最終話 最高の贈り物
「……リア」
私の体を包み込むように、ギルが後ろから抱きすくめる。
「神様がいなくなっても……私がいるよ。私がずっと……君の側にいる。だから、どうか泣かないで……」
優しいささやきが、微かに髪を揺らす。
彼の腕に手を添えると、私はそっと目を閉じて――たくましい体に寄り掛かった。
「泣いて……ないよ。泣いてなんか、ない……。だって、これは……悲しい別れじゃないもの。旅立ちの……幸せに向かって、歩き出すための……大切な、けじめの儀式なんだから。……だから、泣いたりしない。泣く必要なんて、ないもの……」
「ああ、そうだね。これは悲しい別離ではない。神様にはサクラがいて……君には、私がいる。共に幸せになるための、必要なひとつの節目なんだ」
「うん、そう。……そうだよ。私達はこれから……それぞれの世界で幸せになるんだから」
彼はギュッと私を抱き締め、耳元で甘くささやく。
「リア……愛している」
私は小さくうなずいて、彼の腕に両手を重ねた。
そうして。
しばらくの間、私達は寄り添いながら、桜を見上げていたんだけど。
「ああ、そうだ。君に忘れ物を返さなければ」
ふいに。
ギルは片手を離し、後ろで何やらゴソゴソし始めた。
「ギル? 忘れ物……って?」
私の質問には答えぬまま、彼は私の左手を取ると、自分の親指と人差指で私の薬指をはさんだ。
そしてそこに、見覚えのある華奢な指輪を、ゆっくりとはめ込む。
「あ。……これ、ギルのお母様の……。セレスティーナ様の、形見の指輪……?」
「そうだよ。あの日以来、私が預かったままだったろう?」
『あの日』……。
私達が、初めて肌を合わせた日。
一瞬にして、その日のことが蘇り。
急に恥ずかしくなってしまった私は、慌てて話をそらした。
「でもっ、これはやっぱり、ギルが持ってた方がいいんじゃないかな?……ねっ? そうだよ。大切な形見だもん。ギルが持ってるべきだよ」
指輪を外そうとする私の手を、彼は優しく制し、
「いいんだ。この指輪は、君にこそ持っていてもらいたいんだ。これは、母上の形見というだけではなく……私に愛する人が出来た時、その人に渡しなさいと、母上から預かった指輪だからね」
愛おしそうに指輪を撫でながら、私に語り掛ける。
「……将来……愛する人が、出来たら……?」
「そう。つまり君だ。……この指輪は、すでに君の物なんだよ」
「……私の……もの……」
なんだか、胸が熱くなってしまって。
またしても、じわりと涙がにじんで来た。
その気配を感じたのか、彼は私を振り向かせて、
「リア。これからは、一人きりの時に泣いたりしてはダメだよ? 私がいないところでは、絶対に泣かないこと。そして、私以外の者がいるところでも、決して泣いてはいけない。約束してくれるかい?」
真剣な眼差しで見つめ、噛んで含めるように言い聞かせる。
「一人では……泣かない……。ギル以外の人がいるところでも……泣かない?」
「ああ、そうだ。……君の涙は、私だけのものだからね。君の泣き顔を見ることが出来るのも、この私だけ――。他の者に見せたりしては、絶対にいけないよ?……いいね?」
私の涙は……ギルだけの、もの……?
……なんかまた、すごく恥ずかしいこと言い出したな、この人……。
私は顔を上気させ、なんとなく目をそらせたりしながら、コクリとうなずいた。
彼は私の肩に両手を置き、声を強めて熱願する。
「リア! お願いだから、目をそらさないで。私の目を見て、誓ってくれないか?」
私は小さくため息をついてから、彼の目をまっすぐに見返すと、
「わかった。約束、する。……ギルがいないところでは、絶対に泣かない」
自分の口から、ハッキリと誓いの言葉を送る。
「……よく出来ました」
彼は柔らかく微笑み、静かに顔を傾けて唇を重ねた。
それから両手を背中に回し、力強く抱き締めると。
「愛しているよ、リア。私には、いつだって君一人だ。……待っていてくれ。出来るだけ早く、フレディを鍛え上げて……無事に王位に就かせてみせる。役目を終えたら、すぐに君との婚姻の儀だ。それまで……良い子で待っているんだよ?」
「……もう。またそうやって、子供扱いして――」
口では文句を言いつつも、私はくすりと笑ってしまった。
優しいギル。たくましいギル。意地悪なギル。心配性なギル。
……そして、ヤキモチ焼きのギル。
その全てが、愛おしくて堪らない。
私はこの世界で――この先もずっと、愛する人と共に生きて行く。
きっと、また何度もケンカしたり、すれ違ったり……誤解しちゃったりすることも、あるだろうけど……。
そのたびに仲直りして、軌道修正して、理解し合って……。
そんな風にして、生きて行くんだ。
大好きな人達に囲まれながら……私は、ここで幸せになる。
ねえ、ギル。そうでしょう?
私たち、きっと……最高の二人になれるよね?
固く抱き合う私達の周りを、無数の花びらが、くるくる回りながら、ゆっくりと舞い降りて来る。
その花びらを、ぼうっと眺めていたら、
(まるで、『おまえら、いい加減にしろよ』って、神様が言ってるみたいだな……)
――なんて思えて来て。
私は恋人の腕の中で、クスクスと笑い声を上げた。
平成二十五年十二月から平成二十六年六月まで、約半年ほど、【小説家になろう】で連載しておりました作品の、再編集版だったワケですが。
……いかがでしたでしょう? お気に召していただけましたか?
とにもかくにも、『赤と黒の輪舞曲~【桜舞う国の訳あり身代わり姫】続編・ギルフォードルート~』(2023.09.27.『異世界育ちの舞い戻り姫は隣国王子の溺愛に翻弄される~桜舞う国の訳あり身代わり姫・ギルフォードルート~』から、元のタイトルに戻しました)のお話は、これにて完結です。
このお話の続き(中編)や短編なども、一応、あることはあるのですが。
それはまた、次の機会がございましたら、公開させていただきますね。
前作の【桜咲く国の姫君~神様の気まぐれで異世界に召された少女は王子と騎士見習いに溺愛される~】(2023.09.27.『桜舞う国の訳あり身代わり姫~神様の気まぐれで異世界に召された少女は王子と騎士見習いに溺愛される~』から、元のタイトルに戻しました)は、私が生まれて初めて執筆した、オリジナル長編小説だったのですが。
続編であるこのお話は、その上を行く長編となってしまいました。
慣れないオリジナル小説なのに、いきなりの長編――。
しかも、ほぼプロットなし(キャラ設定だけは、最初に数行ずつくらいは作りましたが)の見切り発車。
これだけでも、かなり無謀な挑戦(笑)と言えますよね。
今更ながら、『計画性ないなー』と、しみじみ思いますです、ハイ。
当然、粗も目に付きますでしょうし、至らない部分も、数え切れないほどあると思います。
文章力も、ほとんどないですしね。(その点は、恥ずかしながら自覚あります。一生、精進し続けなければなりますまい……)
それでも、ほんの少しでもお楽しみいただけましたなら、これほど嬉しいことはございません。
どうか、皆様に『面白かった』と、ちょっぴりでも思っていただけますように……。
さて。
次はいよいよ、主人公のもう一人の恋愛対象である、護衛騎士カイルを選んだ場合の物語、『カイルルート』に突入しなければいけない訳ですが。
カイルは、ギルの場合とは異なり、リアとの間に“身分の差”という大きな障害がございます。
そのため、ギル編以上に、恋愛成就までの道のりが困難で、作品終結までに、かなりの時間を要することが予想されます。
(現に、一巻分のみ執筆したきり、長らく放置状態でした。……いえ、放置していた理由は、それ以外にもいろいろあるのですが)
続編のタイトルは、
藤と翡翠の恋詠~【桜咲く国の姫君】続編・カイルルート~
です。
URLは、
https://ncode.syosetu.com/n9360ik/
となります。
カクヨムと同時連載にするため、只今休載させていただいておりますが、春頃には再開できると思います。
ご迷惑お掛けしておりますが、もう少々お待ちいただけますとありがたいです。
それでは。
この拙く長いお話にお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました!
連載中にブックマーク登録、評価、いいねなどしてくださった方々も、ツイッターでの宣伝のリツイートにご協力くださった方々にも、重ねてお礼申し上げます。
完結後も、お暇な時に感想、評価などお寄せいただけますと、作者は小躍りして喜びますので、次回作への意欲向上のためにも、どうかよろしくお願いいたします!