第5話 神様との再会
「神様。もう会えないのかな……?」
つぶやいたとたん、脳裏に神様の笑顔が浮かんだ。
見た目は小学生みたいで、丈の短い袴を穿いて――男の子なのに、巫女っぽい服を着てて。
可愛いけど、生意気そうな顔つきに、生意気なセリフ。
会ったのは、たった二回だったけど。
ほとんど言い合ってばっかりいたけど、でも……私、神様のこと嫌いじゃなかった。
思い付きで、私と桜さんを交換しちゃったり。
桜さんに泣きつかれたからって、こっちの都合も考えずに、また元に戻したりって……勝手放題だったけど。
寂しがりやで、強がりで――顔を合わせたら、突っ掛かってばかりいたけど……。
でも、どこか憎めなかった。
最後には、すごく素直に、桜さんが好きだって打ち明けてくれて……。
ギルとカイル、どっちが好きなんだろうって悩んでたら、『おまえ、とっくにどっちか選んでるぞ』って、教えてくれて……。
「神様。桜さんには、ちゃんと会えた?」
木の幹に額を押し当てて、小声で訊ねてみる。
――すると。
(ああ、ちゃんと会えたぞ!)
「……え?」
神様の声が聞こえた気がして、桜の木を仰ぎ見る。
「……リア?」
不思議そうに、ギルが呼び掛けた瞬間。
(よかった! もう一度おまえに会いたくて、ずっと呼び掛けてたんだ。やっと声が届いた――!)
「――神様!?」
夢じゃない!
また、頭の中に響いた!
……神様だ。神様の声だ!
「リア? いったいどう――」
「神様っ、神様だよ! 神様の声が聞こえたの!」
ギルの言葉をさえぎり、興奮して大声を上げていた。
「ねえっ、神様でしょ? 神様なんでしょっ? 神様っ! 神様ってばっ!」
呼び掛けに応えるかのように。桜の木――神様の幹から、まばゆい光が発せられた。
その強烈な光に、思わずギュッと目をつむり――……。
再び、そうっと目を開けた時には、だだっ広くて何もない、真っ暗な空間でフワフワ浮いていた。
(大丈夫だって。そんな大声出さなくても、ちゃんと聞こえてるよ)
姿は見えないけど、ハッキリと、声が頭の中で響いている。
「神様っ!……よかったぁ。また会えた!」
(……ああ。また会えたな)
すごく優しい声で、そう言ってくれて。
なんだか、ジ~ンとしてしまった。
「ねえ、急にどーしたの? またこっちに戻って来たの? 桜さんに、会いに行ったんじゃなかったの? もしかして、会えなかったから戻って来たのっ?」
矢継ぎ早に訊ねると、神様がクスッと笑った気配がして。
(おい、落ち着けって。オレは、そっちに戻ったワケじゃないし、桜には、こっちでちゃんと会えたよ。心配するな)
「えっ!? こっちに戻ったんじゃないの? じゃあ……どーして神様の声が聞こえるの?」
(おまえのいた世界から、声ってゆーか、意識だけを飛ばしてるんだ)
「ええッ!? そんなこと出来るのっ!?……でも……力が弱まってる、って言ってたのに」
(まあ、そーなんだけどさ。不思議なもんで、こっちの世界に来てみたら――少しだけだけど、力が戻って来たみたいなんだ)
「戻った!?……ホントに? 力が戻ったの!?」
(ああ。だからこうして、おまえとも話が出来てるんだ)
「……そっか……戻ったんだ……。よかったね、神様! そっちの世界が合ってたのかな? それとも……桜さんに会えたから、一気に元気になっちゃった?」
からかい口調で訊ねると、
(な――っ! な、何言ってんだよっ! からかうんじゃねーっての!)
照れてるみたいなセリフが返って来て、プッと吹き出してしまった。
「フフっ。ごめんごめん。嬉しくて、つい……。えっと、じゃあ……ひとつ、訊いてもいいかな?」
(――ん?……まあ、いーけど)
「桜さんは、元気?」
一番気になっていたことを、思い切って訊ねてみた。
(え?……ああ。元気だぞ。――あ。けど……元気って言っても、おまえと違って、桜はおしとやかだからな。おまえみたいな、うるさいよーな元気とは違うけど)
「な…っ! なによそれっ!? おしとやかじゃなくて悪かったですねっ!……まったく。神様ってば、いっつもそーやって、私と桜さんを比べるんだから!」
(ハハッ。――悪い悪い。オレも、おまえに会えて嬉しかったからさ。こーやって言い合えて……つい、はしゃいじまったんだ。許せよ)
「――っ!」
……意外。
神様から、『おまえに会えて嬉しかったから』――なんてセリフが聞けるなんて……。
慣れない反応に、調子が狂ってしまいそうだった。
いつもなら、憎まれ口が返って来てなきゃ、おかしいとこなのに。
……ほんの少し見ない間に、大人になっちゃったなぁ……。
(――っと。力が戻ったって言っても、ほんの少しだからさ。あんまり、ゆっくりもしてらんないんだ。だから、用件だけ伝えとくな)
本当に時間がないのか、神様は早口になった。
「えっ? 用件?」
戸惑う私に、彼は更に早口になり。
(ああ。オレはもう、そっちには戻れない。一生、こっちにいることにしたから。おまえとも、これで永遠にさよならだ)
『一生』や『永遠』という言葉に、ヒヤリとする。
「え……? 永遠にさよならって、そんな――!……それじゃ、もう二度と……神様とは会えないの?」
(ああ、会えない。何度も会えるほどの力は、戻って来てないんだ。だから……そっちに、オレの代わりになるもの、置いてくことにした。よかったら受け取ってくれ)
「『代わりになるもの』? それって――」
(マズイ! もう時間がない!……じゃあな、リナリア! 桜は元気だから、安心してくれ。それから、桜の両親も。それとあの――気に入らない、オサナナジミってヤツも)
「気に入らないオサ……ああ、晃人のこと?」
(そーだよっ! いっつも桜の周りウロチョロしてて、気に入らないあの男っ! オレと桜の邪魔ばかりして!)
忌々しげにつぶやく神様に、一瞬きょとんとして――。
なんとなく、吹き出してしまった。
(ちょ――っ! なに笑ってんだよ!? 笑い事じゃないんだって!! ほんっとムカつくんだよ、あのオサナナジミ野郎っ!)
嬉しくて。少しだけ、くすぐったくて。
悪いとは思いながらも、私はクスクスと笑い続けた。
(おいっ! 笑うなって言ってんだろっ!?)
「フフッ。――ご、ごめ…っ。……だって、おかしくて」
(あのなー!? オレはほんとにメーワクして――……っと、悪い! 本当にもう、限界だ!……じゃあな、元気でな! オレのこと忘れんなよっ!?)
「あ、ちょ…っ、ちょっと待って神さ――っ」
(さよならリナリア! オレはこっちで楽しくやってるから、心配すんなよなっ!……これ、あいつにも伝えといてくれ!)
「あいつ、って……。あ。……うん、わかった! お父様のことだよね?」
(ああ! あいつにも、元気でなって。挨拶しなくてごめんなって。……今まで、ありがとうって)
「うん! 絶対伝えるよ!……それから、私もずっと言いたかったの! ありがとう神様っ!!」
(こっちこそ、ありがとなっ!……じゃあなっ、元気でなっ! オレ、おまえのこと……桜ほどじゃないにしても、結構気に入ってたんだぜっ!)
「えっ?…………うん。私もっ! 私も好きだったよ! ホントにホントに、ありがとーーーっ!!」
再びまばゆい光に包まれて、私はギュッと目を閉じる。
目を開けたら、そこにはもう……神様はいないんだ。
その事実を、切ないくらい感じながら……心の中で、もう一度だけつぶやく。
『ありがとう。そしてさよなら、神様』




