外へ出る。
それから200年ほどだろうか。私は魔法の研究に明け暮れた。
もちろん、それだけで時間を潰せるわけじゃない。
屋敷の改造、最適化。更に住みやすく、快適に。
しかし、当たり前だが一人は飽きてくる。
「そうだ。人間を作ってみよう」
倫理が欠如していた私は、そういう結論に至った。
誰かと性行為をするなどの考えはなく――当たり前だがこの屋敷はおろか森には人っ子一人いない――禁忌ともいえる『人間の創造』を試みようとしたのだ。
当然だがそんな禁忌的なことが簡単に成功するはずもなく、最初の『魔力人間』が生み出されたのは、ここから数百年も経過した頃だった。
「はじめまして、リサ様」
初めて、魔力人間の生成に成功した。
私の魔力を注入して生み出した魔力人間は、漆黒の体を持っている。
顔のパーツは存在しないが、代わりにその漆黒に星のような煌めきが浮かんでいる。
この見た目であれば、人ならざるものだとすぐに分かるだろう。
ふむ、折角だからこれからは魔力人間のことを「ほしびと」とでも呼ぼうか。
「お前をソーマと名付けた。これから私の世話を頼むよ」
「お任せください」
これからの生活が楽しみだ。
◆
「リサ様! また服を脱ぎっぱなしにしましたね!?」
バンッ、と扉を壊す勢いで部屋に入るソーマ。
ベッドの上で菓子を食べていた私は、鬱陶しい気持ちを抑えながら入口を見る。
ふんふんと鼻息を荒くして、母お――ソーマが仁王立ちしているのが目に入る。
「サリアが片付けてくれただろ」
「あの女は頭がおかしいのです」
「御主人様に尽くすのが、私の生み出したお前達の役目だ」
「尽くすのと脱ぎ散らかすのは別です」
最初の頃は、可愛げがあったんだが。
100年、200年、400年と経過していくうちに、ソーマは私の性格を知り、扱いが雑になっていった。
異世界転生してから1000年目、ソーマを生んでから600年が経過していた。
今や、ソーマは私の堕落さを毎日叱るのが日常。何も知らない、後ろをついて回るだけだった数百年前が愛おしく思えてくる。
「200年前も言いましたが、そろそろ外に出てはどうです。研究室をまた燃やしたと聞きましたよ。力が有り余っているなら、外に出て運動するべきです」
「シモンズが喜んで直してくれたぞ」
「あれも頭がおかしいのです」
しかし、外出か。
さすがに1000年も引きこもれば、そろそろ出ても良い気もしてきた。
「……まあ、外出か。散歩という意味では、面白そうだな」
「つ、ついにリサ様が外へ……! うっうっ……」
「おや? 本当に私は引きこもりの子として扱われていたのか?」
まぁ、一つとして間違いではないのだが。
それにどうせ、どこまで行ったとしても魔法一つで家に戻ってこられる。
本当に散歩感覚でちょっと出ていき、食事と睡眠に家に戻ってくればいいだろう。
もともと外界にはあまり興味がなかったが、気分が向いたら気になってきた。
そうと決まれば、すぐにでも出掛ける準備を整えなければ。
「よし、決まりだ。ソーマ。人里に行く!」
「使用人らに伝えて参りますね」
「ああ」
「ワープ出来るから、寝るときなどは戻ってくる」
「でずがぁあ! あの、あのひぎごもりの、リサ様がぁああぁ」
穴もないのに鼻水と涙を垂れ流しているのは、メイドのサリア。
私をお世話することに生きがいを見出しているメイド長だ。
母親のようなソーマとは違い、サリアは溺愛に溺愛を重ね、私が何を言おうとも全て肯定する。
出掛けるという旨を、使用人達に通達したらこれだ。
家の布団が恋しいし、家のご飯も恋しいから上位の魔法を使って毎日戻って来るつもりなんだが。
「ヴァアアアっ、私もいぎまずうううう!」
「私の帰る家を守っててくれ……」
ここまでなるなら黙って出ていけばよかった。
ソーマも遠い目――目などないが――で私を見ている。
サリアの面倒さは、ソーマもよく知っているからな。
だったらサリアにだけ言わないでおけばよかったのでは、と思うだろうが、逆に黙っていたら黙っていたで、あとあと面倒になる。
食事に戻ってきたら監禁されました、なんて有り得そうで恐ろしい。
「リサ様、お気をつけて」
「ああ。また夜に戻ってくる」
さすが、年長。私にべったりなサリアとは違って、しっかり送り出してくれる。
ま、この数百年の間に何回も「外に出ろ」と言われていたから、ソーマもソーマでホッとしているのかもしれない。
それにソーマは私が自衛の術を持っているのは、よく知っている。
だから不安もないのだろう。
あとこれからは、私が脱ぎ捨てたドレスを片付けなくていいし。
「別に現地で寝泊まりされても、構いませんよ。旅の醍醐味でしょう」
「確かに。面白そうだな」
「だめでずうぅううぅ! ああああ!」
「あそこまで性格違うと、同じ方法で作ったのか自問自答するよな」
私が独り言を言うと、私を乗せた馬――スレイプニルのスーちゃんは「ブルル」と鳴いた。
まるで同情しているようだ。
私は今、スレイプニルに乗りながら近隣の街へと向かっている。
本当は馬車で行きたかったのだが、流石に目立ちすぎるからと馬にすることにした。
スレイプニルは召喚獣であり、契約獣だ。さほど苦労せずに契約を出来た覚えがあった。
実際に私に懐いているし、魔法を試し散らかしている時は屋敷の敷地内で遊んだものだ。
最初は何故か8本の足があってとても気持ち悪かった。
「キモい」と叫んだら4本にしてくれた。最初からそうしろ、と憤怒したものだ。
そんな第一印象最悪の契約主でありながらも、スーちゃんは私を主として慕い、懐いている。
馬に乗る手前、一応服装はパンツスタイルにした。
「でものどかだな。何も無いくらい」
「……ヒヒーン」
「何だよ」
何か言いたげだな。魔法で心を読む事もできるが、余計なことを言われていそうでやめた。
「スーちゃん、もっと速く走れないか? これだと日が暮れる」
「……!!」
なんだか、鼻息が荒い。興奮しているのか。
あぁ、もしかして、今まで手加減してくれていたのか。
まぁそうだよな、スーちゃんの召喚魔法って〝神域〟だし。
「良いよ。私は死なない、好きなだけ走って」
そう言うとスーちゃんは、前脚を上げて立ち上がる。
気合を入れているのだろうが、早速振り落とされそうな私は焦りながらもしがみついた。
どんな速度でも耐えられると言ったけど、落とされたら耐えるもクソもないだろう。
スーちゃんが前脚を着地させると、次の瞬間、まるで弾丸のように飛び出した。
まずい、死ぬ――なんてことは思わなかった。
私はこの数百年、様々な魔法を試して何度も臨死体験をした。実際は死なないんだが。
だからこの疾走は私にとって、爽快で楽しいものだった。
「……――ぶっ!? ペッ、ペッ、虫が口の中にっ……」
訂正。楽しくはない。
走ってる時は口を開くなというのが、私の中の新たな教訓として刻まれた。




