10 直接取引
毒抜きとして森のダンジョンに行きボスを倒した後、流石にくたびれて自室に戻ってきた。
暖炉に火つけユラユラと揺れる火を眺めていると、子供時代のレイスとしての記憶が少しずつ脳裏に蘇って来る。
隣の家がリーダーの実家で、よく、遊んでもらっていた。
あの日も俺はリーダーの家に遊びに行っていた……緊急事態が発生し、俺はリーダーと、リーダーの家族によって避難所に連れて行かれた。
皆非難しているだろうと思った避難所の中、そこに俺の家族は誰もいなかったんだ。
暖炉からはパチ、パチッと木が燃える音がする。
ユラユラと揺れている火。
あの日の村も彼方此方で火が上がっていた。
避難所を抜け出して戻った実家、燃えている家の前には、父さんに買ってもらったウサギのぬいぐるみを抱いて号泣している妹。
俺はその光景を見て悟ってしまった、燃え崩れた家の中に父さんと母さんがいるんだって……。
両親の代わりに、なにがなんでも妹は守る、そう決意して駆け寄ろうとした時、妹に向かって燃えた瓦礫が落ちてきた。
守るんだと決意したばかりなのに守れないのかって、絶望したっけな……。
けど、その時出たんだ。
ドス黒い網目状の丸い玉……闇属性の捕縛トラップが。
ソレは瓦礫が妹を直撃する寸前、妹を包み込んで何処かに消えた。
7年も昔のことになるんだな……。
ピンポーン。
突然チャイムの音がして我に返る。
今日は疲れ過ぎているせいで昔のことを思い出したのかもしれないな。だったらさっさと寝……じゃない、来客だ。
どうせリーダーだろうってことで軽装のまま玄関を開けてみると、そこにはハート柄のトリが立っていた。
1日の間に軽装著しい格好を2回も見られてしまうとはっ!
「なっ、なに?」
なにしに来たんだ?
まさかさっきまでやっていたインテンシブ・トライアルで入手したアイテムを売りに来たとか?
「紅蓮さんに頼まれて……これ」
紅蓮、と言うのはリーダーの名前だ。
そのリーダーに頼まれたと言うのは、明らかに手作りと思われるサンドイッチの入ったタッパーなんだけど、これを持って来るってことは……たった今までリーダーの部屋にいたってことか。
実践訓練の後は座学まで?
同じ双銃器使いとして、色々とアドバイスとかできることは多いのかもな。
「どうも。確かに受け取りました」
夕飯は食べてないけど、流石に疲れ過ぎてて食欲はないから、これは明日の朝にでも食うとするかな。
リーダーは明日も練習、とか言ってたけど俺に直接行くぞとは言わなかったから、明日の俺は自由参加で良いってことなんだろう。
だったら、行かない。
20階までを練習する訳だから俺ができることなんかヘッドフォンで音楽聞きながら見てるだけという寄生行為しかない。
60階までするとなってもエリート双銃器使い2人にかかれば俺の後衛攻撃なんか必要ない程の攻撃力がある。
だからって双小剣で行ってみろ、ステージクリアーすら危うくなるどころかナビゲーターがどんなことを言い続けるか分からない。
人の悪口ともいえる言葉を聞き続けなきゃならないなんて、かなりの苦痛だろう。
インテンシブ・トライアルはたしかに報酬は美味しいけど、それらを差し置いてでも行きたいってことはないし、ボォーっとエリートの戦いっぷりを眺める位なら不味くても双小剣を振って自分で稼ぎたい。
それに、なにより俺は今プレミアム冒険者!
明日には短い毛を買いにシエラが来るってことだし……あぁ、プレミアム冒険者になったってことを先に連絡しないとな。
まぁ、シエラのことだから既に知ってそうではあるけど。
しまった、まだあの毛の山から長い毛と短い毛の仕分けができてないし、相場を考慮した金額設定にしないとだから現時点での取引相場も知りたい!
「え?これからでかけるの?」
さっき帰った筈のハート柄のトリは、まだ冒険者の居住エリアの入り口に向かって移動中で、個人商店に向かうために走っていた俺を見つけるなりチョコチョコと走って近付いてきた。
可愛っ……!
じゃなくて、これからどこ行くんだって聞かれてるんだ。
「個人商店で調べたいことがあってさ。それに明日売るための仕分け作業も残ってるし……えっと、明日からの特訓も応援してるよ。じゃっ、おやすみ!」
言いたいことを詰め込んで挨拶をして、ヒラヒラと手を振って別れた後やってきた個人商店。
他の店を回って分かったことは、短い毛の取扱店が異常に少ないことと、その取引価格の低さ。
中には売り物にはならなそうな素材を1つの箱にまとめて入れ、一掴み100ゴールドとかいうエンタメにしている店まであるほどだ。
毛の状態は良くないが、価格がこんなにも安いんじゃあ高値は付けられないな……。
それに、シエラは短い毛は矢の羽に使えると言っていたけど、販売されている矢には俺もよく知る鳥の羽が使われているモノしか見かけない。
つまりは、相場が全く分からない。
しょうがない、分からないなら買い手当人に現物を見てもらっていくら出せるのかを直接聞こう。
というわけで自分の商店に戻ってみれば、毛と一緒に買い取った嘴が予想していたよりも早く売れていた。
この調子でプレミアム冒険者になるための費用も差し引いての黒字を目指そう。
「あら、本当にプレミアムになったのね」
徹夜明け、なんとか短い毛の選別を終わらせて早速シエラに連絡を入れた。
で、その第一声がコレ。
「なったよ!で、色々聞きたいことがあるんだけど、まずは現物を見て欲しいから店に……」
「来たわよ」
「はやっ!」
まさか夜通し店の前で待ってたなんてこと、ないよな?
いや、そこを掘り下げても話しが進まないから、さっさと毛を見てもらおう。
まずは藍から買い取った毛も山から短い毛だけを取り分けたものを置いた。
「昨日言ってた毛がこれ」
と、相場が全く分からないってことは隠して商品を見せた。
「コーヒーカップに2杯分って話だったけど……あなたの持っているカップは私の知るものよりも大きいみたいね」
「マグカップでコーヒーを飲んでるんだ。で、いくらで買ってくれるんだ?」
あくまでも俺は希望価格を聞いてるだけですよっと。
「はぁ、私が相場に関して疎いってことは知ってるわよね?良いから値段を教えて頂戴」
あー……そんなことを商売相手に言っちゃっていいのかよ……。
そうか相場が分からないなら吹っ掛けてやろうって吹っ掛けられるぞ?
とはいえ、シエラが相手なら俺も正直に言っても良いか。
「それが個人商店での売りがなくてさ、相場が分からないんだ。いつもはいくらで買ってるんだ?」
まさか毎回100ゴールド一掴みの店で調達していたわけじゃないだろうし、採取系のクエストをギルドに依頼していたわけでもないよな?
シエラは指を顎に当てて深く考えるそぶりを見せながら、視線を彼方此方に泳がせている。
店内のどこを見ても、短い毛の値段のヒントになるようなものはないと思うぞ?
「そうね……そうだ、長い毛の相場はいくらなの?」
そうきたか。
長い毛は色々加工ができるから、結構な店で取り扱われていて、その相場は普段ならカップ1杯分3000ゴールド程度ではあるけど……今は何故か値段が高騰していた。
聞くところによると買い占めている奴がいるんだと。
新しいレベル体制になることを記念したアクセサリーを作ろうとしている生産系が何人かいるそうだ。
「長い毛の今の相場ならカップ1杯5000かな」
「……じゃ、じゃあ……そうね……短いのを全部買うから、6000でどうかしら」
予想よりも高値だ。
「まいど。それと他にも見て欲しいんだけど」
と、俺は梱包した毛の横に昨日毒抜きとして行った森のダンジョンの手前の方で出現する小型モンスターの毛を置き、その横に森のダンジョンにある川や池、湖付近にのみ住んでいる小型モンスターの毛を置いた。
「せこい商売するじゃない……」
とかなんとか憎まれ口をたたくシエラだが、とれたての短い毛を手にして満足そうな表情だ。
「どちらかを今後うちの店で取り扱おうと思ってるんだけど、どっちがいいと思う?」
ダンジョン手前の毛なら気軽に採取に行けるから安定した量と価格での提供が出来るが、水辺に棲んでいる方だとまずそのモンスターを探すことが難しくなるから、品質は良くても量と価格は安定しにくい。
常に店に置いている状況にするのならダンジョン手前の小型モンスター一択だ。
「いつでも買える状況を作ってくれるのなら、どちらでも構わないわ」
口でそう言いながら、シエラは高々と水辺でとってきた毛の方を俺に突き付けて見せてくる。
どちらでもいいけど水辺の方が手に入った時には知らせろと、表情と行動ひとつでこんなにも考えていることを伝えられるのは、一種のスキルなのではないだろうか?
なら最後に。
「昨日、ネズミ系なら水を弾くから矢の羽に使えるって言ってたよな?けど、どの商店を見ても普通の鳥の羽で作られた矢しか売られてなかったぞ?本当にこの短い毛で矢が作れるのか?」
もし広く流通しているモノだとしたら、取り扱っていない商店が1件もないことが不自然だし、そもそも短い毛自体の価値が低過ぎることにも疑問がある。
「そりゃそうよ、これから作るんだもの」
これから作ると言って毛を買いに来てるんだから、構想や設計段階は終わって、調達段階に入ったところか。
昨日の口ぶりからかなり良い矢であるって自信が伝わってきていたから、材料さえそろえば良いものが作れるんだろう。
「販売については既に決まってる?」
「出来てもいない武器を買い付ける商人はいないでしょうね」
そりゃ確かに。
だけど、本当に良い物ができるのだとしたら、まだライバルのいない今のうちに確保したい。
なんといっても素材は俺が準備するわけだし……そうだな。
「毛以外にも必要になる素材はなに?言ってくれたら明日にでも揃えとくよ」
素材を全て俺の商店で揃えられるようにしておけば、矢が完成した時に他よりも優先して売ってくれる可能性があるからな。
「それが、2種類でちょっと悩んでるのよねぇ。中~近距離用のショートボウにするか、長~中距離用のロングボウにするか。それによって全く素材が違うのよ」
ショートボウはスピード感重要になるから、シャフト部分にはしなやかさのある素材の方が良いだろうし、矢じりも軽い素材が良さそうだけど、ロングボウは思い切り引くからとにかく丈夫な素材がいいだろう。
全くの真逆だ。
「ショートボウの素材なら準備できると思う。接着剤用に樹脂もどう?」
「素敵、愛してるわ」
はいはい。
こうして全ての短い毛を購入したシエラは帰っていったので、俺は早速森のダンジョン入り口付近にいる小型モンスターの討伐……いや、毛刈りと山小屋にいる木こりからしなやかで軽い木材を仕入れ、持てるだけの素材を手に入れた後ギルドに戻って倉庫に入れ、また毛刈りをするために森のダンジョンに入った。
リーダーとハート柄のトリは今も特訓中だろうか?
とかなんとか思いながら、昨日リーダーからサンドイッチの差し入れがあったことを思い出し、ちょっと遅めの朝食をとるために自室に戻った。
「おぅ、おかえり」
玄関を開けて1歩部屋に入ったところで、声をかけられた。
廊下側からではなく明らかに部屋の中からで、何事かとリビングに視線を向ければ寛いでいるリーダーと、その奥に見えるベランダにはハート柄のトリがいた。
なので「ただいま」と返事する前に通信機に視線を落とせば、休憩するために部屋を借りるぞという連絡が30分ほど前に来ていた。
素材集めに熱中し過ぎたせいで通信機からの音に全く気が付かなかったよ。
「ただいま。休憩は良いけどなんで俺の部屋?」
別にリーダーだからいつでも休憩に来てくれていいんだけど、俺が不在なのに部屋にあがっていることがちょっと珍しいからさ。
「いくつか理由はあるんだけど……まぁ、俺の部屋は暑いし藍の部屋は流石に行けないだろ?」
それは確かにそうだな。
「俺は今から朝食だけど、リーダー達は?」
言いながら冷蔵庫の中に入れていたサンドイッチを取り出し、コーヒーを淹れるために多めのお湯を沸かした。
「食ってなかったのか。ってか、寝てないのか?目が疲れてるぞ」
その通りだけど、全てを一気に説明できる魔法のような言葉がある。
では聞いてください。
「俺、昨日からプレミアム冒険者」
「あ~……ね」
ほら。
サンドイッチを食べながらコーヒーを飲み、その後ベランダから飛び降りて直接氷のダンジョンに入り、切り株についていた固まった樹液を採取すれば、明日には準備すると言った素材の全てが揃った。
「シエラ、さっきぶり。素材揃ったけど今見に来る?」
「早いわね!私は今から昼食なの。1時間後に店に行くわ。そうそう、試作品も持って行くわね」
試作品を見せてくれるということは、完成した矢を売ってくれるかもしれない……いや、ここはシエラの技術力を買うってことにして無料で素材を提供する代わりにその分安く矢を仕入れさせてもらえるように働きかけた方が良いか?
ともかく、試作品を1回使わせてもらってからだな。




