第11話 命の恩人
シリルの様子が気になって、私は体を少し離し、彼の顔を覗き込んだ。
「ん? どーかしたの、シリル?」
「いえ、あの……。僕、いったいどのくらい眠ってたんでしょう?」
「え? どのくらい……?」
どのくらいって……ケガをしてから、どのくらい眠ってたかってことだよね?
……どうして急に、そんなこと訊くんだろ?
「僕、確かに……大きな傷、あったはずなのに……。なのに、さっき見たら、傷痕がうっすらある程度で、完全に治ってるみたいなんです。あれほどの傷が、ここまで消えてしまうんですから……きっと、すごく長い間、眠ってたんですよね? だったら、僕が傷を負った日から、どれくらい時間が経っちゃってるんだろうって、気になって……」
不安そうに顔を曇らせるシリルを見て、私はハッとした。
……そっか。
シリルは、ギルの治癒能力のことも、自分が、その力によって助けられたってことも知らないんだ。
だったら、そりゃあ……驚くに決まってるよね。
あれだけの傷を負ったにもかかわらず、こんなに急激に、回復しちゃってるんだもの。
不気味にも思うだろうし、どれだけ時間が経ったのかって、疑問に思うのも当然だわ。
……でも、どーしよう。
ギルの能力のことは、身近な数人しか知らないって、ギルもフレディも言ってたし……。
それだけの秘密を、いくら私の護衛だからって、勝手に教えちゃっていいのかな?
しかも、ギルの許可なく、私の口からなんて……。
「姫様……? あの、僕……何かいけないこと――?」
「あっ、ううんっ! シリルは何もいけないことなんてしてないよっ? だから安心して?」
「……でも……」
「ホントのホントにだいじょーぶっ。シリルには関係ないの。こっちの話だからっ」
私が笑って答えても、不安は拭えなかったらしく、彼は悲しそうな顔をしてうつむいてしまった。
……う。
シリルにこんな顔されると、辛いなぁ……。
べつに、シリルが悪いことしたってワケじゃないんだし。
自分がどうやって助かったかってこと、知りたいと思うのは当然だと思うし……。
私はしばし沈黙し、どーしたもんかと考えた。
そして、出した結論は――。
「ねえ、シリル。これから話すことは、絶対、他の誰にも言わないでもらえるかな? とっても大切なことだし、ほんの数人しか知らないことだし……なにより、ギルにとってすごく重大な秘密なの。だから、どんなにシリルが信用してる人でも、この話は教えちゃダメ。絶対絶対、秘密。……ね、誰にも言わないって約束出来る?」
真剣に伝えると、彼もやっぱり真剣な顔をして、こくりとうなずいた。
「はい! 約束します! 僕、絶対誰にも言いませんっ! 誓いますっ!」
「――うん。わかった。じゃあ、話すけど……。あのね、あなたの傷はね……ギルが治してくれたの」
「えっ? ギルフォード様、が……?」
「うん。……えっと、突然こんなこと言っても、すぐには信じられないだろうと思うけど……でも、本当なの。シリルの傷は、ギルが治した。どうしてそんなことが出来たかって言うと、彼には、治癒能力があるから」
「……ちゆ……能力……?」
「そう、治癒能力。人の傷なんかを癒して、治してあげられる特別な力。その力のお陰で……あなたは助かったの」
「人の傷を……いやして……なおせる、力……」
彼は少しの間ボーっとして……聞こえないくらいの小さな声で、なにやらブツブツとつぶやいていた。
さすがにちょっと、ショック大きかったかな?
じゃあやっぱり、ギルの血を使って治したってことまでは、知らせない方がいいかも……。
そう思い始めた頃、彼は私の顔をまっすぐ見つめて訊ねた。
「ギルフォード様は、僕の命の恩人――なんですね?」
「……うん。そうだよ。ギルは……あなたの命を救ってくれた人。ギルがいてくれなかったら、きっとあなたは……」
『死んでたかも知れない』とまでは、さすがに言えなかった。
そこまで言う必要もないと思ったし……。
彼の様子をさり気なく窺うと、なんだか思い詰めたような表情で、ずっと黙り込んでいる。
私は心配になって来て、声を掛けようとしたんだけど……次の瞬間、シリルはむくっと上半身を起こし、キリッと表情を引き締めて宣言した。
「僕、決めました! 僕……僕、将来きっと、姫様とギルフォード様、どちらにもお仕えする騎士になります!」