第3話 気まずい対面
ドアが開き、フレディが入って来た。
「何かご用でしょうか、父う……えっ!?」
ツカツカと国王様へと近付いていた足音が、私の後方でピタリと止まる。
「リ……リナリア……」
恐る恐る、後ろに顔を向けると。
フレディが呆然と私を見つめ、彼の周りだけ時が止まってしまったかのように、身動きもせず立ち尽くしていた。
「フレデリック、どうかしたかい?」
国王様の声にハッとし、一瞬体を震わせた彼は、私から視線をそらし、怒ったような顔を国王様に向ける。
「父上! どういうことなのですか!? 何故、リナリアがここ――っ、……あ、いえ……。リナリア姫が、こちらに?」
「もちろん、私が呼んだからだよ。彼女が国へ帰る前に、もう一度話をしたくてね。……フレデリック。おまえも彼女に会いたかっただろう?」
「ち――っ、父上っ!」
フレディは、瞬時に顔を赤くし、にらむように国王様を見据えた。
「ん? どうしたんだい? リナリア姫に、会いたくはなかった?」
訊ねられたとたん、フレディは気まずそうに顔を背ける。
「そっ、そんな……。ぼ――私は、べつに……」
「おや? 会いたくはなかったのかい?……それでは、よけいなことをしてしまったかな。ごめんごめん。気を利かせたつもりだったんだが」
「なっ、何が気を利かせたっ――ですか!? 父上はいつもそうやって、よけいなことばかりなさるのだからっ! 僕が――っ、わ、私がリナリア姫に会いたいだなどと、どうしてそんな思い違いを――っ」
「思い違い?……本当に? 本当にそうなのかい? おまえはリナリア姫に……会いたくはなかった?」
「あ……会いたいなどと、私が思ったところで、どうしようもないではないですかっ! 彼女は兄上の婚約者なのですよ!? どうして私が、会いたいなどと思――」
「おまえがリナリア姫に、恋をしてしまっているからだよ。感情の抑制が利かなくなるほど強く、ね」
「――っ!」
フレディは、ビクッと体を揺らし、怯えるような瞳で国王様を見返した。
顔色は見る間に悪くなり、体は小刻みに震え出す。
「私が気付いていないとでも思っていたのかい?……そんなはずがないだろう。おまえが、リナリア姫にどんなひどいことをしたのか――それすら、私は知っているよ」
ハッと息をのむ音が、私の耳にまで届いた。
フレディは、一瞬だけ私に視線を投げ、すぐにそらしてから、震える声で――まるで、独り言のようにつぶやく。
「アセナか? あいつが父上に告げ口を……? 何故……何故だっ! アセナが僕を裏切るなんて。アセナだけは、いつだって僕の味方だと信じていたのに。信じていたのに――ッ!」
「いい加減にしないか、フレデリック!!」
耳をつんざく大声に、フレディばかりでなく、私の肩までもがビクンと揺れた。
「……ち……父、上……?」
フレディも、国王様が、ここまで大声を出すだなんて、思ってもいなかったんだろう。打ちのめされたかのように、立ち尽くしている。
「告げ口だの裏切っただの、見苦しいことを言うのはやめなさい。おまえは、この国の次期国王なんだよ? もう少し、自覚を持たなければいけない。アセナに甘えてばかりいては、成長出来やしないだろう?」
「…………」
国王様の言葉を、フレディは顔を伏せ、ギュッと拳を握り締めながら聞いている。
その様子は、叱られてシュンとしていると言うよりは、腹立たしさを、必死に堪えているかのように見えた。
「いいかい? おまえがしたことは、国王にふさわしいふさわしくないという以前に、人として恥ずべきことだ。絶対に許されないことなんだよ? それはわかっているね?」
「…………」
フレディは無言のまま答えない。
国王様はため息をつき、再び口を開いた。
「リナリア姫は、ザックス王国の第一王女であり、ギルフォードの大切な婚約者だ。それがわかっていて尚、あのような行為に及んでしまったことは、悪かったと思っているね? もし、思っていないのだとしたら、それは大変なことだ。おまえの教育を、初歩の初歩からやり直さなければならなくなる。それが、どんなに周りの人間に迷惑を掛けることになるか、わかっているかい? おまえがちゃんとした人間になってくれるまで、ギルフォードは婚礼の儀を行えないし、これからおまえを支えて行ってくれるはずのダグラス――マイヤーズ卿にだって、多大な迷惑を掛けることになるんだよ?」
「だったら、国王は僕ではなく、兄上にお任せすれば良いではないですかッ!! どうせ父上だって、兄上の方がふさわしいと思っているのでしょうっ!? そんなこと、最初からわかっていることだ! 僕より兄上の方が国王にふさわしい。誰だってそう思っている! なのにどうして、僕に全部押し付けようとするんだっ!? この国の王には、兄上になっていただけばいい! そうすれば僕は――っ」
「そうすれば……おまえがリナリア姫と婚約出来ると? ザックス王国へ行くのは自分の方だと……そう言いたいのかい?」
「ちっ、……違うっ! ぼ、僕はそんなっ、そんなこと考えてない!! 考えてなんか…っ」
フレディはかわいそうなくらい真っ青な顔になり、片手で口元を押さえ、更に大きく震え出した。
「本当に? 本当に、ただの一度だって、思ったことはないのかい? もしも、リナリア姫の婚約者が、ギルフォードではなく、自分の方であったらと……考えてみたことは?」
「そ……そんな……こと……」
「フレデリック。私は、おまえを責めている訳ではないんだ。リナリア姫を好きになってしまったのなら、そういうことを考えたとしたって、少しもおかしいことではないよ。愛する人と結ばれる夢を見る権利は、誰にだってあるからね」
「……違、う……。違う。僕は……僕は……っ」
「だが、それはあくまで夢の話だ。それ以上のことを求めることが許されるのは、リナリア姫に愛された人間だけ。ただ一人だけなんだよ」
「……違う。僕は……僕はそんなこと考えてないッ!! 考えてなんかいるもんかッ!!」
思い切り叫んできびすを返すと。
フレディはドアへと突進し、体当たりでもするかのような勢いで、部屋から出て行ってしまった。
「フレディッ!!」
とっさに後を追おうとした私の背に、
「リナリア姫!!」
国王様の声が飛び、反射的に振り返る。
「君ならば、彼を救えると信じているよ。何から何まで、君に頼ってしまって申し訳ないが……フレデリックのこと、よろしく頼む」
「……陛下……」
私は一瞬ためらってから、国王様の目を見てうなずいた。
慌ててドアを開け、左右を見回してみたけど、フレディの姿はどこに見当たらない。
どちらの方向に行くか迷った末、私は運を天に任せることにして、左側の方へ駆け出した。




