第9話 部屋の前でのためらい
ギルの部屋の前で。
私はドアノブに手を置いては離し、また置いては離し……という動作を、さっきから何度も繰り返していた。
彼と顔を合わせて、何事もなかったかのように振る舞える自信がなかったし。
フレディとのことがバレて、最後の夜が気まずいものになってしまったら……と考えると、怖くて堪らなかったから。
ああ……困った。
このままずっと、ここでこうしてるワケにも行かないしなぁ……。
だけど、ギルの前で不審な行動取っちゃったら……って思うと、やっぱり、どーしても勇気が出せない。
……ギル、すぐ気付いちゃうんだもん。私のちょっとした変化に。
ま、まあ……さすがに、首元のアレは……ちょっとした変化とは、言えなかっただろうけど……。
……ハァ。
あの時だって、あれさえ気付かれてなかったらなぁ。
ギルが怒っちゃうこともなかっ…………って、んん?
あ! そっか!
あの時は、首元のアレに気付かれちゃっただけで。
フレディに、他のとこにもキスされちゃったことは、結局、バレずに済んだんだっけ?
……なんだ。そっか。
だったら今度も、私さえボロを出さなければ……。
ちょっとだけ、マズい展開にならずに済む自信(?)が、湧いて来た時だった。
いきなり、ドアが内側から開き、私はギョッとなって、数歩後ずさった。
「ああ、やはり君か」
ドアを開けたのは、当然のことながらギルだった。
私は心底ビックリして、
「えっ?……どっ、どーして? なんで、私がここにいるってわかったのっ?」
ついつい、訊ねてしまったら。
彼は困ったような顔をし、小首をかしげた。
「いや……なんでと言われても。なんとなく、君がいるような気がしただけなんだ。もしかして……かなり前からここにいた?」
「えっ?……ま、まさかっ。たった今、ついたばっかりだよっ?」
慌ててふるふると首を振ると、彼は眉をひそめて、
「本当に? また、何か隠しているのではないだろうね?」
両手で私の頬を挟み込み、顔をそらせられないように固定すると、探るような瞳で覗き込む。
私は彼の両手をつかんで、必死に顔から引き離そうとしながら。
「な、何も隠してなんかいないってば!……そんなことより、早く部屋に入れてっ? さっきから肌寒くて……このままじゃ、体調崩しちゃうよっ」
確かに、肌寒くはあったけど。
そこまで深刻に、体調の心配をしてたワケじゃない。
話をそらす目的で、わざと大袈裟に言ってみただけだ。
それなのに。
彼はたちまち顔色を変え、
「すまない、気が付かなくて。――さあ、おいで。明日国へ帰るというのに、体調を崩させてしまったら、クロヴィス様とセバスに、申し訳が立たないからね」
優しく私の肩を抱き、部屋に招き入れると、後ろ手にドアを閉めた。
そして出し抜けに、後ろから私を抱きすくめ、
「ああ……本当だ。体が冷えてしまっているね。……だが、おかしいな。今まで君は、父上の部屋にいたんだろう?」
不審そうに訊ねて来て、私の心臓はドッキンと跳ね上がった。
「えっ?……う、うん。……そー……だけど?」
内心、ヒヤヒヤしつつ答えると。
彼は体をかがめ、耳元に口を近付けて、ささやくように訊ねる。
「では、どうして……こんなに体が冷えてしまっているんだい? 父上の部屋は、そんなに寒かった?」
「そ――っ、……そんなこと、ないよ? ちょーどいい……感じだった……よ?」
「……ふぅん……」
意味ありげに相槌を打ったきり、彼は黙り込んでしまった。
彼の腕に抱かれたまま、私は身動きひとつせず、ひたすら、彼の言葉を待つ。
う……マズイ。
なんかこれ……すっごく、ヤバイ感じになっちゃってるんじゃない?
で……でもっ、まだバレたワケじゃないしっ。
だいじょーぶ、だいじょーぶ……。
こんなに体が冷えちゃったのは、庭を少し散歩してたからだ――とかって言えば、ごまかせるはず。
……うん。大丈夫。
問題ない、問題ない――。
「リア」
「えっ?……な、なぁに?」
「フレディと、どんな話をしたの?」
「ん? どんなって、べつに、大したことは……。って、ええッ!?……ど、どどっ、どんなっ……て……」
うぇええええっ!?
な――っ、なんか知らないけど、バレちゃってるッ!?
……嘘……っ。
な……なんで?
私、今……特に変なことは……言ってなかった……よね?
心臓が、ドックドックと暴れ出し。
一瞬、頭がクラッとなって……息苦しくて、私は慌てて胸元を押さえた。




