夢の中の住人
壁に飾られた花冠が火光虫の優しい光に照らされる。
また一つ、素敵な思い出とともに宝物が増えた。ドライフラワーにして大切に残しておきたい。
今日の日記は書くことがたくさんある。それはもう楽しいサマーパーティーだった。
いつかこの日記を見返した時、芳しい花の香りとともにあの幸せなひと時を思い出すことができるだろう。
『メリッサ、まだ寝ないのか?』
バルカンがギラリと鋭い牙を剥き出しに、大きな欠伸を一つする。
それに釣られてペルーンが小さな口をめいいっぱい広げて欠伸した。まだ幼獣のため頭が重たいのか、ころりと床に転がって丸いお腹を弾ませた。
聖獣たちの眠気に誘われて、小さくあくびを噛み殺す。瞬きを繰り返せば、まつ毛に涙が散らばった。
しょぼしょぼする目を擦っていると、そっと自分より大きな手がそれを遮る。
「あまり擦ると目を傷めるぞ」
私の手からジークが万年筆を取り上げ、さぁさぁとバルカンのもとへ誘導する。真っ赤な毛皮に身をゆだねながら彼を見上げて不満をもらす。
「まだ書きたいことがいっぱいあったのに……」
「もう遅いから、それは明日な」
駄々をこねる子どもを寝かしつけるようにジークが私にブランケットをかけてくれた。限界を迎えた瞼が降りる。
「おやすみ、メリッサ」
彼の低い心地良い声と額になにかふわりと触れて離れていく頃、私は夢の中へ旅立った。
シャンッ、シャンッ――。
鈴の音が聞こえる。辺りを見渡せば鬱蒼とした魔物の森とは違う日当たりの良い丘の上に立っていた。
樹齢何千とありそうな立派な大木の下に、白い羽衣を着た小さな少女が銀色の鈴を手に舞っている。持ち手には見覚えがあるような、ないような。繊細な紋様の細工が施されていた。
薄い菫色の髪をなびかせ少女がこちらを振り向いた。私に気づくと驚くように目を見開き、そして瞬く間に頬を薔薇色に染めてそれは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「あぁっ、やっと会えたのね! 私の、私たちの聖女様!」
手を取られクルクルとその場を回る少女に振り回される。訳もわからずなすがままだ。
世界がクラクラと回り出した頃、ようやく手を離してもらえた。
天真爛漫なその少女は地図に載っていない辺境の地で巫女をしているそうだ。
彼女の名はクランディア。
頭の良い自慢の双子の兄がいて、仲の良い幼なじみは銀細工職人の三男坊。
このあと村一番の長寿、ばぁばの授業があるのだとか。話が長く同じことを何度も繰り返すため耳にタコができそうだとむくれている。
「兄様は歴史の授業が好きで私は眠たくなるから嫌い」
居眠りをしてばぁばに杖で叩かれる前に、いつも三男坊が起こしてくれるのだとか。お喋り好きなのか相槌を打つ私に身を乗り出すように話し続ける。
忙しなくコロコロと表情が変わるクランディアが可愛くて、ふふふと笑う。そんな私に彼女が目を輝かせ嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「おぉ~い! クランディアどこだぁ? そろそろ婆様の授業だぞー!」
例の三男坊らしき少年が丘の下でキョロキョロと辺りを見渡している。
「あ、もう時間だわ。私そろそろ行かなくちゃ……」
残念そうにため息をついたクランディアが当たり前のように、私の頬に柔らかな頬を擦り合わせるとそっと額にキスをした。
きょとりと彼女を見下ろす私にクランディアはにっこり笑う。
「これは私たち一族に伝わる親愛の挨拶よ。ねぇ、私にもして?」
可愛いらしく首傾けねだる彼女に微笑み頷くと、そっと柔らかな頬に顔を寄せ、形の良い額にそっとキスをした。
「また逢いましょう。私たちの聖女様……」
満足そうな笑みを浮かべた彼女がそう囁くと、何かに吸い込まれるように眩しい光に包まれた。
まつ毛を震わせ重たい瞼を開く。すると、いつもの見慣れた窓から陽の光が差し込んでいた。
「夢……?」
不思議な夢だったけど、なんだかすごく楽しかった。いつもあるはずの毛皮に頬ずりをして微睡みながら再び瞼を閉じようとした時、違和感を感じて窓を見た。頬に当たるのは回遊蚕の布で作ったクッションだし、なによりいつも起きる時間より明らかに陽が高いではないか。
「しまった、寝坊だわ!」
パッと体を起こすと、はらりとブランケットが落ちた。いつもいるバルカンもペルーンも側にいない。どこか出かけているのだろうか。そう思った矢先、キッチンのほうで騒がしい声が聞こえ。
『こらチビ、洗い場の中で遊ぶなと何度言ったらわかるんだ!』
「クナァ?」
「びしょ濡れじゃないか。拭くものを持ってくる」
苦笑いをしたジークがキッチンからでてきた。慌てて寝癖を直していると彼がこちらに気づいてふっと微笑んだ。
「メリッサ、おはよう。そろそろ朝食ができるぞ、顔を洗っておいで」
その微笑みに既視感を覚えた。その正体を思い出そうとぼんやりしていると焦げ臭い香りが鼻を突く。
『ジーク! 早く来い卵が焦げてるぞ!』
「えっ!?」
慌ただしくキッチンに消えて行く彼の背中とバルカンの荒ぶる声に、掴めそうだったそれが雲散する。少し残念な気もするが、早く顔を洗いに行かねば。伸びをして立ち上がれば、白い布巾を被った何かが足元を横切った。
それは水滴を転々と落とし部屋中を闊歩する。綺麗好きな聖獣に見つかる前に、この小さな悪戯っ子を捕まえねば。こちらも慌ただしい追いかけっこが始まりそうだ。
あけましておめでとうございます。
長らくお待たせいたしました連載を再開いたします。
どうぞよろしくお願い致します!






