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第26話 聖堂へ続く坂道



こうなったら実際に修道院に行ってみるのもアリなんじゃないか?


そう思いついたのは、べつに朝起きて急に天啓が降ってきたとか運命の鐘が鳴ったとか、そういうかっこいい理由ではなくて、《ヴァーン薬草房》の棚の前で乾燥させた薬草の瓶をひとつずつ拭いている最中、ふとした拍子に「いや、これ、考えているだけじゃ一生分からなくない?」という、かなり現実的で、かなり身も蓋もない考えが頭に浮かんだからだった。修道院はこの世界の医療の大きな柱の一つで、貧しい人や巡礼者を受け入れ、聖印を使った魔法治療を行いながら薬草療法も補助的に使っているらしい。王立医療機関は貴族や富裕層向けで、身分もお金もない私が近づける場所ではなさそうだし、帝国薬学機構は薬の流通や認可を握っている、どう考えても今の私が正面から関わったら面倒なことになりそうな組織だ。そうなると、実際に医療の現場を見てこの世界の治療がどう行われているのかを知るなら、まず修道院を見てみるのが一番現実的なのではないかという結論にたどり着くのは、わりと自然な流れだった。


もちろん思いついたからといって、すぐに「じゃあ行ってきます!」と駆け出せるほど、私はこの世界に慣れているわけではない。むしろ考えれば考えるほど不安要素は増えていくばかりだった。まず私は身分証を持っていないし、ロストンに来たばかりの頃よりは顔見知りも増えたし、マレクの船で働いているとか、ルーの店に間借りしているとか、ミラの薬草房に通っているとか、そういう意味での“居場所”は少しずつできてきたけれど、それはあくまで港とその周辺での話であって、修道院の人たちから見れば私は素性のよく分からない若い女でしかない。しかも治癒魔法らしきものが使えて、薬草師の仕事場に出入りしていて、医療に興味があります、なんて下手に言えば、善意よりも先に警戒されてもおかしくない。


それに修道院という場所そのものが、私にはまだよく分からなかった。日本にいた頃の感覚で言えば、病院と教会と福祉施設と薬草園と学校が少しずつ混ざったような場所なのかもしれないけれど、そこには信仰があり、聖印があり、帝国薬学機構との提携があり、寄付している貴族や商人の視線もあるそうだ。つまり、ただ「困っている人を助けたいんです」と言って入っていけるほど単純な場所ではないということだけは間違いない。慈善の場であると同時に、制度の中にある厳粛な場所。人を救う場所でありながら、人を選ばざるを得ない場所でもある。そういうややこしさをミラから聞いたばかりの私は、軽い気持ちで足を踏み入れていいのかどうか正直かなり迷っていた。


もちろん、そんなことをぐるぐる考えている間にも、私の手は目の前の瓶を拭き続けていた。棚の中には乾燥させた葉や根や種がぎっしり詰まっていて、瓶ごとに匂いも重さも違うから、うっかり乱暴に扱うとミラに怒られるし、湿気を嫌う薬草の蓋を長く開けていると「それは薬じゃなくてただの湿った草になるよ」と低い声が飛んでくる。だからなるべく考えごとをしすぎないようにしていたのに、修道院へ行ってみたいという思いつきは、一度頭の中に浮かんでしまうとどうにも消えてくれなかった。


実際に見てみたい。聖印を使った治療ってどういうものなのか、修道士や修道女はどんなふうに患者さんを診るのか、薬草療法はどのくらい使われているのか、貧しい人が本当に治療を受けられるのか、黒死の病みたいな怖い病を前にした時、修道院の人たちはどうしているのか。そういうことをただ噂や説明として聞くんじゃなくて、自分の目で見たい。そう思う気持ちがかなり強かった。


けれどその気持ちをそのまま口に出すのは、正直かなり怖かった。私はまだ、ミラの薬草房に通い始めたばかりの身だ。手伝いと言っても、棚を拭いたり薬草を選り分けたり、薬壺を洗ったり、たまに簡単な茶の淹れ方を教わったりするくらいで、薬草師の弟子と呼べるほどの立場ではない。そんな私がいきなり「修道院に行って医療を見たいです」なんて言ったら、調子に乗っていると思われるかもしれないし、ミラの紹介で変に動けば、彼女の信用に傷をつける可能性もある。ロストンでようやく得た数少ない縁を、自分の焦りで壊したくはなかった。


だから私は瓶を一つ拭いて棚へ戻し、次の瓶を取って、また戻して、を何度か繰り返したあとで、結局、我慢できずに小さく言った。


「ミラさん、ちょっと相談してもいいですか」


作業台の奥で軟膏の基剤を練っていたミラは、こちらを見ないまま「手を止めずに話しな」と言った。相変わらず優しいのか厳しいのか分かりにくい。でも、この距離感には少しずつ慣れてきた。


「この前、この世界の医療は修道院と王立医療機関と帝国薬学機構の三つが大きいって教えてくれたじゃないですか」


「ああ」


「王立医療機関は身分的にもお金的にも無理そうですし、帝国薬学機構は今の私が下手に近づいたら危なそうなので……その、修道院なら、見学というか、話を聞かせてもらうことくらいできないかなって思って」


そこまで言ったところで、私は手元の瓶を少し強く握りしめていることに気づいた。慌てて力を抜く。瓶の中身は《泥止め草》の根で、そこまで高級品ではないと聞いているけれど、割ったら普通に怒られるし、何よりもったいない。


ミラはしばらく何も言わなかった。軟膏を練る木べらの音だけが、店の奥にゆっくり響く。私は棚の前で立ったまま、何かまずいことを言っただろうかと内心かなり焦っていた。


「修道院に行きたい理由は?」


やがて、ミラがそう聞いた。


「実際の医療を見たいからです。薬草房で学ぶことも、船で怪我の手当てをすることも、すごく勉強になります。でも、修道院はこの世界で一番多くの貧しい人を診ている場所なんですよね。だったらそこで何が行われているのか知らないまま、自分がこの世界で医療をしたいなんて言うのは、ちょっと違う気がして」


「なるほどね」


「あと……治癒魔法についても知りたいです。自分の魔法が何をしているのか、まだ全然分かっていないので。修道院の聖印治療を見れば、少しは比べられるんじゃないかって思いました」


言いながら、自分の声が少し熱を帯びているのが分かった。抑えようと思っていたのに、言葉にすると思っていた以上に気持ちが前に出てしまう。私は慌てて付け足した。


「もちろん、勝手に押しかけるつもりはないです。身分もないし、変な動きをしたらミラさんやルーさんに迷惑をかけるかもしれないですし、修道院がどんな場所かも正直よく分かっていないので、もし危ないとか、今はやめた方がいいって言うなら、ちゃんと聞きます」


ここまで言うと、ミラはようやく手を止めた。作業台の上に木べらを置き、布で指先を拭いてからゆっくりこちらを見る。その目は、いつものように鋭い。私は瓶を棚に戻し、自然と背筋を伸ばしていた。


「ナナ、あんたは本当に面倒な子だね」


「……すみません」


「褒めてるわけじゃないけど、責めてるわけでもないよ」


「それ、どう受け取ればいいんですか」


「そのまま受け取りな」


ミラは小さく息を吐き、棚の奥から古い椅子を引き出して、私に座るよう顎で示した。私は少し緊張しながら腰を下ろす。ミラは自分も作業台の向こう側の椅子に座り、腕を組んだ。


「修道院へ行ってみたいと思うのは、悪くない。むしろあんたが本気でこの世界の医療を知りたいなら、いつかは行くべきだ。薬草師の店で見える医療と、港で見える医療と、修道院で見える医療は違う。どれか一つだけ見て全部分かった気になったら危ないからね」


「はい」


「ただし、修道院は慈善の場所であると同時に、信仰の場所で、制度の場所でもある。あそこには善意の人間もいれば、規律に縛られている人間もいる。患者を助けたい修道女もいれば、寄付をしてくれる貴族に逆らえない院長もいる。聖印治療に誇りを持っている者もいれば、薬草師を下に見る者もいる。逆に、薬草師に頭を下げてでも患者を助けようとする人もいる。つまり、一枚の絵みたいにきれいな場所じゃない」


「それは……はい。なんとなく分かります」


「なんとなく、じゃ足りないから言ってるんだよ」


「はい……」


やっぱりミラは厳しい。でも、その厳しさがありがたかった。私がふわっと「修道院って慈善医療の場所だから、きっと優しい人たちがいるはず」みたいな甘い想像だけで行こうとしていたら、たぶん今ここでかなり痛い目を見ていたと思う。


「それに、あんたは身分がない。これは本当に大きい。港ではルーやマレクの顔でなんとかなっているけど、修道院ではそうはいかないこともある。身分がない若い女が、治癒魔法に興味がある、医療を見たい、と言って近づいてきたら、警戒されても仕方ない」


「ですよね……」


「しかも、あんたは実際に治癒魔法を使える。隠すなら隠し通す覚悟がいる。見せるなら、誰に見せるかを慎重に選ばないといけない。強い治癒魔法を持つ、身元不明の女ってだけでも、かなり危ない立場だ。修道院にとっては助けたい相手にもなり得るし、管理すべき危険物にも見える」


「危険物……」


「言葉は悪いけど、間違ってはいないよ」


私は思わず自分の手を見下ろした。この手から出る光は誰かの痛みを消せるかもしれない。傷を塞げるかもしれない。けれど同時に、それを見た誰かに利用されるかもしれないし、異端と見なされるかもしれないし、管理されるべき力として扱われるかもしれない。私は今まで、自分の力を理解することばかり考えていたけれど、この世界では力そのものが社会的な意味を持つのだと改めて思い知らされた。


「……怖いですね」


「怖くない方がおかしいよ」


ミラはあっさりそう言った。


「けど、怖いから何もしない、というのも違う。あんたはじっとしていられないんだろう?」


その言葉に、私は少しだけ笑ってしまった。


「はい。たぶん、そうです」


不安はある。むしろ不安しかないと言ってもいい。身分もなければお金もない。知識も足りない。治癒魔法のことも分かっていない。黒死の病を治せなかった記憶は、今も胸の奥に残っている。挫折しそうになったことは何度もある。日本にいた頃からずっとそうだった。医学部の勉強についていけなくて、実習で何もできなくて、患者さんの言葉に傷ついて、医者になりたいという夢そのものを疑って、私は何度も立ち止まりかけた。


それでも、じっとしてはいられなかった。


日本にいた頃の私は、目の前の課題と試験と実習と不安だけで精一杯だった。医者になりたいと言いながら、どうなりたいのかをちゃんと見る余裕もなかった。自分の弱さを見るのが怖くて、忙しさを言い訳にしていたところもあると思う。でも今は、怖いことも不安なこともたくさんあるのに、不思議と自分の気持ちに前より正直でいたいと思える自分がいた。たぶん、ここではもう肩書きなんかで隠れられないからだ。医学部生という肩書きも、偏差値も、大学名も、学生証も何もない。だからこそ私は自分が本当に何をしたいのかを、ちゃんと見ないといけないと思えるようになっていた。


「私、できる限り自分の気持ちに正直でいたいんです」


気づいたら、そう言っていた。


「怖いですし、失敗するかもしれないし、ミラさんにもルーさんにもマレクさんにも迷惑をかけたくないです。でも、この世界の医療を知りたいんです。修道院がどんな場所なのか、自分の目で見てみたい。そこで何かできるなんて思っているわけじゃないです。ただ、知らないまま怖がるより、ちゃんと知って怖がりたいです」


言ってから、ちょっと恥ずかしくなった。なんか、かなり青臭いことを言っている気がする。でも今さら取り消すのも違う気がした。ミラはしばらく黙って私を見ていた。叱られるかもしれないと思った。甘い、と言われるかもしれないと思った。


けれどミラの口から出たのは、少し意外な言葉だった。


「前々から、紹介したい人がいたんだよ」


「え?」


「修道院にいる私の姪っ子だ」


「姪っ子さん……?」


私は思わず身を乗り出した。ミラに姪がいること自体、初耳だった。そもそもミラは自分の話をあまりしない。薬草の話、患者の話、制度への文句はよく話すけれど、家族の話はほとんど出てこなかった。


「名前はセラ・ヴァーン。正式にはセラフィナだけど、本人が長い名前を嫌っている。ロストン西区の《聖リュミエラ修道院》で働いている修道女見習いだよ。聖印治療の才能はそこそこ、薬草の知識は修道院の中ではかなりある。性格は……まあ、真面目すぎて損をするタイプだね」


「ミラさんの姪っ子さんが、修道院に」


「姉の娘だ。うちは薬草師の家系というほど立派なものじゃないけど、姉も少しは薬草を知っていてね。セラは小さい頃から薬草房に出入りしていた。けれど、本人は修道院へ行った。理由は本人に聞きな」


ミラの声には、少しだけ複雑な響きがあった。反対したのかもしれない。応援したのかもしれない。たぶん、その両方だったのかもしれない。私はそこを深く聞くべきではない気がして、ただ頷いた。


「聖リュミエラ修道院は、どんなところなんですか」


「ロストン西区の丘の中腹にある中規模の修道院だ。港からは少し離れているけど、貧民街に近いから、貧しい患者も多く来る。古くから巡礼者の受け入れをしていて、簡易の病室と薬草園を持っている。帝国薬学機構の認可薬も使うけど、現場はいつも足りない。セラみたいな子は、足りない薬をどう補うかで毎日頭を抱えているはずだよ」


「そこなら、実際の慈善医療が見られる……?」


「見られる可能性はある。もちろん、すぐに治療の現場へ入れてもらえるとは思わない方がいい。最初は門前で追い返されるかもしれないし、セラに会えても、ただの雑用を少し手伝って終わりかもしれない。それでも、行くだけ行ってみる価値はある」


胸の奥が、少しだけ熱くなった。修道院。聖印治療。薬草園。貧しい患者。慈善医療の現場。今まで遠くにあった言葉が、急に具体的な場所と人の名前を持った。


「でも、ミラさんの姪っ子さんに迷惑をかけるかもしれません」


「かけるかもしれないね」


「そこ、否定してくれないんですね」


「無責任に否定する方が不誠実だろう。セラは修道院の中でまだ見習いの立場だ。私の紹介で変わった子を連れてきたとなれば、多少は面倒を背負うことになる。だから、あんたに一つだけ約束させる」


ミラの声が少し低くなって、反射的に私は背筋を伸ばす。


「はい」


「修道院で自分の力を勝手に見せびらかさないこと。治療したいと思っても、許可なく患者に手を出さないこと。分からないことを分かったふりしないこと。セラの立場を危うくするような発言をしないこと。修道院の中で見たことを、面白おかしく外へ漏らさないこと。これが守れないなら、紹介はしない」


「守ります」


私はすぐに答えた。ミラはしばらく私の目を見て、嘘がないか確かめるように黙ったあと、小さく頷いた。


「なら、紹介状を書いてやる」


「本当にいいんですか」


「前々から、あんたには修道院を見せた方がいいと思っていた。薬草房だけに置いておくと、薬草師の目線だけで医療を見てしまう。船に乗っていれば港の人間の目線は育つ。そこへ修道院の目線が加われば、あんたが探しているものに少しは近づけるかもしれない」


「私が探しているもの……」


「自分で言っていただろう。この世界の医療を知りたい、自分の魔法を知りたい、誰かを助けたい。全部ひっくるめて、あんたは今、自分がどこで何をする人間なのか探しているんだよ」


ミラの言葉は、いつも少し痛い。けれどその痛さは嫌なものではなかった。自分でもぼんやりとしか見えていなかったものを、外からはっきり言葉にされると逃げ場がなくなる。でも同時に、進む方向も少し見える気がした。


「行くだけ行ってみな」


ミラはそう言って、作業台の引き出しから小さな羊皮紙を取り出した。


「あんたの探しているものに近づけるかどうかは分からない。修道院で失望するかもしれないし、逆に圧倒されるかもしれない。セラに会っても何も起きないかもしれない。ただ、考えているだけじゃ分からないことはある。そういう時は、転ばない準備をしてから歩くしかない」


「……はい」


「それと、服は少し整えて行きな。港帰りみたいな格好で行くと、門番に止められる。ルーに相談すれば何か貸してくれるだろう」


「たしかに、今の服だと薬草と魚の匂いがすごいかもです」


「匂いだけじゃない。髪も整えな。修道院は見た目で全部を決める場所ではないけど、見た目を気にしなくていい場所でもない」


「はい……」


私は自分の髪を触った。最近は後ろでまとめているだけで、潮風と寝癖と薬草の匂いが混ざって、正直あまり人に会う格好ではない。修道院へ行く前に、ルーに相談する必要がありそうだった。


ミラは紹介状に短い文を書き、蝋で封をした。そこに薬草房の印らしい、小さなすり鉢と葉の印章を押す。手渡されたそれは軽いのに、私にはかなり重く感じた。これはただの紙ではなく、ミラの信用そのものだ。私が何かを間違えれば、彼女にも迷惑がかかる。そう思うと、自然と両手で受け取っていた。


「ありがとうございます。ちゃんと行って、ちゃんと見てきます」


「ちゃんと、という言葉は便利だけど曖昧だね。まあ、今回は許してやるよ」


ミラは少しだけ口元を緩めた。


「セラに会えたら、私が相変わらず薬草房で文句ばかり言っていると伝えておきな」


「それ、伝えていいんですか?」


「いい。あの子はたぶん、叔母さんらしいって笑う」


その時のミラの顔は、いつもの薬草師の顔より少しだけ柔らかかった。私はその表情を見て、セラという人に会ってみたいと思った。ミラの姪で、修道院で働いていて、真面目すぎて損をするタイプ。たぶん、ミラとは似ているところも違うところもあるのだろう。


薬草房を出る頃には、夕方の光がロストンの坂道を金色に染めていた。私は紹介状を服の内側に大事にしまい、港の方へ向かって歩き出した。道すがら、修道院へ行く自分を想像して、緊張で胃がきゅっと縮む。何を聞けばいいのか。どう名乗ればいいのか。治癒魔法のことはどこまで話すべきなのか。セラはどんな人なのか。聖印治療は、私の魔法とどれくらい違うのか。考えることは山ほどある。


それでも、足取りは不思議と軽かった。


じっとしているより、怖くても一歩動く方が、今の私には合っているのかもしれない。日本にいた頃は、進む道が決まっているように見えて、その実、私はずっと自分の不安から目を逸らしていた。今は道なんて全然決まっていない。むしろ、石畳のどこに足を置けばいいのかも毎日手探りだ。それでも自分が見たいもの、知りたいもの、助けたいものへ向かって歩こうとしている実感がある。


《錨の歌亭》へ戻ると、ルーはカウンターの奥で鍋をかき混ぜていた。私の顔を見るなり、金色の目を細める。


「その顔は、何か決めてきたね」


「明日、修道院へ行ってみようと思います」


「あらまあ」


「ミラさんが、姪っ子さんへの紹介状を書いてくれて」


「セラちゃんのところかい」


「ルーさん、知ってるんですか」


「もちろん。ロストンで私が知らない良い子は少ないよ」


ルーは少し得意げに笑い、それから私の服を上から下まで見た。


「まず湯を使いな。髪も整える。服は……私の古い上着を貸そうかね。そのままだと、修道院というより漁から戻った迷子だよ」


「そこまでですか」


「そこまでだよ」


私は思わず苦笑した。やっぱり、相談して正解だった。


その夜ルーに湯を用意してもらい、髪を整え、借りた上着を寝台の横に畳んで置いたあと、私は小部屋の窓を少し開けた。港の方から夜風が入ってくる。灯台イルミナスの光が、遠くで静かに回っていた。


明日、修道院へ行く。


たったそれだけのことなのに、胸は落ち着かない。でも、そのざわつきの中には、不安だけではなく、確かに期待もあった。


私はそっと紹介状の入った布包みを確認し、深く息を吸った。


「……行くだけ、行ってみよう」


誰に言うでもなくそう呟くと、少しだけ心が決まった気がした。明日何が分かるのかは、まだ何も知らない。歓迎されるか警戒されるか、何も得られず帰ってくるかもしれない。それでも、考えているだけでは一生分からないことがある。


だから私は明日、聖リュミエラ修道院へ向かう。

怖いまま、正直な気持ちを抱えたまま、この世界の医療を知るための手かがりを見つけるために。


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