第7話 やっぱり、懲りない人
「ギルの手。大きくてあったかくて……大好き」
幸福感に包まれながら、しみじみつぶやくと。
頭を撫でてくれていた彼の手が、ピタリと止まる。
「ギル……?」
恐る恐る様子を窺ったとたん、微かに笑みを浮かべる彼と目が合って、
「好きなのは、手だけ……?」
妙に艶めいた声色で、訊ねられてしまった。
「ち…っ、違うよっ! 手だけのはずないじゃない!――ぜっ、全部!! 全部好きっ……だよ!!」
焦って答える私の両手をそっと握って、彼はふわりと微笑む。
「全部? 全部って……ここも?」
訊ねつつ、私の片手を自分の髪に触れさせた。
「えっ?……う、うん」
「では……ここも?」
今度は頬を触らせ、意味ありげにじっと見つめる。
「う……うん……」
「では……ここは?」
頬から少しずらし、私の指先を唇へと触れさせて……。
「う――っ。……うぅ……、う……ん……」
妙に恥ずかしくなって来てしまって、目を伏せながら答えると、彼は私の手を強く握り、
「ダメだよリア、目をそらせては。顔を上げて、私の目を見て答えてごらん?」
まるで、小さな子を叱るみたいにして訴える。
「……だ、だって……」
「『だって』ではないだろう?――ほら。しっかり見て」
……う……うぅ……。
なんかまた、変な感じに……。
なんだかよくわからないけど、どんどん彼のいつものペースに、誘導されちゃってる気がする……っ!
「もっ、もういいでしょ!? 全部ったら全部だよっ!! いちいち体の一部に触れさせたりして、何を企んでるのッ!?」
堪らずに声を上げた私を、強引に引き寄せて、
「企むだなんて、ひどい言われようだね。私が、何を企んでいるって言うんだい?」
超至近距離まで顔を近付け、彼は意地悪く微笑む。
「そ…っ、それがわかんないから訊ーてるんでしょっ!?……あ、あなたがそうやって、余裕の笑顔で迫って来る時は……絶対、何か変なこと考えてるに決まってるんだからッ! もう、経験で知ってるもんっ!!」
思い切り顔を背け、彼の視線から逃れるように、キツく目をつむった。
「ふぅん……。経験で、ねぇ……」
彼の片手が腰に回され、体が密着するくらいの距離まで引き寄せられる。
息が前髪に掛かり、更に顔が近付いたことを知った私は、緊張で体を固くした。
「では、君は……私が今、こういう行動に出ている訳がわかる?」
まぶたに息が掛かったとたん、とっさに。
「わっ、わかんないよそんなのッ!!……そ、そんなのどーでもいーから、もうちょっと離れてってばぁッ!!」
「……ひどいな。少しくらい、考えてくれたっていいのに。……でも、答えてくれないということは……降参、と捉えてもいいのかな?」
耳元でささやかれ、仕方なく、何度も大きくうなずいた。
「なるほど。降参か。……では、教えてあげるよ。私がこういう行動を取る時はね――」
数秒置いた後、
「ひぁ…っ!」
首筋に微かなしびれが走り、私はビクンと体を揺らして目を開けた。
顔を上げてにらみつけると、彼は余裕の表情で受け流して、
「わかった? これが答え。私が、こう言う行動を取る時は……」
再び耳元に口を寄せ、艶っぽい声でささやく。
「堪らなく欲情していて、今すぐ君に触れたい。触れて欲しい。そう思っている時だよ」
「な…っ!」
少しも照れることなく、恥ずかしいセリフを告げられ、一瞬にして体温が上昇してしまった。
それに比べ、これっぽっちも動じていないらしい彼の態度に、メチャクチャ腹が立つ。
……まったく、この人は……!
いつもいつも、恥ずかしいことを、ケローっとした顔で言ったりやったり出来ちゃうんだからっ!!
「もう、この――っ!……エロエロ大魔王ぅうううーーーーーッ!!」
悔しくて悔しくて。
私はつい、森に響き渡るくらいの大声で叫んでしまうのだった。
ギルはクスクス笑いながら、優しく私を抱き締めて、
「なんだい、それは? また、君が元いた世界の言葉? どういう意味なのか気になるけれど……君はいつもはぐらかして、教えてくれないよね? どうしてなのかな?」
髪をすくように撫でてから、面白がってるみたいに、指先に髪をくるくると巻き付ける。
「ど――っ、……どーして、って……」
私は気まずく口ごもり、ギュウっと彼の胸元にしがみついた。
べつに、秘密にするほどのことでもないけど。
改めて説明するのは、なんとなく恥ずかしいし……。
それに、意味を知ったら、『ひどいな。君は、私のことをそんなふうに思っているのかい?』とかなんとか言って、拗ねちゃうだろうし。
……うん。
やっぱり、教えるのはやめておこう。
「わざわざ説明しなくたって、見当ぐらい付くでしょっ? 自分が今、何をしようとしてたのか、思い返してごらんなさいよっ」
「何をしようとしていたか?……フフッ。それはもちろん、キスとか――」
彼は少し身を屈めて、耳元に口を寄せる。
「もしくは、それ以上のこと……かな」
誘うようなささやきに、クラッとしそうになりながらも。
ほとんど反射的に、彼の体を、力いっぱい突き飛ばしていた。




