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第1話 出立の朝

 ザックスに帰る日。

 まだ外が暗い時刻に、私はギルに起こされた。


 ほとんど寝惚けた状態で湯浴みをし、ようやく目が覚めて来たところで、身支度を整え、朝食を済ませ――。


 起きてから、僅か一時間足らずで、私とギルは馬上の人になっていた。



 早朝に出発すれば、夕刻までには、ザックスの城に着けるって話なんだけど……。

 朝早く出るって、昨夜から決まってたんなら、あんなに長いこと私を――……あ、えっと、その……。


 とっ、とにかく!

 前もって、知らせてくれてればよかったのに!


 お陰で、あくびの回数が、朝からハンパないったらないんだから……。

 あーもーっ、完全に寝不足だよっ!



「かなり眠そうだね、リア。道中、結構飛ばすつもりだけれど……大丈夫かい? うっかり眠り込んだりして、落馬しないように気を付けるんだよ?」


 アルフレド(ギルの愛馬)の上に横向きで座らせた私を、両腕で囲うようにして手綱(たづな)を握ったギルは、心配そうに訊ね、私の頭を数回撫でた。


 私は顔をしかめながら、


「眠そうなのは、誰のせいだと思ってるのよ」


 彼にはほとんど聞こえないような声で、ボソっとつぶやく。


「え? 今、なんて言ったんだい?」

「……なんでもない」

「リア?」


 彼は首をかしげて、まだ何か言いたそうにしていたけど、あえて無視して、


「それじゃ、ウォルフさん。いろいろとお世話になりました。次はいつ会えるかわからないけど……ギルのこと、よろしくお願いしますね」


 側で控えていたウォルフさんに、お別れの挨拶をする。

 彼は私達を見上げて目を細め、小さくうなずいた。


「はい。承知しております。リナリア様も、どうかお元気でいらっしゃいますように。再びお会い出来る日を、主と共に心待ちにしております」


「うん。本当にありがとう、ウォルフさん。あなたがいてくれなかったら、私……ギルと仲違いしちゃってたかも知れない。そうならずに済んだのは、全部あなたのお陰だよ」


「そのようなお言葉……もったいのうございます。私はただ、ギルフォード様のお目付け役として、執事として、当たり前のことをしたまででございますのに」


「そんなことない! ウォルフさんは、執事の仕事以上のことをしてくれたよ。ホントに、何度も何度も救われたもの。あなたがいてくれなかったら、私……ギルのこと、嫌いになっちゃってたかも知れないし」


「ええっ!?……リ、リア。今言ったことは本当かい? 君は私のことを、嫌いになっていたかも知れないのか?……いったい何故……。そりゃあ、多少強引なところはあったと思うし、何度も、君を泣かせはしたが……。まさか、嫌いになる寸前だったなんて、思いもよらなかった。……リア……。ああ、ダメだ! 長く離れていることが、心配になって来てしまったよ。……そうだ! 今からでも遅くはない。セバスに書状を出し、帰るのは、もう数日待ってもらうことにしよう。ねっ? そうだ、それがいい! そうしよう、リア!」


 私の言葉に不安を覚えたらしいギルが、馬上で大騒ぎし始めて。

 私もウォルフさんも、すっかり呆れ返ってしまった。


「もう! 今更なに言ってるのよ? 昨日、『明日送って行く』って言ってくれたのはあなたでしょ?……ザックスに返事は出しちゃったんだし……。セバスチャンだって、心配してるだろうし、先生とイサークの様子だって気になるし、シリルやニーナちゃん、アンナさんやエレンさんや、グレンジャー先生にだって会いたいし……」


「君は、私よりセバスやシリルや――その、なんとかっていう教育係や、イサークや達の方が大事なのか!? 私との仲が危うくなるかも知れないってことよりも、君の国の者達の方が――」


「ギルっ、それ以上言っちゃダメ!!」

「――っ!」


 私の大声に、ギルはビクっと肩を揺らした。


「あなただって、わかってるはずでしょ?……ううん。私なんかより、あなたの方が、もっとずっと、わかってるはずだよ。あなたも私も、いつだって、国のことを考えていなくちゃいけない立場なんでしょ? 自分の後ろには、いつでも国や、お父様や、多くの人臣がいることを忘れちゃいけないって、あなたが教えてくれたんじゃない。……ね? 国と恋人とを、天秤に掛けたりしちゃいけないの」


「リア……」


 私はそっと手を伸ばして、彼の頬に触れた。

 薄く笑みを浮かべながら、


「私だって、本音を言えば……ずっとあなたと一緒にいたい。帰りたくなんかない。このままこうして、ギルの隣にいたいよ。でも……それはまだ無理なんだってことは、誰よりも、あなたが一番わかってるでしょ? あなたは、フレディが立派な王様になれるよう、力になってあげなきゃいけないんだし。私は私で、いつか、国を(にな)える人になるために、たくさん勉強しなくちゃいけない。……ね、そうでしょ?」


「……わかっている。それはよくわかっているよ。わかっているが、私は――!」


「ギル……。どんなに離れてたって、私の気持ちは変わらないよ? これから先、どんなことがあったって……ギルのことが好き。誰よりも、一番大切なの。それは信じてくれてるよね?」


「……ああ。しかし君は、『嫌いになっていたかも知れない』と――」

「もうっ、バカっ!」


 私は両手で彼の頬をつまみ、思い切りムギュッと引っ張った。

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