第10話 わかりやすい人
「やはり会っていたんだね……フレディに。会って……そしてまた、何かされた。そうなんだね?」
低く、冷静な声色で問い掛けられて、ヒヤリとする。
……ヤダ。
最後の夜なのに。
この次は、いつ会えるかわからないのに……。
なのに、また……ギルのこと怒らせて、変な雰囲気になっちゃうの?
そんなのヤダ。
ヤダよ――!
誤解だけはされたくなくて。
事情を知ってもらおうと、私は慌てて口を開く。
「ち、違うのギルっ! 聞いてっ!?……黙ってようって思っちゃったのは、悪かったと思うけど……。でもっ、フレディと会ったって言っても、お別れの挨拶をしてただけなのっ!……た、助けてもらったお礼も、まだ言ってなかったし。ちゃんと、ありがとうって伝えたかっただけなの! だから――っ、だからそんな、やましいこととかは全然っ、全然なくて――っ」
キスされちゃったことは、やましいことに入っちゃうのかも知れないけど……。
でも、あれだって、お別れの挨拶と思えば、思えないこともないしっ!
フレディだって、次に会う時は、姉上って呼ぶって言ってたし。
それって、つまり……気持ちにケジメつけてくれた、ってことなんだろうし。
だからこれはっ、やましいうちには入らないと思うしっ!
「――く…っ」
ふいに。
どう説明すればわかってもらえるだろうと、必死に考えていた私の耳元で、ギルが小さく吹き出した。
「フフッ、……フ。……ハハっ、ハハハハッ」
……と思ったら、今度は大声で笑い出し、私は呆然として固まった。
……な……なに……?
なんで、急に笑い出すの?
私、そんなにおかしいこと……言った……?
訳がわからず、ただただ呆気に取られている私の後ろで、彼は必死に、笑いを堪えているようだったけれど。
「す……すまない、リア……。き――、君があまりにも、懸命に……弁解してくれるものだから。か……可愛らしくて、つい――」
話している間も、彼はクスクスと笑い続け……。
瞬間、私はカーッとなって言い返した。
「また!? またからかったのッ!? 人が誤解されないようにって……なるべく、ギルがヤキモチ焼かないで済むようにって、いっぱい考えて……。なのに……なのにまたあなたは…ッ!!」
許せなくて、腕の中で思いきり暴れた。
手足をバタつかせて、彼の腕を引っ掻いて、噛み付いて……って、そこまでしたのに。
彼は決して、私を腕から逃さなかった。
「すまない。本当に悪かった!……また、いつもの悪い癖が出てしまって……。君に、不快な思いをさせるつもりはなかったんだ。――申し訳ない。何度でも謝るよ。だからお願いだ。……機嫌を直してくれないか?」
まるで、暴れ馬を落ち着かせようとでもするみたいに。
優しい声で語り掛け、苦しくならないように、力を加減したりしながら。
彼は私を、強く抱き締め続けた。
最初こそ、絶対許さないって、暴れまくっていたんだけど。
彼の声の穏やかさと、体から伝わって来る温かさに、次第に心が解けて行き……。
結局私は、最後にはすっかり大人しくなって、彼の腕に包まれていた。
「……落ち着いた?」
耳元で訊ねられ、小さくうなずく。
「……うん。落ち着い……た」
彼はホッとしたように息をつき、私の頬にそっとキスする。
「よかった。最後の夜――この限られた貴重な時を、ケンカで台無しにしたくはないからね。姫の機嫌が直って、ホッとしたよ」
「……ごめんなさい」
素直に謝ってから、彼の腕に手を置いて、
「でも、フレディと会ってたってわかっても、ギルが嫉妬しないなんて珍しいね?」
訊ねつつ顔を上げて、彼を窺う。
「ああ――。……まあ、嫉妬していない訳ではないけれど……ね。最後の日くらいは、大目に見ようと思っただけだよ」
「……そーなの?」
「うん。……それで? フレディと、どんな話をしたんだい?」
「うん……。えっと、まずはお礼を言って……それから、ギルが許すって言ってたことを伝えたの。そしたら彼、泣き出しちゃって……」
「泣いた?」
「うん。……嬉しかったんだと思う。大好きなお兄さんと、前みたいに親しく出来るんだって思ったら、ホッとして……いろんな感情が、込み上げて来ちゃったんじゃないかな?……それと、あとは……泣き止んでから、私のこと『姉上』……って」
「姉上?」
「……うん。今度から、そう呼ぶようにするって。話し方も、急にすっごく丁寧になってて……」
「……そう」
ポツリとつぶやく彼に、何故か、胸がツキンと痛んだ。
「あとね? 迷子になっちゃったって言ったら、フレディの部屋の前まで送ってくれて、それから――」
瞬間。
いきなり抱き締められ、キスされた記憶が、脳裏をよぎった。
「……リア? 送ってもらって……それから?」
「え……。え……っと……。そ、それだけ! フレディの部屋の前でお別れを言って、それから、ここまで一人で戻って来たの!」
「…………」
黙り込んでしまったギルに、再び心臓が暴れ出す。
正直に言っちゃった方が、よかったのかな……?
別れの日くらいは大目に見るって、さっき言ってたし……隠す方がマズかったのかも……。
冷や汗が、ツーっと背中を伝う。
私は、判断を誤ったんだろうか?
せっかく、和やかな雰囲気に戻ってたってゆーのに、自分のミスで、ぶち壊してしまったんだろうか?
緊張で、震え出しそうになる体を、両腕で押さえ付ける。
きっと、怒ってるワケじゃないって、祈るような気持ちで。
私は、彼の次の反応を待った。
「……そうか。フレディは……君に、キス……したのか――」
ようやく口を開いた彼の、抑揚のないつぶやきに。
私はとっさに口元を押さえ、心の中で絶叫した。
だからどーして……っ!
どーして何も言ってないのに、バレちゃうのよぉおおおーーーッ!?