第9話 『可愛い』には抗えない!・2
ギルとケンカした経緯を聞き終わると、シリルは震え声で訴えた。
「そ……そんな、姫様……。ぼ、僕とひ――っ、姫様が、こっ……ここで、一緒に……なんて、そんなの……そんなの僕っ!……僕っ」
「大丈夫よ、シリル。ギルはあなたのこと、なーんにもわかってないの。自分があまりにもケダモノだから、他の男の人も――シリルみたいな男の子でさえ、みーんな同じケダモノだって思い込んでるのよ。私は、シリルがどんなに良い子かよくわかってる。ギルがなんて言おうと、あなたを信じてるから。だから……ね? 私と一緒にここで――」
そこで初めて顔を上げ、シリルを目にした瞬間。
私の中で、何かがプツン――と切れる音がした。
「ひぃ…ッ!?……ひっ、ひひ……っ、姫様っ!?」
「やぁああんっ! シリルったら、シリルったらぁ~~~っ! なぁぁんって可愛いのぉおお~~~っ?」
――発作発動。
気が付いた時には、私はベッドから飛び下り、シリルをぎゅむむむむっと、力一杯抱き締めていた。
……だって、しょーがない。
シリルは、私と同じようなネグリジェを着てて。
頭には、ナイトキャップみたいなものまで被っちゃったりして……そりゃあもう、とびきり可愛かったんだからっ!
「ひ……姫、様……。あ、あの……あのあの……っ」
シリルは私の腕の中で、怯えた子犬か子猫のようにふるふると震え、小さく縮こまっている。
その姿がまた、めちゃくちゃ庇護欲だか母性本能だかをくすぐって。
ついつい、ほっぺにすりすりなんかしちゃったりなんかして……。
「ん~~~んっ♪ なあにシリル? 今だったらオネーサン、何でも言うこと聞いてあげるっ。さあっ、遠慮せず言ってみてっ?」
「そ、そんな……。なんでも、なんて……」
「いーのいーのっ。だいじょーぶっ。何でも言っていーのよ、シリル?――ほらぁっ、どんどん言っちゃってっ♪」
「な……なん、でも……。そ、それでは――あのぅ、姫様……」
「んー? なあに?」
「……く、く……く……っ」
「――ん? 『く』?」
「くっ――苦しい、ので……離してくださいっ、ません、か……?」
……ハッ!
いけないっ、またやっちゃった――!
「ごっ、ごごごごっ、ごめんねシリルっ!」
パッと両手を上げてシリルの体を解放すると、彼は小さく息をつき、一拍置いてから顔を上げ、ほわんと微笑んだ。
「も、申し訳ございません、姫様。あの……僕の服、女の子の……だったみたい、で……。えっと、その……お見苦しいものを、お見せして、しまって……」
「ううううんっ? 全然全然っ!――ぜんっ……っっぜん、お見苦しくなんかないからっ! 安心してっ? シリル!」
私はブルンブルンと首を振り、彼の言葉を否定する。
この姿が『見苦しい』んだったら、この世のものや人のほとんどは、『見苦しい』ってことになっちゃうよ!
シリルってば、自分の可愛さも可憐さも愛くるしさも、これっぽっちもわかってないってゆーのかしらっ?
「うん、可愛い! この上なく可愛いから、もっと自信持って! この国でもし、『美少女コンテスト・小中学生の部』なんてものがあったら、まず間違いなく、ぶっちぎりで優勝だからねっ!?」
興奮して断言すると、シリルはぼーっとした顔で、
「え、あの……『少女』って……? 僕、男です……。それと、『ショウチュウガクセイノブ』?……って、なんですか?」
しどろもどろになって、小首をかしげる。
「……うん、わかってる。シリルが男の子だってことは、よーーーっくわかってる。けどね? 君は確実に、『美少女コンテスト』でも、本物の少女達差し置いて優勝しちゃうだろうな~って予測出来るくらい、とびきりに可愛いの。その美しさは罪!……って思えるくらい、見目麗しい少年なのよっ!……ね、わかった? わかったよね? シリルは賢い子だもんねっ?」
華奢な両肩に手を置き、まっすぐにセルリアンブルーの双眸を見つめる。
月明かりの下で見る彼の瞳は――色はあまり識別出来なかったけど、月光を受けて、ガラス細工みたいにキラキラと輝いいて……見惚れるほどに綺麗だった。
「は……はい、あの……。えっ……と……? わ、わかりまし、た……」
半ば強制的に、納得させたみたいになっちゃったけど。
「うん! よしよし。良い子良い子」
私は大きくうなずいて、大満足で微笑むと、彼の頭をナデナデし、
「じゃあ、そろそろ眠ろっか?」
あくまで気楽に声を掛けた。
「…………え?」
シリルは顔をこわばらせて絶句した後、みるみるうちに涙目になり……。
心細そうに私を見上げたのだった。