第9話 二代目の〝神様〟
神様との別れが悲しくて、寂しくて――。
私はかなり長い間、ギルの胸で泣きじゃくっていた。
「強がりのくせに泣き虫だね、君は……。本当に、困ったお姫様だ」
心に染み入るような優しい声で、そっとささやくと。
彼は温かくて大きな手で、私の頭を何度も撫でてくれた。
私が泣き止むまで、ずっと。
たくましい腕で私を包み込みながら、小さな子をあやすように、撫で続けてくれていた。
彼の腕の中は、いつも温かくて、私をホッとさせてくれる。
だからこそ、心ゆくまで――彼に甘えることが出来たんだ。
ギルは優しい。
……ちょっとだけ、意地悪だけど。
ギルは私を愛してくれる。
……ちょっと……ううん。かなりヤキモチ焼きだけど。
彼がいてくれるなら……私は、これから先もずっと、幸せでいられる。
神様を失った寂しさも、彼さえ側にいてくれるなら……きっと、いつかは癒えるよね。
……ああ、そうか。
神様を失って、こんなにも寂しいのは……。
この世界に、彼が、たった一人しかいないからなんだ。
この世に、神様がたった一人しかいないように……ギルも、この世にたった一人。
その一人を失うことは……やっぱり、とても大きなことなんだ。
――だって、代わりなんていないから。
他の誰にも、その人の代わりなんて出来ないから。
だから……。
だからこんなにも……。
『オレの代わりになるもの、置いてくことにした。よかったら受け取ってくれ』
唐突に、神様が別れ際に言ったセリフが脳裏をよぎり、私はハッとして顔を上げた。
「そーだっ、『代わり』!」
「え?……『代わり』?」
きょとんとした顔で見下ろすギルに、大きくうなずく。
「そーだよ、『代わり』! 自分の代わりになるものを置いてくって、別れ際に神様言ってた!……『代わり』……。『代わり』ってなんだろ?」
何の当てもないまま、辺りを見回す。
そう簡単には見つからないだろう、とは思ったけど……。
とりあえず、木の周りを行ったり来たりして、探し回ってみた。
――すると。
それは、当然のことのように、私の目に留まった。
私はゆっくりと近付いて行って、それの前でしゃがみ込む。
「ねえ、ギル。見て! こんなところに、小さな木が――」
「小さな木?」
彼は戸惑い気味に近付いて来ると、しゃがんでいる私の肩越しから、指し示す場所を覗き込んだ。
「……ああ、本当だ。こんなところに、若木が育っていたんだね」
彼が言うように、神様の木――桜の古木の根本には、まだ小さな――二十センチにも満たないほどの、可愛らしい木が生えていた。
「うん。……ねえ。神様が言ってた『オレの代わり』って、もしかしてこれのことじゃ――」
言いながら木に触れると、
(よく見つけてくれたな!)
いきなり神様の声がして、私はギョッとして立ち上がった。
「神様っ?……え……えっ? まだいたのっ!?」
嬉しくて、声が弾む。
でも、それには答えぬまま、神様は先を続けた。
(それじゃーちょっとだけ、木から離れててくれないか?――そうだな……十歩くらい、後ろに下がってくれ)
「えっ?……あ、うん。……わかった!」
私はギルの手を引き、神様の指示通り、後ろに十歩ほど下がった。
(もういいか?……ちゃんと離れたよな?)
「うん。離れたよ!」
(離れたよな? じゃあ行くぞ!――それっ!!)
神様の掛け声と共に、一瞬にして、桜の古木は光の粒子となり、吹いて来た風に乗って、私達の頭上を吹き抜けて行った。
「えっ?……ええええええッ!?」
まるでマジックショーみたいな光景に、驚きの声を上げながら。
私は口をあんぐりと開け、吹き抜けた風の行方を目で追った。
光の粒子となった古木は、大空高く舞い上がり、空に溶けるように消えて行く。
その様子を眺めながら、呆然と空を仰いでいると、
「リア!――若木が!!」
ギルが私の肩に手を置き、何事かを知らせて来た。
慌てて振り向くと、いつの間にそこまで成長したのか、桜の若木が、私達を見下ろすようにそびえ立っていて……。
驚きのあまり、私は再び口をあんぐりと開け、ただ声もなく、一気に成長してしまった若木を見上げていた。
(もひとつ、それっ!!)
神様の声を合図に。
今度は、枝という枝から、蕾がニョキニョキと芽吹いて行き、
(最後におまけだ! そぉれっ!!)
一斉に、ポポン、ポン、ポンっと、全ての蕾が花開いた。
「……わ……あぁぁ……!」
思わず、感嘆の声を上げてしまうほど、見事なまでの咲きっぷりだった。
こんなに綺麗な桜の花は、今まで見たことがない。
そう感じてしまうほど――吸い込まれてしまいそうなほどに、幽玄で雅やかなたたずまいだった。
まるで、その空間だけ別世界のような……。
圧倒的な美が、確かにそこに存在していた。
(驚いたか? それがオレの代わりだ。……まあ、代わりって言っても、オレと違って、力は使えないけどな。けど、ないよりはマシだろ? 今度からは、力のないそいつを、オレの代わりだと思って……神様として、大事にしてやってくれ)
「……神様……」
(本当は、そこら一帯埋め尽くすほど、桜の木でいっぱいにしてやりたかったんだけどさ。今のオレの力じゃ、これが精一杯なんだ。……ごめんな)
「ううん、そんなことないよ!……嬉しい! すっごく嬉しいよ! 私、桜大好きだもん! この木だけでも、充分素敵だよ! ホントにありがとう、神様!」
(……じゃ……今度こそ、本当にさよならだ。その花が咲くたびに、オレのこと思い出してくれたら……嬉しいんだけどな)
「うん! 思い出す! 絶対思い出すよ! 咲かなくたって思い出すからっ!」
(さよなら、リナリア。……元気でな)
「うん……うん! 神様こそ元気でね! 桜さんと、ずっと一緒にいられるといいね!」
……それっきり、返事は返って来なかった。
これでもう……ホントのホントに、お別れなんだ。




