新生活・レイラ…2
「……つ、つまり」
村長は震える声で言った。
「森が消えたのは、お嬢さんのせいだと?」
「事故だ」
レイラは真顔で答える。
現在。
彼女は村の集会所らしき建物に連行されていた。
粗末な木造建築。
小さな机。
そして。
胃痛を極めた顔の村長。
「事故で森は消えませんよ普通!?」
「私もそう思う」
「思うんですか!?」
村長は頭を抱えた。
その横で、ノアが元気よく挙手する。
「でもレイラ姉ちゃんすげーんだぞ!」
「ノア」
「拳だけでドカーン!って!」
「ノア」
「魔狼も一瞬で消えた!」
「ノア」
全く黙らない。
レイラは遠い目をした。
騎士時代、尋問なら何度も経験した。
だがここまで話が進まない尋問は初めてだった。
「えっとですね……」
村長は疲れ切った顔で言う。
名をバルトというらしい。
五十代くらいの小柄な男だ。
「まず確認したいんですが、お嬢さんは何者です?」
「旅人だ」
「旅人が森を吹き飛ばします?」
「吹き飛ばすつもりはなかった」
「でも吹き飛んだんですよね!?」
「わざとではない」
「わざとじゃないんでしょうけどぉ……」
完全に泣きそうだった。
レイラは少し申し訳なくなる。
「……すまない」
「謝って済む規模じゃないんですが!?」
その通りだった。
集会所の窓から見える森は、綺麗に一本道だけ消滅している。
どう見ても災害である。
しかも問題はそれだけではない。
「魔狼がいたって本当か?」
奥にいた猟師風の男が口を開く。
「うん!でもレイラ姉ちゃんがぶっ飛ばした!」
ノアが即答した。
「……魔狼を一撃」
男達の顔色が変わる。
魔狼は辺境では危険な魔物だ。
村一つ潰されることもある。
それを単独で、しかも一瞬。
沈黙が落ちた。
レイラは察する。
(警戒されているな)
当然だ。
正体不明で、異常に強い。
そのうえ森を消した。
怪しさしかない。
ならば。
「必要なら拘束されよう」
レイラは静かに言った。
「私は抵抗しない」
途端。
村人達が一斉に青ざめた。
「いやいやいや!!」
「そんな化け――強い人拘束できるわけないだろ!?」
「殺される!!」
「誰が縄持つんだ!?」
失言しかけた男がいた。
レイラは少し傷付いた。
「……化け物ではない」
「す、すみません!」
慌てて頭を下げる村人。
空気が気まずい。
その時だった。
ぐぅぅぅぅぅ……。
静かな空間に、盛大な腹の音が響いた。
全員の視線がレイラへ集まる。
レイラは無表情だった。
だが耳だけ少し赤い。
「…………」
「…………」
「…………腹が減った」
絞り出すように言った。
ノアが吹き出した。
「ぶはははっ!!」
村人達も顔を見合わせる。
そして。
「……飯、食うか?」
猟師の男が苦笑した。
数十分後。
レイラは村の食堂にいた。
木の椅子へ座り、目の前のスープを見つめる。
湯気が立っている。
温かい匂い。
……妙に懐かしかった。
「ほら姉ちゃん! パン!」
ノアが籠を押し付けてくる。
「ありがとう」
レイラは小さく頷いた。
そして慎重にパンを掴む。
今の彼女は力加減が壊滅している。
うっかり握れば粉々だ。
恐る恐る持ち上げる。
……潰れない。
本当に直したのか。
「…………」
少し安心した。
そして口へ運ぶ。
噛む。
瞬間。
「…………美味い」
ぽつりと零れた。
村人達が目を丸くする。
先ほどまで無表情だった女が、ほんの少しだけ表情を緩めたからだ。
ノアがにやにや笑う。
「レイラ姉ちゃん、今笑った!」
「笑ってない」
「笑ったって!」
「気のせいだ」
「へへっ」
妙に嬉しそうだった。
その時。
「で、今後どうするんだ?」
猟師の男が聞いた。
「今後?」
「この辺で暮らすのかって話だよ」
レイラは考える。
暮らす場所。
そんなもの、考えていなかった。
ただ生き返っただけだ。
目的は――。
(……軽い仕返しか)
胸の奥に、カミラの笑みが蘇る。
少し拳に力が入った。
――バキッ。
持っていた木のスプーンがひび割れた。
「…………」
食堂が静まり返る。
レイラはそっとスプーンを置いた。
「……すまない…嫌な事を思い出してつい……」
「またぁ!?」
村長が頭を抱えた。
ノアだけが爆笑している。
「ぶはははは!!姉ちゃん面白ぇ!!新しいスプーンあげるよ!」
面白くはない。
レイラは真剣だった。
すると村長が疲れた顔で言う。
「……とりあえず、冒険者にでもなったらどうです?」
「冒険者?」
「強いなら食っていけますし、身分証にもなる。変な旅人よりは信用できます」
確かに理にかなっていた。
レイラは頷く。
「分かった」
「一番近い街にギルドがあります。明日案内出しますよ」
「助かる」
「あと」
村長は真顔になった。
「できれば」
「もう森は吹き飛ばさないでください」
「多分もう大丈夫だ。」
「不安しかない返事だなぁ!?」
悲鳴が響く。
ノアはまた笑い転げていた。
レイラは静かにスープを飲む。
温かかった。
不思議だった。
ほんの少し前まで、自分は処刑台にいたはずなのに。
なのに今は、見知らぬ村で食事をしている。
誰かが笑っている。
その事実が、妙に胸へ沁みた。
だが同時に。
(……殿下)
脳裏に浮かぶ白金の髪。
最後に聞こえた叫び声。
レイラは視線を落とす。
すると。
「姉ちゃん?」
ノアが不思議そうに顔を覗き込んでいた。
「どうした?」
「なんか今、寂しそうな顔してた」
ノアの観察力に一瞬だけ目を見開く。
そして。
「……気のせいだ」
そう答えるしかなかった。




