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オーバードーズ・コード  作者: 狗島 いつき
第2章 メディナ編 (全25話)
22/26

第22話:インナーコード


「第3種警戒体制!」


 隊員たちが一斉に動き出した。

 鷲津レイジの号令が響いた瞬間、それまでの迷いは完全に消え、全員が戦闘態勢へと切り替わる。


 各自、自分の役割、立ち位置、チームとしての任務。

 それぞれの歯車が噛み合い、ひとつの有機体のように機能する。

 第3種警戒体制。

 武器の携帯が許可され、安全装置を外せば、いつでも発砲できる状態だ。


「望月、ドローンの残量は」

「通常で34分、静音モードなら19分です」

「よし、静音モードで偵察しろ。一番密集している箇所を狙え」


 レイジの指示が飛ぶ。

 隊員たちは武装を整えたまま、トウヤのもとに集まった。


 タブレットに映し出される空撮映像。

 高度はおよそ150から200メートル。

 北側にわずかに偏った群れが、画面越しに確認できた。


「北西方向に若干の偏りがあります」

「これだけの数……一体どこから湧いてきやがった」


 レイジの怒りはもっともだった。

 ゴルフ場も、クラブハウスも、ただの偶然で立ち寄った場所。

 決められたルートでも、事前に予定された地点でもない。


 暴走トラックの襲撃から、ほとんど間を置かずに起きた次の異変。

 居場所が割れている――そう考える方が自然だ。


 だとすれば、考えたくはないが……内通者がいる。

 なんのために、俺たちを狙っている。理由はなんだ。


 カインが思考を巡らせている間にも進行は止まらず、トウヤの声が響く。


「静音モードで接近します」


 ドローンの集音マイクから、モーター音が消える。

 耳を澄ませても音が聞こえない。まるで空を滑るグライダーのようだ。


「まもなく会敵します」


 息を潜める隊員たち。

 微かな呼吸音だけが、空気を震わせた。


 沈む夕日が雑木林に長い影を落とす。

 夜に染まりきらない、光と影の境目がぼんやりとにじみ、輪郭は曖昧になる。

 視界の明度が落ちたと判断したAIドローンは、映像はモノクロに切り替わった。


「暗視モード、起動。距離30メートル、サーマルカメラに切り替えます」


 モノクロ画面には、陽光に温められた地面が白く輝き、他の部分は黒く沈む。


「距離、10。まもなく会敵します」


 隊員たちが息を殺して見つめる。


 画面上に、ぽつり、ぽつりと白い点が現れ始めた。

 熱源だけが、モノクロの闇に浮かび上がる。

 数にして30から40。確かに群れは密集しているようだった。


「よし、高度350で固定。上空から全体を映せ。様子を確認する」


 ドローンが速度を落とし、さらに高みへと昇っていく。


「ポイント・オブ・ノー・リターンです。このまま続行します」


 軍の専門用語ではないが、“引き返せない”という意味を持っていた。

 電池の残量を考えれば当然だ。


「こ、これは……」


 トウヤが声を漏らす。


「明らかに、特殊訓練を受けた布陣です、隊長!」


 画面に映る白い点。

 上空から見下ろすその配置は、「三日月型」を描いていた。

 しかも、完全な静止状態ではない。点は流動的に動きながら、形を微調整し続ける。


 外縁には、おそらく斥候が点在しているのだろう。

 一見ランダムに見える配置。

 しかしそれは、林の視界や音の伝わり方を計算し尽くした位置取りだった。

 彼らは円形の監視網を築き、中心の“楔”と連携している。


 この布陣は、単なる夜襲のためではない。完全制圧を狙った戦術プランだ。

 しかも、ただの戦術プランではない。

 実戦で何度も磨かれた動きで、ネズミ一匹たりとも逃がさない、そんな意図がにじみ出ている。


 この練り上げられた包囲網に、たとえ百藍特任隊といえど、正面から突入すれば無事では済まない。


「どうしますか?」

「クソ……陸自独自の布陣を熟知してやがる」


 レイジが苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。

 未知の敵ならまだしも、同胞となれば話は別だ。


 そのときだった。

 画面にノイズが走り、映像が途切れる。


「……あと5分はもつはずでしたが」


 トウヤがタブレットを操作するが、映像は戻らない。


「最後の映像を見せてくれ」


 カインはある一瞬を見逃さなかった。

 トウヤがカインを見て、それからレイジを振り返る。

 レイジが小さく頷いた。


「わかりました。映像が切れる30秒前に戻します」


 タブレットにモノクロ映像が再び映し出される。

 画面下では飛行時間のタイマーが時を刻む。

 30秒後、先ほどと同じようにノイズが走り、映像が切れた。


「3秒前……ノイズ直前の映像を」


 カインの指示に、トウヤが頷き操作する。

 ノイズ直前の静止画が映し出される。


「そこから、0.3のスローで再生してくれ」

「了解です」


 静止画がゆっくりと動き出す。

 三日月型の布陣が、動きを止めたように見える。


 次の瞬間。

 ガラスの表面にヒビが広がるように、光の筋が走査線状に画面を横切り始めた。


「ストップ!」


 カインの声に、トウヤの指が止まる。

 カインは静かに腕を伸ばし、タブレットの一点を指差した。


「この地点の0.5秒前と比較してくれ」


 トウヤが素早く操作し、二画面表示に切り替える。


「ここにマズルフラッシュが見える」


 カインが指で示した先に、目を凝らさなければ見逃す程度の光りが灯っていた。

 静止画像の左側にだけ、小さな白い点。

 右側。つまり、直前のフレームには存在しない。

 白い点は、突然現れたのだ。


「おそらくスナイパーだ。静止していたとはいえ、高度350メートル上空のドローンを一発で撃ち抜く手練れがいる。そいつがIR迷彩服を着て、闇に潜んでいるなら面倒なことになる」


 それだけじゃない。

 百藍特任隊のドローンも最新型。

 それなのに、搭載されたサーマルカメラに映らないIR迷彩服。


 赤外線も、熱源探知装置も欺く特殊装備。

 普通の敵じゃない。


 となれば、先ほど映っていた“数”すらあやしい。


 緊張とも恐れとも違う、一種独特の空気が流れた。

 戦場でしか味わえないこの雰囲気を、カインは6年ぶりに味わった。


「どうして、わかったんですか?」


 トウヤは驚きを隠さず、カインに尋ねた。


「人より少し、瞬間認知能力があるだけだ」


 カインはさらりと流した。

 その間、レイジが覚悟を決めた様子で、隊員たちに顔を向けた。


「クラウドスターリンク、解放する」


 鷲津レイジの声は静かだが、鋭い刃のように響いた。


 衛星網を介し、体内ナノマシンと軍事AI――アトラを直結する禁断のシステム。

 カインが退役した当時には、「実用化は20年先」と囁かれていた技術だ。

 それが今、戦場で起動するとは――。


 カインの眉間に、深いしわが刻まれる。

 この技術に、見覚えはなかった。だが、思い当たる現象はあった。


 記憶の断片化。感情の麻痺。人間性が、何かにじわじわと侵食されていくように、仲間たちが壊れていった。

 当時は、誰も原因がわからなかった。

 上層部は「戦闘によるストレス反応」「任務過多による精神疲弊」と説明した。

 それを疑う根拠もなく、カインもそう信じるしかなかった。


 だが今になって、はっきりとわかる。

 あれは、AIとのリンクによる影響だったのだ。

 自分が知らぬまま、その技術は既に運用、実験が繰り返されていたのだ。


 カインが手を伸ばしかけたとき、トウヤの声が割って入った。


「隊長。やるんですね?」

「このまま、黙ってやられるわけにいかない」


 レイジは隊員たちの顔を順に見つめた。

 

 望月トウヤ、氷室カスミ、そして結城ノア。

 視線を合わせた後、彼は静かに口を開いた。


「すまない。力を貸してほしい」


 隊員たちの視線が一斉にレイジに集まる。

 静かに、且つ力強くうなずく隊員たち。


 レイジがそれを見届けてから、腕の袖をまくると、漆黒のブレスレットが姿を現した。

 厚みはなく、肌と一体化しているかのようだった。


 レイジがブレスレットに指を触れると、赤い文字が浮かび上がった。

 その文字は読み取れなかったが、軍で使われる記号に似ている気がした。


 赤い記号がブレスレットの表面でかすかに脈動し、生きているかのように揺らめいた。

 レイジは一瞬、その光を見つめ、深く息を吐いた。


「これは……戦場だ。行くぞ、お前ら」


 彼の指が再びブレスレットをなぞると、記号が一斉に光を放ち、鋭い電子音が鳴り響いた。

 隊員たちの間に緊張が走る。

 ブレスレットから淡い光が漏れ、空中に複雑な紋様を描き出していく。


 それは軍に封印された暗号、「インナーコード」と呼ばれるものだった。


 かつて、壊滅的な作戦で全滅した部隊が、最後に残した信号。

 その存在は軍の公式記録から抹消され、知る者はごくわずかだった。


 カインの記憶の片隅で、イメージが引っかかる。

 自己紹介のとき、望月トウヤが口にしたあの言葉――インナーコード。


 今になってようやく、その意味が繋がり始める。

 彼らはすでに、実用化されたインナーコード――ナノマシンをその身に宿していた。


 それを軍事AIの支援を受けながら戦うのだ。

  

 隊員たちが、高度約550キロの低軌道を飛ぶクラウドスターリンクと接続していく。

 彼らの瞳が青く輝き、AIと融合した状態であることを示した。


 その姿は頼もしくもあり、同時にどこか恐ろしかった。



(第2章 第23話に続く)


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