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常夜の森の魔女~ネルケと救済の子守歌  作者: 宵宮祀花
【一幕】常夜の森の魔女
4/14

【三場】常夜の森と常陽の街

 リーリエは工房の庭から採取した花で作った花茶を飲みながら、エルレフリートと先の来客、ネルケについて話していた。明るく賑やかな客人が帰ったあとだと、一層静けさが増して感じられる。

 外の世界では、あれから三日が経った頃だろうか。暗い森の中では昼夜を文字盤の色で示すエルレフリート特製鉱石時計を見ないといまが昼なのか夜なのかもわからないため、うっかり時間を忘れて作業をしてしまうと本当に時間がわからなくなる。

 何年、何ヶ月、何日経ってもここは常に夜のまま。森に逃げ込み、閉ざした魔女の心を表わす森は、外を、光を拒んで明けも暮れもしない夜に沈む。


「ねえ、エル。この前の……ネルケが言っていた噂だけど……」


 ぽつりと、リーリエが花茶で満たされたティーカップを両手で包みながら呟く。五枚の白い花弁が紅茶の水面に揺蕩うのを見るともなしに眺めながら。


「森の工房と魔女の噂、ですか」

「ええ……いったい誰がそんなものを広めたのかしら。絶対にあの教会でないことだけはわかるのだけれど」

「そうですね。彼らは魔女を疎んでいますから、好意的な噂を流すことはあり得ません。それに、教会のある街や近隣でもそのような真似をすれば、噂を流布した者がろくな目に遭わないことは明白です。なにせ……」


 エルレフリートは顎に鋏の手を当て、何事か考えるふうに遠くを見た。


「魔力ある者は教会に忠誠を誓うか、魔女として死ぬかの二択ですからね」


 聖教会は、奇跡の力は信仰と修行によって得る神の御業であり、教会に属する者以外が使えてはならないとして、信徒以外に高い魔力を持って生まれたものを異端として狩っている。

 人は生まれつき、大なり小なり魔力を持って生まれてくる。子供のうちは精霊を見たり声を聞いたりすることも珍しくなく、成長と共にその力が失われていくのが通常である。

 だが稀に、一定の年齢を超えても魔力が衰えることなく、能力を行使することが出来る人間が現れることがある。なぜか女性に多く現れるその特徴は教会の信徒であれば聖女として重宝されるが、信徒でなければ魔女の烙印を捺され、街を追われることとなる。力の程度によっては追われるだけでは済まず、火刑に処されることもあるという。

 男性で魔術を駆使する場合は、稀なる才能がなければ幼少期から魔術師に師事し続けて初めて力を得ることになるが、ヴォルフラートでは教会に入るしか選択肢がない。

 教会の上級信徒は王都で暮らす金持ちや一部の貴族ばかりで、一般信者は多額の寄付と日々の祈りを含めた厳しい戒律が設定されており、広く知られているわりに信者数は多くない。王都とその周辺貴族は教会の恩恵を求めて入信しているが、一般には彼らの関係は金の繋がりに過ぎないと言われている。

 貴族の威を借り、横暴の限りを尽くす教会を疎んでいる者は多い。が、表立って反抗を示せば魔女の汚名を着せられるため、庶民は彼らに目を付けられないよう、表面上は協力しているように見せているのだ。

 しかしそれも、ある程度生活基盤が整っていればこそ。極端に貧しい者や、不治の病に冒された者などは、教会に属せば魂の救済が与えられ、教会こそが神の楽園へ至る唯一の道であるなどという甘言を怪しむだけの余裕がないのが現実なのだ。


「…………そうね。わたしにも、覚えがあるもの」

「お嬢様は、私と生きる道を選んだのです。それは責められることではありません。あの日、お嬢様が私を選んでくださらなければ、私はあの場で破壊されていたでしょう」


 目を伏せ哀しげに呟くリーリエの肩にそっと手を添え、エルレフリートは静かに囁く。白い髪を左手の大きな刃で掬い上げ唇を寄せるが、やわらかな髪は一筋も傷つくことなくさらりと刃の表面を滑り落ちた。


「それよりお嬢様、先日のお客様はどちらからいらしたか覚えておいでですか?」

「ネルケが来たのは、エヴァルトのほうだったと思うわ。泉が反応したはずだもの」

「エヴァルトですか。確かにあの集落は反教会寄りの穏健派だったはずですが、しかし、それなら尚のこと、あのような噂が立ってはならないはずです」


 リーリエもエルレフリートも知っての通り、教会に不都合な、即ち魔女に好意的な話をする者は神に背いたと難癖を付けられるのが常である。たかが噂といえど、そんな話題が街にあっては、いつ火を放たれるか知れたものではないというのに。


「でも、噂といっても、そこまで広まっているものでもないのかも知れないわ。それか、ネルケが誰か身近な人からこっそり聞いただけかも知れないし……」

「……そうあることを祈りましょう」


 せっかく華やかな笑みを見せるようになった彼女の顔が、再び曇ることがないように。幼い魔女とその従者は人知れず祈りを捧げた。


「さあ、ティータイムが終わりましたら修復魔法の練習です」

「……わかっているわ」


 少しだけ渋りながらも、自身が魔女として未熟であると知っているリーリエは、綺麗に中身を飲み干したカップをテーブルに置き、静かに立ち上がった。

 エルレフリートの手を取り、エスコートされながらアトリエへと入る。作業台の上には無数の道具が並んでいて、その中の一つに壊れたコンパスがある。リーリエはそれを手に取ると、部屋中央の台座に据えた。


「ええと、コンパスの修復に必要なのは……星と、刻、だったかしら……?」

「あと一つお忘れです」

「えっ、他に……何だったかしら……」


 狭い室内をぐるぐる歩き回りながら、あれでもないこれでもないと鉱石を手に取っては戻し、手に取っては戻しと繰り返す。その様子を暫く眺めてから、エルレフリートは手を伸ばして頭上から吊り下げられている薬草を一つ手に取り、リーリエを呼んだ。


「お嬢様」

「あっ!」


 エルレフリートが手にしていたものは、水属性の鉱石と混ぜ合わせることで様々な色のインクになる薬草だった。コンパスは針とペンが一つになった、製図用の道具だ。つまりペンの部分が壊れているとただ紙を傷つけるだけの針になってしまう。


「わかったわ。足りないのは水ね」

「ご明察。さあ、揃いましたら今度は詩の構築ですよ」

「ええ」


 読み取って、理解する。その段階で修復に必要な詩がリーリエの中で構築され、修復の呪文として力を帯びる。そして構築された詩を唱え、元の形を再現する。ただそれだけの工程で、何故人型の魔法生物になってしまうのか、リーリエにはわからなかった。

 ―――否、実感としてわかっていることはある。だが、それをどうすればいいのかが、何度練習しても思いつかないのだ。


「……大丈夫、出来たわ」


 真剣な眼差しで、壊れたコンパスに向き合う。詩の構成も、修復用の素材も問題ない。あとは魔力を込めて歌うだけ。

 エルレフリートが傍で補助の体勢に入ったのを確かめるとリーリエは小さく息を吸い、台座に手を翳して目を閉じた。


「Ell yelah. Yora dyhena fette le twie. Phill merry lona」

(私は祈る。あなたが再びしなやかに踊ることを。指先の軌跡が道を生み出すことを)


 リーリエの詩が室内に響き、声が反響するのにあわせて台座に光が満ちる。目をあけていられないほどの白い光が台座の上を染め上げ、キィン、と高い音が鳴ったのと同時に、光が台座の中心へ収束していく。

 視界が戻ったとき、台座の上に素材は一つもなく、代わりに無傷のコンパスがあった。魔法生物になることもなければ、傷や破損が残っていることもない。過剰修復も起きず、新品同様の姿に戻っている。


「……エルと一緒なら、やっぱり直るのね」

「そろそろお一人で修復なさってみますか?」


 エルレフリートの問いに、リーリエは首を横に振って俯いた。

 なにがいけないのかわからない。どうすれば良いのかもわからない。ただ、修復魔法が発動した際に、エルレフリートが魔力の膨張を抑えていることだけは実感として理解していて、それを一人でどうにか出来ないことには、恐らく一人で修復魔法を使っても結果は同じだろうという確信めいた予感があるのだ。


「どうしても、抑えられないの……読み取った記憶が溢れて、泣きそうになるの。それが全部魔力に変換されて、わたしにはどうすることも……」


 シーンに拘らず毎回号泣する女優が、本番の舞台に立つことが出来ないように。自身の魔力制御が出来ない魔女は、いつまでも一人前と呼ばれることはない。

 溢れ出そうになるものを制御する方法を模索しないことには、恐らくエルレフリートのような存在で工房が溢れかえってしまうことだろう。それだけならまだいい。魔力が暴走した結果、森に影響が出たり教会に追われるようなことになってしまうかも知れない。


「あなたを生み出した日のようなことがまた起きたら、わたしは……」


 夜に閉ざされた森の奥へ逃げてきても、人を避けて暮らしていても、過去の悪夢だけはリーリエの中から消えることはない。過去はいつも現在と繋がっているのだと、否応なく実感するばかりだ。


「お嬢様……」


 落ち込むリーリエの頭を、エルレフリートの右手が優しく撫でた。白い手袋越しの手は温度がなく、彼が刃を元にした魔法生物であることを伝えてくる。


「ゆっくり参りましょう。来客など滅多に来るものでもありませんし」

「……そうね。わたしにはあなたがいるのだもの」


 そう、リーリエが頷いたときだった。エルレフリートが、微かに目を眇めて外を見た。工房には窓がなく、視覚で外を確かめることは出来ない。だが彼の感覚はリーリエよりも鋭く、人や命あるものの持つ音を鋭敏に拾うことが出来る。


「エル?」

「……どうも、落ち着いて練習もさせてもらえないようですね」

「また来客なの……? 本当に、ここが噂になっているのかしら……」


 不安そうに見上げる主人の肩を抱き、安心させるように手を握ると、エルレフリートはリーリエを伴ってアトリエを出た。生活のための部屋まで出てくるとリーリエにも気配がわかった。ネルケが来た道と同じ方向から、彼女とは違う誰かが近付いてきている。


「これは、ネルケの足音じゃないわ」

「ええ。彼女以上に歩き慣れた、男性のものです」


 未知の人物ではあるが、教会関係者ではないようだ。彼らは必ず、二人以上の複数人で行動する。森に魔女がいるとわかって訪ねるのに単身乗り込んでくることはあり得ない。

 リーリエは緊張の面持ちでエルレフリートに縋りながら、近付く気配をじっと待った。



 街が黄昏色に染まる頃。街中が夕食を煮炊きする温かな匂いに包まれ始める。商店街は徐々に店じまいを始め、帰路につく人々の数も日暮れと共に減っていく。

 そんな中、街に旅人らしき風情の見慣れぬ人が一人。異国の民族衣装に使われる文様が刺繍されたマントを羽織り、フードを被った姿は人通りの減った街では尚のこと目立つ。いったいどこから来た何者なのかと人々が遠巻きにしていると、その旅人は、街を抜けて森があるほうへと消えて行った。とは言っても、その方向には森だけがあるわけではなく旅人や商人が使う道も存在する。手持ち無沙汰に噂していた人たちも、やがてそれぞれの帰路へとつき始めた。

 他愛ない小さな非日常も、やがて夕刻の忙しなさに押し流されて忘れられていく。陽が落ちて、外灯の明かりだけが点々と街を照らす頃には、最早誰も森へ消えた旅人のことを話題にはしていなかった。


 昼も夜もない森の中を、マント姿の人物が進んで行く。手の中には淡く光る導石。光が示すほうへ、黙々と細い道を縫い進む。途中で荊に覆われた泉の傍を通ると、泉の奥底でなにかが小さく光った。

 暗闇を光の玉が飛び交う幻想的な風景の中、靴が汚れマントが引っかかるのも構わずに進んで行くと、やがて開けた場所に出た。


「……噂通りだ」


 その声は大人と少年の中間のような、まだ低くなりきらない青年のものだった。工房を見上げて呟くと、白木の階段を上がっていく。小さく息を吸い、ノックを二回。


「すまない。誰かいるだろうか」


 声をかけると、奥から小さな足音が近付いてきた。ややあってから、キィと微かな番の音を立てて扉が薄く開かれ、目が眩みそうな白が現れた。ここに住んでいるのは魔女だと聞いていたためどんな恐ろしい姿をした者が現れるのかと身構えていた青年は、予想外の姿に一瞬面食らってしまった。


「……どちらさま?」


 怖ず怖ずと訊ねるその声は幼い少女のもので、青年は目深に被っていたフードを外すと優雅に一礼して見せた。さらりと金色の髪が流れ、体を起こせば深い緋色の瞳が真っ直ぐ白の少女を捉える。


「こんな時間にすまない。どうしても直してほしいものがあって訊ねてきた」

「直してほしいもの……? 街には腕のいい職工がたくさんいると聞いているけれど……どうしてわたしに……?」

「それは……いや、ゆえあって、その職工には託せないものなんだ」


 扉の隙間から覗くようにして話す白の少女は、明らかに青年を警戒している。この姿が良くなかったのかと青年は思ったが、すぐに身の回りでの魔女の処遇を思い出した。

 かくいう青年自身も、少女の姿を見るまでは話に聞いていた魔女の姿を鵜呑みにして、内心で身構えていたのだから。


「僕を工房に招き入れたくないというなら、品物だけでも見てくれないか」

「…………いえ、どうぞ」


 だいぶ悩んだようだったが、どうやら扉は越えさせてもらえるらしい。開かれた扉から中に入ると、奥に暖炉がある居間のような空間が広がっていた。揺り椅子やチョコレート色のテーブルに本棚、不思議な模様のカーペットなど、ここだけを見るならとても魔女の工房には見えない。

 暖炉の傍には長椅子もあり、小さな人形が悠々と独り占めをして座っている。


「どうぞ、お掛けになって」

「あ……ああ、ありがとう」


 勧められた椅子に腰掛けると、少し離れた位置に白の少女も腰を下ろした。その傍らに従者のような青年が佇んでいるが、彼は特に来客になにか言う様子もなく見守っている。―――いや、見守っているというよりは、見張っていると言ったほうが近そうだ。


「早速で悪いんだが、見てもらえるだろうか」

「ええ……」


 青年が取り出したのは、蓋に赤い宝石がはめ込まれた金の懐中時計だった。裏側には、王家の紋章が刻まれている。それを目にした瞬間、少女と従者のあいだに流れる空気が、僅かに張り詰めたように感じられた。


「これは……?」

「ええと、知人に借りたものなんだが、見ての通りの品物でね。壊れたと知られたら僕の首が飛びかねない。部品は一つもなくしていないんだが、中の機構が壊れてしまっていてどうにもならないんだ」


 よく見ると、縁が少し傷ついている。恐らく固い地面に落としたのだろう。こういった繊細な作りのものは、どこかにぶつけただけでも動作が鈍ることがある。ましてや王家の装飾時計。本来なら外に持ち出したりせず大層な箱に保管しておくようなもののはずだ。


「失礼ながら、君のところなら人が来ることもないだろうから、僕が時計を壊したことも知られないと思ったんだ」

「それは、そうですけれど……」


 少女が傍らの従者を見上げると、彼は肩を竦めて見せた。白銀の従者は、静かに佇んでいるだけのように見えて、全身で青年を警戒している。僅かでも少女に危害を加えようとすれば、時計のことがバレる前にここで首が飛ぶだろうと予感させる緊迫感だ。


「あの……あなたのお名前は……?」

「すまない、名乗っていなかったな。ええと、僕はハル。しがない旅人だよ」


 一瞬不自然な思考の間があったことに、少女はともかく従者は気付いただろう。だが、彼らは青年の名乗りを追求することはなかった。


「そう、ですか……わたしはリーリエと言います」

「リーリエ。王都の花の名だね」


 ハルの言葉に、リーリエは表情を曇らせた。が、すぐに取り繕ったような表情でハルに向き直ると両手で時計を受け取った。思っていたより重量があったのか、受け取った瞬間リーリエの手が僅かに沈んだのが見えた。

 細く白いアイシクルリリーの茎にも似た頼りない手首の先に、花弁のような手のひらが控えめについている。造型としてはとても儚い少女の両手が、いまは唯一の命綱だ。


「わかりました。直します。……すぐに、戻りますので」

「助かるよ。報酬は」

「必要ありません。お金を頂いても、使うところがありませんから」

「そうか……」

「……では、暫くお待ちください」


 どうにも歓迎されていない空気を感じ、ハルはそれ以上口を開くことはなかった。奥の工房へ消えて行くのを黙って見送ると、所在なげに辺りを見回した。


「どうして……」


 工房に入ると、リーリエは震える手で時計を台座に置いた。頼りない肩を支えながら、エルレフリートが工房入口の扉を睨む。


「まだ王家の関係者と決まったわけではありませんが……可能性は高いでしょうね」

「二度と、会いたくなかったのに……」


 泣きそうな声で言いながらも、手は次々に素材を集めていく。直さない限りは、望まぬ来客からも解放されないのだ。早く直して帰ってもらうしかない。決して彼個人に怨みがあるというわけではない。だが、王家の紋章はリーリエにとって、あまりにも重い意味を持っていた。

 刻の石を二つ、ネルケにもらった金貨を一枚、星の石を一つ。それらを綺麗に配置して台座の前に立ち、手を翳して一つ深呼吸をする。


「Ell yelah. Ferd tictile syella. Ferdolla tictile frow」

(わたしは祈る。刻の傷が癒えることを。失われた刻が蘇ることを)


 詩と共に溢れた光が時計に吸い込まれ、見る間に疵が癒えていく。間もなく修復が全て完了すると、リーリエはそっと息を吐いて時計を柔らかい布で包むと両手で大事に持ち、エルレフリートにエスコートされつつハルの待つ部屋へ続く扉を越えた。


「……お待たせしました」

「直ったのか?」


 頷き、時計を手渡す。ハルが恐る恐る螺子を巻いて時間を合わせると、規則正しく時を刻み始めた。外装も綺麗になっており、どこが傷ついていたのかもわからないほどだ。

 ハルはほっと息を吐き、表情を和らげた。


「ありがとう。本当に助かったよ」

「いえ……でも、ここにはもう来ないほうがいいです。あなたのためにも……」


 俯きがちにリーリエが言うと、ハルは眉を下げて笑みながらフードを被った。

 彼女自身、王都に通じている人間と関わりたくないという本音もあるのだろうが、その本心を押してでもそう言える優しさに、ハルはチクリと胸が痛んだ。


「君は優しいな。……わかった。不用意に近付かないようにするよ。それじゃ」


 玄関扉が閉じ、ハルの気配が遠ざかっていく。やがて、その気配も感じられなくなった頃、緊張の糸が切れたリーリエはその場に崩れるようにして座り込んだ。


「お疲れさまです、お嬢様」

「ありがとう。心臓に悪かったわ……」

「……それにしても、本当に街で噂となってしまっているとしたら、覚悟を決めなければなりませんね」

「そうね……」


 エルレフリートに助け起こされながら、リーリエはこれがきっかけで縁が出来なければ良いのだけれどと、ぽつりと呟いた。

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