第11話 口車に乗せられて
「まったく。……何故君は、そうもわかりやすい反応をするかな……」
ギルはため息まじりにつぶやくと、体を離し、私の腕を柔らかくつかんで、自分と向き合うように体ごと振り向かせた。
「えっ?……あ、あの……。ギル?」
戸惑って見上げる私に、彼はぐいっと顔を近付けて来て、
「今のは、君の反応を見るためについた嘘だよ。フレディが君に何をしたかなんて、黙っていられたら、わかるはずないじゃないか」
少し拗ねた口調で告げ、私の額に、コツンと自分の額をくっつける。
「え……。ええっ!? じゃあ、私がフレディにキスされたこと……」
「もちろん、知らなかったよ? されたとすれば、キスくらいだろうと思って、芝居を打ってみたんだ」
「しっ、……芝居って……」
つまり私は。
まんまとギルの口車に乗せられて……キスされたことがバレちゃってるのかと、焦った時の反応で……『やっぱりキスされたんだ』って、ギルに確信を持たせちゃった、ってこと……?
「も……もぉおおおおーーーッ!! どーしてあなたはっ、いつもそーやって卑怯なことをぉおおおっ!!」
またしても、してやられてしまった。
情けないやら腹立たしいやらで、ギルの胸元をポカポカと打つ。
彼はムッとしたように、口をへの字にして、
「私が卑怯と言うなら、君だって嘘つきじゃないか。何故、正直に話してくれなかったんだい? 別れの日くらいは大目に見ると、さっき伝えておいたのに」
軽く手を置いていただけだった肩を、今度は力を込めてつかみ、眉を吊り上げて不満を漏らした。
「そ…っ、それは……。悪かったと思ってる、けど……」
「――けど?」
「だっ……だって、大目に見てくれるって言っても、どの程度のことまで大目に見てくれるんだか、わかんなかったし……。これでまた、二人の関係にヒビが入っちゃったりしたら、悔やんでも悔やみ切れないって……そう思ったから……」
思ったことは事実だけど。
嘘をついちゃったのは、明らかに私の方が悪かったんだから、強気に出ることも出来ず。
気まずくて、私は彼から視線を外した。
彼は小さくため息をつき、
「信用がないんだな、私は……。まあ、今までの経緯があるから、そう激しく、君を責めることも出来ないが……」
私の頬に手を当て、瞳の奥を覗き込むようにして。
「それで? フレディはどういう方法で、君にキスしたんだい?……どうせまた、小さな罠にでも掛かってしまったんだろうけれど」
「う――っ。……な、なによ、『どうせまた』って? それじゃ、まるで私が、何度も罠に掛かってるみたいじゃな――っ」
「掛かっていないとでも言うつもり? 何度も君を罠に掛けて、そのたびに成功して来た男が、目の前にいるというのに?」
「う――ッ!……う……うぅ……」
あーーーっ、屈辱っ!
何か言い返したいのに、ぐうの音も出ないなんて……。
「そ、れ、で? 今度は、どんな罠に引っ掛かって、フレディに唇を奪われたんだい?」
……悔しいけど、完全に負け戦だった。
私はすっかり観念して、フレディにされたことを、全部正直に打ち明けた。
とたん、彼は額に片手を当て、ヨロヨロと数歩後ずさり――。
新種の生き物でも発見したかのような目で私を見つめ、軽く頭を振りながらつぶやいた。
「バカな……。そんな子供騙しのような罠にすら、たやすく引っ掛かってしまうなんて……」
「かっ、簡単な罠じゃないもんっ! ギルだって、急に目の前に手を出されて、あんなこと言われたら――絶対、そっち向いちゃうに決まってるんだからっ!」
ムキになって言い返すと、彼はまた、ゆるゆると首を振り、
「……ないよ。それはない。……そんな手に引っ掛かるような人間は、そう多くはいないよ」
ガックリと肩を落とし、私の意見を完全否定する。
私はグッと両手を握り締め、負けじと食い下がった。
「嘘っ! 絶対絶対、ギルだって引っ掛かるよ!」
「引っ掛からないよ、私は」
「嘘うそっ!! 引っ掛かるっ!!」
「引っ掛からない」
「引っ掛かるっ!!」
「引っ掛からない」
「引っ掛かるったら引っ掛かるッ!!」
「絶対に引っ掛からない」
「う……。む、むぅ~~~……」
どこまでも冷静に否定されてしまい……。
ムカムカして、キツく唇を噛み締めた。
……嘘だよ。
ギルだって、気を抜いてる時にあんなこと言われたら、絶対つられて、そっち見ちゃうはずだもの。
今は身構えてるから、無理かも知れないけど。
もうちょっと、リラックスしてる時にでも、何気なく言われたら……。
絶対絶対、引っ掛かるに決まってるんだからッ!!