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第3話 魔性の執事

「あーあ……。見たかったなぁ。満月の夜のウォルフさん……」


 馬上で未練たっぷりにつぶやく私を、ギルは呆れたように見やり、深々とため息をつく。


「まだ言っているのかい?……まったく。君もなかなかしつこいね。出立してから、どれだけ経つと思っているんだい? 沈黙が訪れるたびに、君はその言葉を口にしているじゃないか。君に甘い私としても、いい加減ウンザリするよ」


「だって。絶対に見られないのかと思ったら、よけい気になっちゃって、仕方なくなっちゃったんだもん。……ねえ。ギルは見たことあるの、満月の夜のウォルフさん?」


 横を向いて見上げると、もろに視線がぶつかった。

 なのに、彼はフッと視線をそらせ、


「……ん、まあ……。あることはある……かな?」


 語尾を疑問形にしたりなんかして、気まずそうに遠くを見つめる。


「ギル?……なんで最後に疑問符が付くの? 自分の目で、ハッキリ見たんでしょ?」

「……うん……。それは、まあ……」

「だからっ! どーして言葉を濁すのよっ? 見たなら見た、見ないなら見ないって、ちゃんと言い切ってくれないと、イライラして来ちゃうじゃない!」


 ムッとして、つい声を荒らげてしまったら。

 彼は慌てたように視線を戻し、


「ああ、待って。君をいら立たせるつもりはなかったんだ。ただ……」

「……ただ?」


 私がギロリとにらんでやると、眉尻を下げて大きなため息をついた。


「ウォルフは……男の私の目から見ても、相当な美形なんだよ」

「うん。だろうね。アセナさんが、あれだけ綺麗なんだもん。弟であるウォルフさんだって、負けず劣らず美形だろうなって、予想はついてたから……それだけじゃ、全然驚かないよ?」


「ただの美形ならね。そう問題でもないんだが……。ウォルフは、その……ハッキリ言って、それだけではないんだ」

「……へ? それだけじゃない……って、どーゆーこと?」


 きょとんとして首をかしげると、彼は再びため息をつき、


「……魔性、なんだ……」


 耳を澄ませて、ようやく聞こえるほどの声でつぶやいた。

 私はポカンと口を開け、しばらくの間、彼の顔を食い入るように見つめてから、


「マショーって……魔性……ってこと?」


 自分でも、言ってて恥ずかしくなるくらいの、バカみたいな質問をした。


「魔性は魔性だよ。……満月の夜のウォルフは、その……こう言っては、アセナにひどい目に遭わされるに決まっているんだが、()()()()()()()()()んだ。そして、それだけではなく……そうだな、なんと言えばいいか……。そうだ。扇情的(せんじょうてき)、とでも言うのか……。左右で色の異なる、あの神秘的な瞳も関係しているのかも知れないが、妙に(つや)っぽいと言うのかな。とにかく、彼の姿を見た者は、男女問わず、たちどころに魅了されてしまうんだよ」


「だ……男女問わず? たちどころに……魅了……?」


「ああ。見た者全てを、瞬く間に(とりこ)にしてしまうんだ。これは冗談でもなんでもなく、事実なんだよ。百年以上前の満月の夜にも、誤ってウォルフの姿を目撃してしまった者が、数人いたそうなんだが……。その誰しもが、その夜以降、すっかり彼に参ってしまったらしくてね。大騒動になったことがあったらしいよ」


「ふぇえ~……。そこまですごいんだ?……なんか、催眠術並みの威力なんだね」


 感心はしたものの、私は半信半疑のままうなずいた。

 うなずきつつ、彼の発言の一部に、何か引っ掛かるものがあった気がして。

 発言を最初の方から思い返して行くと、ひとつ、重大なことに気が付いた。


「――あ。ちょっと待って? ギルも見たってゆーなら、ウォルフさんの虜になってなきゃおかしいよね?……なってるの?」


 即座にふるふると首を振り、


「なる訳がないだろう!? なっていたら大変だよ!」


 とんでもないと言うように、彼は全力で否定して来た。


「……でも、見たんでしょ?」


 まだ少しだけ疑いながら、私はジト目で彼を見つめる。


「子供の頃に、たった一度だけだよ。……その時は、一瞬だけ見惚れはしたが……私が子供だったのが幸いしたのか、それ以上の反応は示さなかったはずだ。もしくは、慌ててその場から離れたのが、よかったのかも知れないな」


「へぇー、そーなんだぁ……。じゃあやっぱり、見るのは諦めなきゃダメかぁ……」


「当たり前だよ! 君がウォルフの虜になるだなんて、考えただけでも恐ろしい……! いいかい、リア? 絶対に、何があっても、満月の夜にウォルフに近付いてはいけないよ? 約束してくれるね?」


 彼は私の頬に手を当てて、怖いくらい真剣な顔つきで迫って来る。

 その勢いに気圧(けお)されて、私は思わず、何度も何度もうなずいてしまった。



 すっごく残念だけど、仕方ないか。

 ギル以外の人の虜になる気なんて、私には、これっぽっちもないんだから。

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