。先に行って」

「いやいや、ティアさん、ご冗談を。俺死んじゃうでしょう?」

「大丈夫よ。落ちてる間に、アウスが拾うから」

「いやいや、その前に俺の心臓がね? いきなりスカイダイブとかマジ無理――」


 アウスタリスが怖じる恭也の襟を掴み、


「さっさと行け」


 と、恭也を円の中に放り投げ。


「どわあああぁぁぁ!!」


 恭也は新しい世界に、飛び込んだ。


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