黒陽は未だ迷う
「ガルフレア達と話していたのだろう。どうだった、様子は?」
「うん。色々と、上手くいったってさ。……すごいよな、あいつらは。俺、何もしてやれなかったけど……自分たちで、ちゃんと立ち上がってさ」
答えながら……少しだけ、胸の辺りがずきりとした。
帰らなかったのは、俺なりに考えた結論で、いま考えてもその答えは変わらない。
けれど、大事なときにあいつらの助けにほとんどなれなかった事は……少し、自己嫌悪しそうだ。
「何もしてやれなかった、ということはなかろう。電話だって何度もしていただろう?」
「そうだけどさ。結局、俺はこっちに残った。意地を張らないで、側にいてやることだってできたのに、しなかったから」
その場にいて、俺に何もできなかったとしても……俺は、あいつらより、自分の意地を選んでしまったんだなって、今さら思う。
いつだって、終わった後に惜しくなる。それは……終わる前なら「また後で、別の形でやればいい」って思えるから、なのかもしれない。でも、そんな機会がない事だって多くて。
「思い悩むな、とは言わないがな。暁斗は少し、何もかもを真面目に受け止めすぎだと思うぞ。今は、友が元気になったことを喜ぶくらいでいいだろう」
「……うん。分かってるさ」
自分で自分をがんじがらめにしている。それはもう、自覚している。自覚してそのまま割り切れたなら、楽だったけれど。
「それより、爺ちゃん。何か、話があるんじゃないのか?」
考えすぎる前に尋ねる。ただ、そちらも真剣な話なんだろうってことは、雰囲気で察してはいた。
「お前とは、はっきり話していなかったと思ってな。私が今回、この国に来た理由を。予想はできているかもしれないがな」
「……ああ……」
遊びに来ただけじゃないことは、もちろん分かっている。爺ちゃんがこの国に来た理由……いくつか、予想はしていた。確実なのは、ただ事じゃないってことだ。
そうして、爺ちゃんは教えてくれた。これから何をしようとしているのか。……きっと、俺たちもその中心に関わっていくことになる。
「……そうか。そうだよな。もう、そういう段階、なんだよな」
「テルムの件が起きた以上、猶予は残り少ないだろう。そして、ギルドという存在は、世界を繋ぐ大きな力でもある」
「うん……分かっているよ。マスターが、この段階でみんなに決心を聞いているのも、それがあるからだよな」
もう、リグバルドを放置するわけにはいかない。だけど、声を上げるのは簡単じゃないだろう。そんなことをして、あの軍事国家に狙われたら、ほとんどの国は喰われてしまう。それができるのは……。
「そちらの決心は、私が口を挟むことではないのだろう。ただ、お前には別の決意を聞かねばならない」
「それって……」
「ヴァンの立場を、まだ仲間は知らんのだろう? そして、暁斗は……それを、知られたくないと思っている。違うか?」
「…………。うん。違わない、よ」
このことを話さなきゃいけない日が近いのは、分かっていた。マスターとも、何度か話はしていたし……何より、爺ちゃんがここに来たんだから。
マスターがまだ黙っているのは、たぶん俺に気を遣っている面もあるんだろう。けれど、いつまでもそうしてはいられない。
「分かっているんだ。知ったって、あいつらは俺への態度を変えたりしない。俺だけが、勝手に気にしているんだって」
そうだ。きっと、何も変わらないんだ。そうやって、自分に言い聞かせようとは、何度もしてきた。
「何、だろうな。分かってはいるけど、でも……」
それでも……俺の中のどこかでは、躊躇いが消えてくれない。喉につっかえたみたいに、言葉を出す勇気が出ない。
「それでも言えないなんて……みんなを信じきれてない、みたいだよな」
乾いた笑いが出た。自虐的すぎるのは分かっているけど。
爺ちゃんは、少しの間だけ難しい顔をしてから、口を開いた。
「暁斗は、自分の在り方を見付けたいと言っていたな。だったら、嫌だろうさ」
「え?」
「そうだろう? 自分でも考えているところに、己への余計なラベルを増やされるのだから」
「…………!」
「そうでなくとも、秘密にしていたことを晒すのは怖いものだ。大丈夫だと思ったところで、大丈夫になる瞬間までは緊張する。隠したままの方が楽だ。それは、何もおかしな話じゃない」
俺の心の中でもやもやしていたところを、爺ちゃんは言葉にしてくれた。言葉にして、肯定してくれた。
「大事だから隠したいこともある。何もかも晒すことが信頼の証ではない。お前は分かるだろう、暁斗」
……父さん達が、俺を思って真実を隠していたように?
それが正しい選択だった、なんて、俺はやっぱり言いたくない。でも、俺を大切に思うから隠していたのは、俺にも分かっている。
もしかしたら……怖いとも、思っていたのかな。
「感情に理由を求めすぎなくていい。嫌だと思ったならば、それが確かなものだ。否定する必要は、どこにもない」
「……そう、なのかな」
「そこからどう向き合っていくかを考える必要はあるだろうがな。……祖父としては、お前に無理をさせたくないと思ってはいる。だから、まずは本音で言ってくれ。やれる手助けはしよう」
そう言った時、爺ちゃんの表情は、少しだけ辛そうだった。祖父としては、か。爺ちゃんは、すごく優しい人だ。でも、この人の立場は、それだけじゃいられないもので。
爺ちゃんに言われて、ちょっと自分の気持ちが見えた。
みんなにどう思われるか、の不安はある。でも、その前に……そもそも俺がまだ、その意味を受け止められていないんだ。
だから、嫌だ。その意味が、大きすぎて。まるで、それが本当の俺だって宣言になってしまいそうで。
俺は、誰よりも俺自身に言いたくないんだ。馬鹿みたいな話だとしても……何も見えていないのに、言いたくない。それが、このもやもやの理由。
……なんだろうな。言葉にできたら、気持ちが整理できた。何も変わっていないはずなのに、不思議なもんだよな。
「爺ちゃん。俺……みんなに、話すよ」
「……良いのか?」
「うん。やっぱり、嫌なのは変わらないけど。俺の我儘で止めるわけにはいかない……いいや。止めたくはないし」
分かっているんだ。爺ちゃんがこの国に来たってことの意味。マスターだって明かすだろうし、そうしなきゃいけない時が来た。俺の感情がどこにあっても、もう結果は同じ。
「だから、自分で話す。流れで知られるとかじゃなくて……俺が決めて、話したい。そのぐらいは、選びたいからさ」
だったら。そこに辿り着くまでの道ぐらい、自分の意志で決めたい。結果は何も変わらなくたって、そのぐらいは。
「済まない。私が来たことで、お前に決断を早めさせてしまったな」
「いいんだ。どうせ、目をそらし続けてたって、『いつか』は絶対来てたし……きっと、それがいつになっても、同じ話だ」
どれだけ時間があったって、俺は納得なんてできていなかっただろう。追い詰められないと踏み込めないのは、情けないけど。
爺ちゃんは、ひとつ深い息を吐いた。爺ちゃんも……本当は嫌、だったのかな。俺がこう選ぶしかないって、分かっていたはずだから。
「暁斗。お前は本当に聡い子だ。だが、だからこそ……自分の心に耳を傾けるのは、忘れないようにしてくれ。人が前に進むには……時には、思い切り我儘を言うことも必要だからな」
「……分かった。ありがとう、爺ちゃん」
その言葉で思い出したのは、瑠奈たちが旅立ちを決めたあの夜のこと。そして、身勝手に家出した日のことだった。
爺ちゃん。俺はきっと、誰よりも感情的で我儘だよ。何もかもに納得できなくて、こうして……そのせいで余計に迷って、がんじがらめで、動けなくて。
今までの我儘も、必要なことだったのかな。こうしてなかったら、もっと後ろにいたのかな。……俺、前に進めてるのかな。今の俺には、分からないや。




