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第24話 ノートの余白に残った夢



《錨の歌亭》の二階にある小さな部屋を借りるようになってから、私の生活は劇的に豊かになった……と言いたいところだけど、実際には相変わらず財布の中身は心許ないし、朝は港の鐘より早く起きないとマレクの船に置いていかれるし、薬草房ではミラに「その手つきだと乾燥葉が泣くよ」と真顔で言われながら棚の掃除をやり直す日々だし、ルーの店では閉店後の皿洗いを手伝っているうちに腕がだるくなって、夜にノートを開いた瞬間そのまま寝落ちしかけることも増えたので、生活が安定したというよりは、やっと“毎日死なないためだけに全力疾走する状態”から少しだけ抜け出せた、くらいの表現がたぶん正しい。とはいえ、それは私にとってものすごく大きな変化だった。だって、石畳の冷たさを背中で感じながら眠る必要がなくなっただけで、人間ってこんなに考える余裕が戻ってくるんだ、と自分でもちょっと引くくらい実感したし、夜に扉を閉めて、毛布にくるまって、ノートを開いて、ペン先をインク壺に浸して、今日見たことをゆっくり思い出せる時間があるというだけで、私はようやく自分が“生き延びている”だけじゃなくて“考えながら生きている”状態へ戻りつつあるのだと思えた。


部屋は本当に狭い。寝台は細くて、寝返りを打つたびにぎし、と鳴るし、窓は一つしかなくて、朝になると港から流れてくる潮の匂いと、下の酒場で使った油の匂いと、ルーが煮込む豆の匂いが全部混ざって入ってくる。机なんてものはないから、木箱を横にしてその上にノートを広げている。それでも、私にとってはこの世界で初めて持てた“自分だけの場所”だった。誰かの邪魔にならないよう端へ寄る必要もなく、荷物を抱えたまま眠る必要もなく、夜中に人の気配で飛び起きる必要もない場所。最初の夜、ルーに貸してもらった古い毛布を胸まで引き上げて、窓の外に灯台イルミナスの光がちらりと見えたとき、泣いてないつもりだったのに頬が勝手に濡れていて、ああ、私、やっぱりずっと怖かったんだな、とようやく気づいた。


そうやって少しずつ自分の時間が戻ってくると、今度は逆に考えないようにしていたことが次々と浮かんでくるようになった。日本のこと。大学のこと。医学部にいた頃のこと。母さんの声や父さんの本棚、朝の通学電車、コンビニの明るすぎる照明、講義室の硬い椅子、スマホのアラーム、友達の「今日の小テストやばくない?」という半泣きの声、夜中まで開いていた解剖学の教科書、試験前のカフェインまみれの生活、追試の掲示を見て胃がひゅっと縮む感じも。そして何より、ずっと自分に問い続けていた「私は本当に医者になりたいの?」という、たぶん一番逃げたかった問いのことを。


こっちの世界へ来てからの私は、正直考える暇がなかった。目覚めたら知らない街で、言葉は通じるけどお金はなくて、身分もなくて、寝床もなくて、いきなり人が倒れていて、治癒魔法みたいなものが使えて、黒死の病の少年を救えなくて、港で働いて、薬草房へ通って、ルーに部屋を貸してもらって……と、出来事の密度があまりにも濃すぎて、「医者になりたい」という夢について落ち着いて考えるより先に、目の前の今日を越えることだけで精一杯だった。でも、部屋ができて夜にノートを開くようになって、今日の薬草名や船員の怪我の経過を書き終えたあと、ページの余白がふと目に入ると、そこに何も書かれていない空白があることが、なんだか日本にいた頃の自分からの質問みたいに思えてくる。


――で、結局、なんで医者になりたかったの?


その問いは、思ったよりずっと重かった。


小さい頃の私は、その答えをすごく簡単に言えた。人を助けたいから。命を救いたいから。私を助けてくれた先生みたいになりたいから。幼稚園の頃、公園で転んで頭を打って、病院へ運ばれて、泣きすぎて声も出なくなっていた私に、白衣の先生が「大丈夫、ちゃんと見てるからね」と優しく言ってくれたことを、私はずっと覚えている。たぶん先生にとっては、何百人、何千人と診てきた患者の一人で、ほんの短い診察の中の言葉だったと思う。けれど、痛くて怖くて、母親の顔も涙でぼやけて、世界が全部知らない音に満ちていたあの時の私にとって、その言葉は本当に救いだった。治療されたことそのものより、「見てるからね」と言われたことが忘れられなかった。自分の痛みや怖さが、誰かにちゃんと見えているのだと思えたから。


父さんが医療系の研究職だったことも大きかった。家には人体や薬の本が普通に置いてあって、私は最初、それを難しい本というより、知らない世界の図鑑みたいに見ていた。体の中に血管があって、神経があって、心臓が拍動して、肺が膨らんで、細胞が働いて、見えないところで無数の仕組みが自分を生かしているということが、子どもの私には魔法みたいに思えた。今考えると、こっちの世界に本物の魔法があるのが皮肉というか、いや、人体だって十分魔法じゃん、と言いたくなる。だって、自分が意識しなくても心臓は動いているし、傷は塞がるし、眠れば少し回復するし、泣いたあとでもお腹は空く。体って、本当にすごいなって思う。


高校時代は、夢が夢というより目標になっていた。偏差値の高い学校に入って、理系コースに進んで、模試の判定を見て、医学部の赤本を買って、先生に「このままなら狙える」と言われて、私は自分が正しい道を進んでいると思っていた。努力すれば結果が出るし、成績が上がれば周囲も認めてくれるし、「医者になりたい」と言えば、それだけで未来が一本の線みたいにまっすぐ見えた。あの頃の私は、かなり単純だったと思う。いや、単純になれるくらいには幸せだったのかもしれない。自分の夢を疑わなくていい環境にいたから。


問題は、医学部へ入ってからだった。


医学部は、入った時点でゴールじゃない。そんなこと、入る前から分かっていたつもりだった。むしろ、ここからが本番だって何度も聞いていた。でも実際に講義が始まって、解剖学、生理学、生化学、病理学、薬理学と、聞いたことのあるようで何も分かっていなかった言葉が一気に押し寄せてきたとき、私は本当に、自分が今まで“勉強ができる側”だったという自信を、わりと早い段階で粉々にされた。周りはみんな当然のように優秀で、何時間も勉強しているのに涼しい顔をしていて、質問も鋭くて、暗記も早くて、私は必死でノートをまとめているのに理解が追いつかなくて、しかも生活費のためにバイトも入れていたから、寝不足で講義中に意識が飛んで、気づいたらプリントの端に謎の線だけ引いてあったことも何度もあった。


「よくここまで来れたね」と教授に言われたことがある。半分冗談だったのかもしれないし、実際、私がその時あまりにも情けない回答をしたから、ポロッと本音が溢れてしまった言葉だったのかもしれない。けれど、その言葉はけっこう刺さってた。ああ、そうですよね、私、ここにいる資格ギリギリですよね、と笑って流したけれど、帰り道の電車で窓に映る自分の顔を見たとき、本当にそうなんじゃないかと思って泣きそうになったんだ。医学部に受かったという事実だけで保っていた自尊心みたいなものが、少しずつ削れていく感じがあったから。


解剖実習は、特に強烈だった。教科書で何度も見た構造が、実際の人体としてそこにある。命があった体に触れる。メスを持ちながら、皮膚、筋肉、神経、血管を確認する。頭ではこれは学ばせていただいているのだと理解していたし、敬意を持たなければならないと分かっていた。なのに、初めての時、私は手袋越しの感触と匂いと緊張で、血の気が引いて立っていられなくなった。貧血で倒れかけて、同級生に支えられて、すごく申し訳なくて、すごく恥ずかしかった。医者を目指しているのに、人体を前にして倒れかけるなんて、私は何をやっているんだろうと思った。


臨床実習は、もっと怖かった。患者さんが目の前にいる。教科書の症例ではなく、生身の人が、痛みや不安や怒りや諦めを抱えてそこにいる。私は患者さんの言葉を聞き取ることに緊張し、何を質問すればいいかで頭がいっぱいになり、指導医の表情を気にし、同級生の手際の良さに焦り、自分の声が上ずるのを感じていた。ある時患者さんに病状説明の練習をする機会があって、私は一生懸命、できるだけ分かりやすく話そうとした。けれど、途中でその人に言われた。


「お前に何が分かる」


その一言は、今でも思い出すと胸が冷たくなる。相手は悪くない。病気で苦しくて、不安で、若い学生に説明されること自体がつらかったのかもしれない。私の言葉が薄っぺらかったのも事実だと思う。私はその人の人生も、痛みも、恐怖も、何も知らなかった。それなのに、教科書で覚えた言葉を並べて、分かったような顔をしようとしていた。あの時から、「人に寄り添う」って何? と思うようになって、それ以来なんのために医療の道に進んでいるのか、ずっと分からなくなっていた。


そんな私が、どうしてまだ医者になりたいと思っているのか。


ノートの余白にその問いを書いた夜、私は長い間ペンを動かせなかった。下の酒場からは酔った船乗りたちの笑い声と、ルーが誰かを叱る声が聞こえていた。窓の外では灯台の光がゆっくり回り、潮風が布を揺らしている。私はペン先を紙に置いたまま、インクがじわっと滲んでいくのを見つめていた。


医者になりたかった理由。


人を助けたいから。


誰かの役に立ちたいから。


それは本当だけど、…でも、たぶんそれだけじゃない。


私はやっぱり、自分が助けられたことを忘れられなかったのだと思う。幼い頃の事故だけじゃなくて、もっといろんな場面で。母さんが朝ご飯を出してくれたこと、父さんが本棚の医学書について面倒くさがらず説明してくれたこと、友達が試験前に一緒に泣きながら勉強してくれたこと、実習で倒れかけた私を同級生が支えてくれたこと、病院の先生が忙しい中でも質問に答えてくれたこと、患者さんに何も言えなかった日の帰りに、担当の先生が「分からないと思えたなら、それは大事なことだよ」と言ってくれたこと。私は、自分一人で立っていたつもりで、実際にはずっと誰かに見てもらいながら、支えられてきた。その記憶があるから、今度は自分も誰かのそばで「見てるからね」と言える人間になりたかったのかもしれない。


それは、こっちの世界へ来てからも同じだった。ルーが部屋を貸してくれた。最初にスープを多めによそってくれた日、私は空腹だけじゃなくて、孤独まで少し満たされた気がした。ルーは優しいけれど甘やかすだけじゃなくて、危ないことをしていたらちゃんと怒るし、私が「大丈夫です」と言っても「大丈夫な顔じゃないよ」と見抜いてくる。日本で暮らしていた頃は、母さんがそうだった。朝、私がどれだけ平気な顔をしても、母さんは「寝てないでしょ」とか「ちゃんと食べてないでしょ」とすぐに見抜いてきた。うるさいな、と当時は思っていたけど、今なら分かるんだ。あれはちゃんと見ている人の言葉だってことが。


マレクは、全然優しい言い方をしない。むしろ初対面の時から「細っこい」とか言うし、船では容赦なく働かせるし、海の上でぼーっとしていると「足元を見ろ」と低い声が飛んでくる。けれど、マレクは人の力をちゃんと見ている。私にできない力仕事を無理にやらせることはしないし、船員が怪我をした時には「ナナ、見てくれるか?」と呼んでくれるし、「ここにいるのが楽だからって、本当の目的から目を逸らすな」と言った時、私は痛いところを突かれたけれど、同時にこの人は私をただの労働力としてではなく、一人の人間として見てくれているのだと感じた。つい、医学部の実習で指導医に「君は何を見た?」と聞かれた時のことを思い出した。見ているつもりで実際は何も見ていなかった、あの時のことを。マレクの船に乗るようになってから、私は人の手の荒れ、歩き方、疲れた時の呼吸、嘘をつく時の目線、痛みを隠す癖、そういうものを前よりずっと見るようになった。


ミラは、私にとってたぶん今一番怖い先生だ。怖いというのは、怒鳴るからではなく、誤魔化しを許さないから。分からないことを分かったふりすると、すぐに「今のは想像か、観察か、誰かから聞いた話か」と聞いてくる。薬草の名前を間違えると、間違えたことより「なぜ似ていると思ったのか」を説明させられる。最初はそのたびに胃が痛くなったけれど、だんだん分かってきた。ミラは私に知識を詰め込ませようとしているのではなく、危ない判断の癖を直そうとしている。医学生だった頃、私はとにかく正解を出そうとしていた。分からないのに、それっぽい答えを言おうとしていた。でも医療では、それが本当に危ない。分からないなら分からないと言うこと。見たことと考えたことを分けること。効いた経験に酔わないこと。ミラの言葉はきついけど、それはたぶん、私がもう一度医療に向かうために必要な土台だった。


そう考えると、私は今日本から遠く離れた異世界にいるのに、日本で学んできたこととずっと繋がっているのだと思った。ルーの店の厨房で皿を洗いながら、母の台所を思い出す。マレクの船で網を畳みながら、病院実習でチーム医療という言葉を聞いた時のことを思い出す。ミラの薬草房でラベルを確認しながら、薬理学の講義で「薬は毒にもなる」と言われたことを思い出す。港の労働者の手荒れを見ながら、公衆衛生の授業で習った労働環境と健康の関係を思い出す。黒死の病の噂を聞きながら、感染症の歴史、隔離、差別、貧困、情報不足がどれだけ病を広げるかを思い出す。


私は今、どこに立っているんだろう。


日本では、私は医学生だった。まだ医者ではなく、でも医者になる道の途中にいた。アルカディアでは私は身分不明の異邦人で、港の補助労働者で、薬草師の見習い未満で、時々船員の傷を見る“医者見習い”と呼ばれる人間だ。どちらの世界でも、私はまだ何者でもない。むしろ平凡もいいところで、知識は穴だらけで、勇気も足りなくて、判断も遅くてすぐ落ち込むし、空腹だとめちゃくちゃ不安になるし、寝不足だと本当にポンコツになる。


それでも私はまだ、医者になりたいと思っている。


この言葉を書くのに、すごく時間がかかった。なぜなら、医者になりたいと書いてしまうと、その言葉に責任が生まれる気がしたから。日本にいた頃、その責任の重さに私は押しつぶされそうだった。こっちの世界へ来ても、黒死の病の少年を救えなかった記憶が、その重さを何倍にもしている。私は万能じゃない。治癒魔法があっても、薬草を学んでも、救えない命はある。ミラの言う通り、効いた経験に酔ってはいけないんだ。マレクの言う通り、本当の目的から目を逸らしてもいけない。ルーの言う通り、助けを借りることもちゃんと覚えないといけない。


だから、私は少し言葉を足した。


「私は、すべての命を救える医者になりたいわけじゃない。そんなこと、きっと無理だ。けれど、目の前の人をちゃんと見て、その人が何に苦しんでいるのかを考えて、分からないことを分からないと言いながら、それでも諦めずに手を伸ばせる人になりたい」


書き終えたあと、私はしばらくその文字を見つめていた。なんだか青臭いし、女子大生が夜中に書いたポエムみたいでちょっと恥ずかしい。いや、実際そうなんだけど。でも、恥ずかしくても、今の私にはこれが一番近い言葉だった。


翌朝、私はそのページを閉じずに、あえて開いたまま部屋を出た。誰かに見せるつもりはない。でも、自分が戻ってきた時に逃げないように、目に入る場所へ置いておきたかった。階段を下りると、ルーが朝の仕込みをしていて、鍋から豆と香草の匂いが立っていた。


「おはよう、ナナ。今日は目が赤いね」


「……寝不足です」


「また遅くまで勉強してたのかい」


「勉強というか、ちょっと自分会議をしてました」


「自分会議ねぇ。議長はちゃんとまともだったかい?」


「たぶん、まだ議事録がぐちゃぐちゃです」


そう答えると、ルーはくすっと笑って、小さな黒パンを一つ私の前に置いた。


「じゃあ、会議を続けるにも朝ご飯が必要だね」


その何気ないやり取りで、胸が少し温かくなった。日本の朝とは違う。白いご飯も味噌汁も目玉焼きもないし、母さんあの優しい声もない。それでもここにも朝があり、食べ物があり、私を見てくれる人がいる。


港へ向かうと、マレクがいつものように腕を組んで船の前に立っていた。私の顔を見るなり「寝不足か」と言われたので、私は思わず笑ってしまった。


「みんな見抜くの早すぎません?」


「船に乗る奴の顔色を見るのは船長の仕事だ」


「今日は大丈夫です。ちゃんと食べました」


「大丈夫という奴ほど怪しい。午前は仕分けだけにしろ」


相変わらず言い方は硬いけれど、そこにはちゃんと気遣いがあった。私は「はい」と答えながら、船の甲板へ足を踏み入れた。揺れる足場の上で、私は少しだけ自分の立ち位置を確認する。医者ではない。学生でもない。船員でもない。薬草師でもない。けれど、そのどれとも無関係ではない場所に、今の私は立っている。


午後、ミラの薬草房でサルヴィア露草と苦ヨモギの違いを嗅ぎ分ける練習をしていると、ミラに「今日は集中が散ってる」と言われた。私は正直に、夜中に医者になりたい理由を考えていたと話した。ミラは少し黙り、苦ヨモギの瓶に栓をしてから言った。


「理由は変わるよ。子どもの頃の理由と、挫折した後の理由と、人を看取った後の理由は同じじゃない。変わったから嘘になるわけじゃない。むしろ、変わらない理由だけで医療を続ける方が危ない」


「……ミラさんにも、薬草師になりたかった理由があるんですか」


「最初は、師匠の薬で母が助かったから。次は、師匠に拾われたから。その後は、薬で助かる人と薬でも助からない人を見たから。今は、偽物の薬で苦しむ人を減らしたいから。理由なんて、年を取るたび増えたり削れたりするもんだよ」


その言葉を、私はその日のノートに大きく書いた。理由は変わる。変わっても嘘ではない。増えてもいい。削れてもいい。残ったものを見ればいい。


部屋へ戻ってから、私は昨日のページの続きを書いた。


「医者になりたかった理由は、人を助けたいからだけじゃない。助けてもらったことを忘れたくないから。見てもらえた安心を、誰かにも渡したいから。知識だけでは人を救えないと知っても、それでも知識を捨てたくないから。怖いと思う自分を、怖いまま前に進ませたいから」


ペン先が少し震えた。でも、その震えも含めて今の私だと思った。


ロストンの夜は静かではない。下からは酒場の声が聞こえるし、港では遅く戻る船の鐘が鳴るし、遠くで犬みたいな魔獣なのか普通の犬なのか分からない鳴き声が響く。日本の夜とは全然違う。蛍光灯の白い光も、スマホの通知音も、コンビニの明かりもない。けれど私はこの異世界の小さな部屋で、確かに自分の夢をもう一度拾い直していた。


まだ、医者にはなれていない。


たぶん、なれるとしても、日本で思い描いていた医者とは違う形になる。


それでも、私はもう一度この言葉を書いた。


「私は、医者になりたい」


今度は、少しだけ迷わず書けた。


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