第12話 愛しさが溢れて
「――まあ、簡単な罠に掛かるかどうかという話は、この際どうでもいいんだが。……で? 君はフレディに、どんな感じのキスをされたんだい?……まさか、私とするような……恋人同士がするようなキスではないだろうね?」
彼は呆気なく話題を変え、私の両手を取って引き寄せると、片手を腰に回し、小首をかしげて訊ねる。
「ち――っ、違うっ! そんなんじゃないよっ! もっと軽い――ほんの一瞬だけ触れた程度の…っ、……キス……だった、よ……」
「本当に?」
「ホントだよっ!――だいたい、そんなキスされてたら、もっと激しく動揺しちゃってたと思うっ、し……」
彼はじーっと、食い入るように私を見つめた後、目を閉じて、ほうっと息をついた。
「うん。どうやら本当のようだ。――仕方ないな。嘘をつかれたのは、少々傷付いたけれど……軽いキスくらいなら許すとしよう」
「…………」
「――ん? どうかしたかい? 私の顔に、何かついている?」
「…………」
「リア? いったいどう――」
「ああッ!?――あれっ! あれ見てっ、ギルっ!!」
私はギルの背後を指差し、大声を上げた。
「……は?」
「えっ?……あ、いや、だから……あ、あれを……見て?」
「あれって?」
「えっ?――だ、だからっ、あ、あれ――」
「どうして、見なければいけないんだい?」
「ええっ?……ど、どーしてって……だって……」
「振り向いて、何かがあったとして。――君は、私に何をして欲しいの?」
「え……。何って、べつに……。ただ――見て欲しく、て……」
う……うぅぅ……。
うわーーーんっ!
失敗しちゃったよバカぁあああーーーーーっ!!
恥ずかしさと悔しさのあまり、私は思わず涙ぐんだ。
唇を噛んで、うつむこうとした私の顔を、彼は素早く両手で包み込み、強引に上向かせる。
「バカだな……。だから、引っ掛からないと言ったろう? こんな幼稚な手に引っ掛かってしまう困った人は、君くらいのものだよ。……これで納得した?」
「……うぅ……。うー……」
情けなくて、涙がこぼれそうだった。
自分のバカさ加減を、わざわざ自分で証明してみせちゃうなんて……あまりにも滑稽すぎる。
「……本当にバカだな、君は……」
呆れたような言葉とは裏腹な、限りなく優しい声でささやくと。
『愛しくて堪らない』ってセリフが聞こえて来そうな、甘さ全開の眼差しで、彼は私の顔を覗き込む。
「可愛いリア。……そうだ。二度と罠に掛からずに済むように、私が魔法を掛けてあげよう」
「……え? まほ、う……?」
「そう、魔法だ。……君にだけ教えてあげる。だから、少しの間だけ横を向いて?」
「……横?……え、と……これでいいの?」
私は彼に言われるまま、ぎこちなく体を横に向けた。
「うん。そのままじっとして……っと、そらっ」
「ひゃあっ!?」
抵抗する間もなく、彼は私を軽々と抱き上げて――いわゆる『お姫様抱っこ』をした状態で、私の顔を覗き込むと、満足げに微笑んだ。
「ほぅら。また引っ掛かった。……フフッ。まったく。たやすく騙されてくれるね、君という人は」
「なっ、ひど…ッ!……もぉっ!! どこまで人をバカにすれば気が済むのよッ!?――もぉもぉッ! どーせ私はバカですよっ! 好きなだけからかえばいーんだわっ!……もぉ……ギルなんて大っ嫌いっ!!」
さっきよりも更に強い屈辱と羞恥心で、顔が燃えるように熱くなった。
きっと今、私の顔は――よく熟したリンゴみたいに、真っ赤になっているに違いない。
「大嫌い?……それはひどいな。これほどまでに……君を愛しているのに」
耳元でささやいて、彼は私の耳たぶを軽く噛んだ。
「ひぁッ!?――ちょ…っ、ちょっとやめ――っ、ん…っ」
今度は、首筋に優しく吸い付かれ、反射的にギュッと目を閉じる。
「最後の夜だからね。遠慮はしないよ? 今宵は気が済むまで、君を愛し尽くすから……覚悟しておくといい。……ね、リア?」
再び、耳に唇が付くくらいの距離でささやかれ……熱い吐息に、ゾクッと身震いする。
「なっ……ななっ、何言って――っ? あ、愛……愛し尽く――っ、って、バカなこと言わないでっ! 明日帰るってゆーのに、そんなのム…っ、ほぁっ?」
うろたえる私をものともせず、彼は私をベッドまで運んで横たえると。
素早く私の体の上にまたがり、顔の横に両手をついて、妖しく微笑む。
「明日帰るからこそ、だよ。次、いつ会えるかわからないのだから……君の可愛い顔も、その声も――柔らかい肌の感触も、香りも、キスの味も……全て忘れないように、記憶と体に刻みつけておかなければ」
「かっ、体に刻――っ!?……って、何ワケのわかんないこと言――っ、んぅ――!」
唇が重ねられては、すぐ離れ、再び重ねられ――ということを、何度か繰り返した後。
彼は私の下唇を唇で柔らかくはさんだり、形を舌でなぞったりして、深いキスへと誘う。
夢中で彼の行為に応えているうちに、息が上がって来て、頭もしびれて――だんだん、何も考えられなくなって……。
「リア――。愛している。愛している……! 私には、君だけしかいない。リア……私のリア……」
繰り返しささやかれる甘い言葉に、身も心も、とろとろにとけてしまいそうで。
熱に浮かされた時のような心細さと、抗えきれない高揚感に、いつしか、私の両腕は彼の首に回され、夢中でしがみついていた。
いよいよ次が最終章です。
ここまで長い話にお付き合いくださった方、ありがとうございました!
お疲れとは思いますが、あと一章分だけ、お付き合いいただけますとありがたいです。
どうかよろしくお願いいたします!