研究施設。
それから私は、音をたどって男を追った。
辿り着いたのは開けた場所。実験所、研究施設にも似た広い空間だった。
中には檻や、小瓶の並んだ棚、ところどころに飛び散った血液らしきものが見える。
その中で、例のフード男を発見した。
男はこれ以上逃げるつもりはないのか、それとも観念したのか。動く気配はない。
男の前には、何かが置かれていた。
人型のなにか――いや、仲間だろうか。
「大人しくしろ。これから騎士団も続いてやって来る」
「……」
――無視である。
脅しをかけてみたが、効いている様子も、聞いている様子もない。
こちらを一瞥することさえない。頷く様子も、気にかける動作も全くない。
もしや、私の知らないうちに、新たなコミュニケーションの方法が確立されていたのだろうか。
1000年というのは伊達ではないからな。
そんな阿呆らしい説を真面目に考えていると、男は動いた。
なにやら、目の前にいる仲間らしきものに触れ――部屋に充満する魔力が一気に、増幅した。
まるで爆発だ。触れた瞬間、この広い空間に高濃度の魔力が放出された。
勘のいいものならば気付けるだろうし、敏感な魔法使いであれば倒れてもおかしくない。
明らかに人が浴びていいものではなかった。
「……っ! おい、それから離れろ!」
私が強く言うと同時に、その仲間――否、兵器は動き出した。
ガコン、と物々しい音を立てて、ゆっくりと。
遠くてよく見えなかったが、人型というだけで単なる人形だった。
人形兵器といったところか。あれだけの魔力を放出するほどの力を持つならば、兵器と称して問題ないだろう。
「撃て!」
「チッ」
兵器というのは、やはり正しい表現だったようだ。
フード男が命令すると、人形は戦闘態勢へと移行した。
魔法が発動すると、細かく弾丸のように鋭く素早い攻撃が繰り出される。
制御が上手くいっていないのか、私だけではなく背後や横にある物にも当たっている。
しかしながらその強さは確かなものだった。
威力からして、普通の人間ならば1,2発程度で死んでしまうだろう。
私は弾丸を避けながら、盾魔法を展開する。
この程度で問題ないだろう、と踏んだ英雄級ほどの魔法だったが、2発ほど当たると砕け散ってしまった。
「はははっ! 素晴らしい、素晴らしい力だ!」
「……狂ったか」
……想定していたよりも、弾丸の威力が尋常ではない。
英雄級は、人類がかろうじて使用できる範囲の魔法だ。それが、たった数発で砕け散った。
普通の人間の攻撃ならば、持久戦に持ち込んで相手の魔力が切れるのを待てるほど。
あの兵器は、本当に人類が手にして――目にして良いものなのか。
どう考えても、人間が触れて良い知識ではない。
私は観察を続けながら、攻撃を適切に対処する。
わざと当たることも考えていたが、これほどの威力のものならば考えものだ。
よろめいて一瞬の無駄が生まれる。
立ち止まってしまうと、思考も止まり、観察も停止してしまう。
その上、相手のさらなる攻撃を許してしまう。
「ちょこまかと……! 俺を追ってくるだけあって、本当にうざったいな!」
私がどうしても捕まらないのが、気に食わないようだ。
この男は、持っている武器に対して精神力が弱い。
あれほどの武器があるのなら、もっと大きく構えるべきだ。
だが男がどれだけ焦ったところで、戦闘に大きな変化はない。
人であれば感情の起伏により、戦況への変化が生まれるだろう。冷静さを欠くというのは、そういうことだ。
しかし、彼の武器が自律型兵器。命令さえすれば、勝手に動いてくれる。
感情的な彼にとっての幸運であり、私にとっての不運だった。
「――先生!」
施設内に、聞き覚えのある声が響く。
既に弾丸でボロボロになった入口から顔を覗かせていたのは、テナだった。
私にも聞き取れたその声は、勿論だがフード男にも聞こえていた。
男はニンマリと笑うと、兵器に命令を出す。
「あいつを殺せ!」
「……っ! やめろ!」
――ま、止める方法は幾つも有るのだが。
とりあえず焦ってみたが、どうしてやろうか。
当然だがこれは私の渾身の演技である。
少し弱いふりをしておけば、調子に乗ってくれるだろうかと思ったのだ。
しかし、悠長にしていられないな。
今回は――これでいこう。
私は〈精霊の誘惑〉を発動させた。
すると発射されていた攻撃は、ほんの僅かに軌道を変えた。
まるで些細な風の抵抗を受けたかのように、ギリギリのラインでテナを外し、すぐそばの壁に着弾した。
「はぁ!? 役立たずめっ!」
感情的なフード男は、兵器人形を蹴り上げた。その反動か、人形は少しだけぐらついていた。
蹴る上げた音も思ったより軽く、中身が入っていないようだった。
魔法を発動している以上、中に何かしらの装置があるはずなのだが。
この現代の技術では、それが軽量化に成功しているのだろうか。
「リサ様! こちらは私がなんとか防御を取ります!」
「あ、あたらしらも!」
「わたしも頑張ります!」
ニュッと顔を出したのは、ブラムウェルとウィッシュだ。
何故こいつらが? スラムにはテナしか連れて来ていないし、ここへ行くという話もしていない。
となると、学者か。あいつが面識のある人間は、ブラムウェル程度だったはずだが……。
いや、その考えは真実の指導者に対して無粋というものか。
とはいえ、ウィッシュだけではなく、ブラムウェルでさえも、この魔法を防ぐのは難しいだろう。
明らかに威力が伝説や英雄のランクだった。
「なっ……ブラムウェル・レイナーだと!? チッ、分が悪い!」
なんだ、ブラムウェルは居るだけで有効なアイテム――人物なのだな。
慢心し続けているこの男にさえ効くなんて。
男は魔法書のようなものを取り出すと、何かを唱え始めた。
上手く聞き取れない。だが、発音からして、地形を操作するようなものの気がする。
そんな予測は当たっていた。
ガコン、という大きな音を起点にするかのように、地鳴りが響き渡る。
研究施設は一瞬にして檻に囲まれ、施設の中と外に分かれた。
それだけではなく、施設の床が少しずつ降下していっている。
ああ、あれだ。大昔の記憶を引っ張り出すならば、これはエレベーターだろう。
この施設ごと移動する、巨大なエレベーター。
「せ、先生! 床が沈んでます……!」
「心配するな。お前達は、徒歩でたどり着ける道を探せ。いいな」
「はっ、はい」
テナの姿がどんどん遠くなる。
不安そうな顔を最後に見るのは、少し心苦しいな。
しかし、こんな魔法は、人間のできる芸当ではない。
それに、スラム街の地下に作れる仕掛けでもないだろう。
この男は随分、楽しそうな情報を持っていそうじゃないか。




