第14話 震える声
ウォルフさん達が出て行った後。
私はギルの腕に寄り掛かっていたことを思い出し、離れようと一歩足を引いた。
すると、ギルは素早く私の腕をつかみ、正面から抱き締めて来ると、私の首元に顔を埋めた。
「ギっ……ギル?」
ビックリして、顔を上げようとしたけど、彼の手が、私の頭を肩口に押し当てているから、それも出来ない。
抱き締められるのが、嫌なワケではないにしても、少しだけ息苦しくて、『腕の力を弱めて』と、お願いしようとした時だった。
「すまない、リア。……少しだけ、このままで――」
微かに震える声で、彼が泣いてることに気付く。
彼の背にそっと手を回すと、私はありったけの想いを込めて、抱き締め返した。
「うん。いいよ。……ギルの気の済むまで――好きなだけ、こうしてていいから」
「――リア…っ!!」
更に強く抱き締められて、今度こそ、完全に息苦しくなってしまったけど、そんなの全然気にならなかった。
お互いの存在を確かめるように、私達は強く、強く抱き締め合った。
ギルにとって、今日の午後は、かなり衝撃的な時間になっちゃったもんね……。
国王様に呼び出されて、いきなり、あと数年で隠居しようと思ってる。後任はフレディに――なんてことを、言い出されちゃったり。
退位の理由は何? なんて思ってたら、それはアナベルさんで……。
彼女は、少女期以降の記憶を失くして、見た目以外は、ホントに幼い少女みたいになっちゃってたり。
それだけでも、充分ショックだったのに。
今度はアセナさんに、毒を買って渡した(正確には盗られた?)のは自分だ――なんて、告白されちゃったりもして。
その上、アナベルさんを追い詰めるきっかけを作ってしまったのは、セレスティーナ様だったってことまで教えられて……。
いくら悪気がない――アナベル様を思っての言葉だったって言われても、やっぱり、複雑だろうな。
ギルはきっと、セレスティーナ様には〝一切非がない〟って、思ってたんだろうし……。
ギルの腕の中で、そんなことをつらつらと考えていたら。
ふいに、彼が顔を上げ、
「ありがとう、リア。お陰で落ち着いたよ。……君は心も体も、本当に温かくて柔らかいね」
毎度のごとく、少しも照れることなく、恥ずかしいセリフをさらっと言ってのけてくれちゃったりして。
「な…っ、なに言ってるのよ、もうっ! 落ち込んでると思ったから、黙ってじっとしててあげたのにっ! そんなことゆーなら、もー離してっ!」
私がジタバタし始めると、彼はまた、ギュッと強く抱き締めて来て。
いつもより、少し沈んだ声で告げた。
「落ち込んでいるよ?……君のお陰で、かなり気持ちは和らいだけれどね。……だが……完全に立ち直った訳ではない」
「えっ?……ギル……?」
たちまち不安になって、彼の顔を覗き込む。
彼は微かに笑ってくれたけど……その瞳には、まだ悲しみが宿っていた。
「私はね。母上は、あの女のくだらない嫉妬心や、身勝手な独占欲のために殺されたのだと――ずっとそう思って来たんだ。母上は、何も悪いことなどしていないのに、理不尽な理由によって殺されたと……そう信じ込んでいた」
「……その通り、でしょ? セレスティーナ様は、何も悪いことなんてしてなかったじゃない。誤解されちゃってただけで……。あの言葉は、アナベルさんのことを思って、言ったことだったんだし」
私の言葉に、ギルは寂しげに首を振った。
「たとえそうだとしても、相手に伝わっていなかったのでは意味がない。あの女の中では、母上は今も――『残酷で無神経な女』のままなんだ。そして、これから先もずっと……」
「ギル……」
「あの女がああなってしまっては、もはや手遅れだ。母上の名誉を回復することは出来ない。あの女は、記憶を失くしたとはいえ――心の奥底では、永遠に、母をひどい女だと思い続けるのだろう。……それが悔しい。だが、それ以上に辛いのは……その女のことさえ、もう……憎み続けることが出来なくなってしまったことだ」
「……え?」
憎み続けることが出来ない?
それって、どーゆー意味……?
ギルは……アナベルさんのこと、許せてるってこと?
だったら、それは……喜ばしいことなんじゃないの?
もう憎まなくていいのなら、気持ちだって軽くなる。そーゆーものじゃないの?