第7話 ルドウィン国次期国王
私から体を離すと、フレディは恥ずかしそうに目を伏せた。
「す……すまなかったな、リナリア。また、取り乱してしまって……」
「う、ううんっ。だいじょーぶだよっ? フレディも、いろいろあって、ずっと気を張ってたんだろうし。……いっ、一気に来ちゃったんだよねっ? 感情の波が、こう……ザッパーン!――って」
照れ隠しで笑ってみたけど、フレディはクスリともしてくれず、気まずい沈黙が流れた。
……う、どーしよ。
なんか、話振らないと……。
焦った私は、懸命に次の話題を探した。
でも、焦れば焦るほど、なんにも浮かんで来てくれなくて――胸の辺りがギュウっとなる。
何かないかなぁ?
取りあえず、気まずい雰囲気さえ打ち壊せれば、どんな話題だっていいんだけど。
フレディに話しておきたいこととか……何かなかったっけ?
話したいこと、話したいこと……。
……う~ん。なんだろ?
何かあったような気がするんだけど……。
一人でぐるぐると考えていたら、ようやくフレディが口を開いた。
「次におまえと――いや、あなたとお会いする時は、『姉上』とお呼びしなければならないのでしょうね」
「――ふぇっ!?」
いきなり改まった口調で、なに言い出すのっ!?
……『姉上』、だなんて……。
なっ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいっ!!
「なに言ってんの、フレディってば!? あ……姉上とかって、やめてよねっ! そんな呼び方、べつにしなくていーってば! 今のまま……リナリアのままでいーよっ!」
「……ですが、あなたは私の『姉上』となられるのですから。けじめは、きちんとつけておかなければ。これからは、姉上と呼ばせていただきます」
「ええええっ!? ヤダっ!! そんなのヤダってば!!」
「嫌だと申されましても困ります。――兄上の前で、馴れ馴れしく『リナリア』などと、お呼びする訳には参りません」
フレディも頑固だ。口調を元に戻す気はないらしい。
なんだか、無理に距離を置かれている気がして、落ち着かなかった。
「あなたは、私の姉上となられる方だ。早くその状況に慣れたいのです。……いえ、慣れなくてはいけないのです」
「フレディ……」
どこまでも真剣な、固い決意を宿した瞳――。
その瞳を見ていたら、『恥ずかしいからイヤだ』なんて、ただの我儘って気がして来て……。
ためらいながらも、私はしぶしぶうなずいた。
「……わかった。フレディが、自分でそう決めたんなら……もう、何も言わない」
……ちょっと寂しいけど……。
でも、仕方ないことなんだよね。
フレディは、これから一生懸命勉強して――数年後には、この国の王になる人なんだから。
他国の姫であり、将来は姉になる予定の私と、今から、ちゃんとした態度で接しておきたいっていう彼の考えは、きっと間違ってない。
……なんだか、すごい勢いで、成長しちゃった気がするなぁ……。
不思議と、彼が前より大きく見える。
自覚が芽生えると、男の子って……こうも急激に、たくましくなっちゃうものなの?
……私も頑張らなきゃ。
国に帰ったら、オルブライト先生に、ビシビシしごいてもらおう。
そう思ったとたん。
脳裏に、鞭を持ったオルブライト先生の姿が浮かんで、私は慌てて首を振った。
「リナ――……姉上? どうかなさいましたか?」
怪訝顔で訊ねられ、ハッと我に返る。
「う――、ううんっ。なんでもないっ。……ちょっと、ね……」
曖昧な笑みを浮かべつつ、適当にお茶を濁した。
すると、急に風が吹いて来て、私は身を屈めて体をさすり、
「ちょっと、肌寒くなって来たね。そろそろ城内に戻ろっか?……あ。それとね、私……実は、迷子になっちゃったの。だから、その……ギルの部屋の近くまで、送ってってもらえるとありがたいんだけど……」
恥ずかしかったけど、自分が迷ってしまったことを正直に打ち明けた。
「迷子?……ああ、そうか。この城の外へは、出ていないのでしたね。……わかりました。私がお送りいたします」
「ホント?……あー、よかった。ありがとう、フレディ」
ホッとして微笑むと、フレディは片手で私の手を取り、ギュッと握った。
「えっ?……フ、フレディ?」
ビックリして、彼の顔をまじまじと見つめる。
彼はフッと笑って、
「また迷子にならなぬよう、手を繋いでおきましょう。……いいですよね、姉上?」
小首をかしげて訊ねる顔が、ドキッとするほど大人びて見えて……。
動揺を覚られないように気を付けながら、私は小さくうなずいた。
「それでは参りましょう、姉上」
そう言って、先立って歩き出す彼に、複雑な思いで従う。
……ズルイよ、フレディ。
どんどん、一人で大きくなっちゃわないでよ……。
これでも私、あなたより、ひとつお姉さんなんだから。
あんまり成長、見せつけないで?
全然成長出来てない自分が、情けなく思えて来ちゃうじゃない……。
ギルよりは少し小さな――でも、私よりは、ちょっとだけ大きな彼の手に引かれながら。
私は、羨望とも嫉妬とも取れるような感情を胸に、黙々と歩き続けた。




